深夜タクシー処女未遂

深夜、家を飛び出した。おかしくなりそうだったから、先におかしくなっておきたかった。

電車の音は既に途絶え、黒になりきれない空に星は光らない。

ひたすらに走った、走って走って走って逃げた、絶望に追いつかれないように、呑み込まれないように。走って走って走って走り、遠くへ遠くへ遠くへ逃げた。

誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない、こんなにひとがいるのに誰もいない、何もない何もない何もない何もない何もない、私に帰る場所なんて、帰れる場所なんて、結局どこにも、どこにも。

「無理しないで」を享受できたらどんなに楽だっただろう、何も考えず「助けて」と叫べたら、どんなに。ひとつひとつ大切なものを失っていく、次に失うのは一体なんだろう、一体私は何をどうやって失っていくんだろう、その度に逃げ続けなきゃいけないのか、あの絶望から、ひとりで。たったひとりで。

死にたいと思っていた時期がある。死にたくないと思っていた時期も。でももうどっちでもいい、死にたくても死ねない時は死ねないし、死にたくなくても死ぬときは死んでしまう。逃れられない。どうせいつか全部失う。

だから耐えろっていうのか、まだ頑張れって言うのか、無理しないでなんて、無理しなきゃ私が生きていけないんだ、お金も住処も全部何とかしなきゃいけないんだ、面白がるひとは私を助けてはくれないし、そもそも誰かに助けてということ自体間違いなんだ。生きなきゃいけないんだ、何とかひとりで、何とか、

でも、
何のために?

もう何の意味もないじゃないか。

ひとりでここでどうやって生きていったらいいの、ひとりでここからどうやって生きていったらいいの、いつまで、いつまでいつまでいつまでいつまで。

不意に東京タワーが見たくなった。
路上でタクシーを拾って告げた。
何も問われなかった。
都会にはこんな子がきっと、掃いて捨てるほどいる。

「亡霊かと思いました」
という運転手に、
「似たようなものです」
と答えた。

「すこし長い道のりになります」

車は走り出す。
速度50キロなら、
絶望はついてはこられない。

ほんとは遠くになんかいきたくなかった。
あの場所でずっと、生きていきたかった。

何もいらなかった。
何も。

ほんとうに、ほんとうは、
どこにも行きたくなかったんだよ。

2022.2.5

眠れない夜のための詩を、そっとつくります。