【私の感傷的百物語】第二十六話 夜桜
夜桜は美しいものです。この美しい花が咲き誇った樹の下を歩くのは、春における至上のよろこびと言っても良いでしょう。思えば、花見の宴会にしても、観光地の並木にしても、日本において眺めるだけでこれほど多くの人の心を動かす花というのは、桜の他に見当たりません。
その一方で、桜には絶えず「死」の影が暗い闇を落としています。いえ、むしろその影があるからこそ、桜の美しさは際立つのでしょう。梶井基次郎は「桜の下には死体が埋まっている」と感じ、坂口安吾は桜の下で山賊に女を絞め殺させました。