2022.4.29 最後のコメダ珈琲

マンションを出たら雨。3階の部屋まで戻るのが面倒でそのまま歩き出そうとしたけれど、PCが濡れる可能性を考慮し回れ右。

1年間通い続けたコメダ珈琲。値上がりしたメニュー表から、好きだったエッグバーガーが消えている。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

代わりに頼んだピザトーストが想像の1.4倍でかい。胃の調子が悪い。ナイフとフォークで食べるのは少し恥ずかしい。家だと本が読めないという理由で持ってきた本を片手に、試行錯誤しながら食べ進める。美味しい。でかい。お腹いっぱい。

外を見ると雨。灰色の空が流す涙は、と書きかけて、ジャニーズの歌みたいだと苦笑する。最近WALKMANを見ていない。引っ越し準備の間にどこかへ逃げ出してしまったのか。今すぐ君を攫いにいくよ、baby。

水がほしいけど店員さんが忙しそうだからそろそろ帰ろうかと悩み5分。胃薬を家に忘れてきた。明日までに段ボールに荷物を詰めなきゃいけない。憂鬱だけど、引っ越しを手伝いに来てくれる友達に会えるのは嬉しい。

久しぶりにメイク用品を買った。バキバキに割れたファンデーションは捨てた。ほんとは違うブランドのやつがよかったけど、金欠だから一番安いのにした。早くお金を稼いで好きなメイク用品を買いたい。人並みの願望を抱いている自分にほっとする。最近はメイクをする余裕がなかったから。

窓を見ると雨粒。アポリネールの詩を思い出す。あれは大学3年の頃ゼミで扱ったんだっけか。薄暗い演習室で、皆で雨を見ながら話し合ったんだっけか。あの空間をひどく懐かしく、愛しく思い出す。懐古厨だと言われて構わない。思い出に浸ることの何が悪い。お腹いっぱい。スカートがきつい。やれやれ
。私は村上春樹か。

雨。すこし朦朧とする頭。きりきり痛む胃。何かが始まる予感に縋るようにSNSを更新する。スクロールしてもスクロールしても溢れかえる情報。この中に私を救うものはあるのだろうか。ねえなら作ればいいんじゃねと、私の中のギャルが言う。どうせこの世に救いはねぇよ、だからお前がつくるんだよ。

雨、雨、雨。浅草で買った綺麗な模様の折り畳み傘。昔ひとに傘を贈ったことがあるけれど、今思うと傘を贈るなんて、遠回しの告白みたいで恥ずかしい。あなたが雨に濡れないように、とかなんとか。うわあ。恥の多い生涯を送ってきましたね。

このコメダに来るのは最後だろうか。最後まで私は偽名を使って通っていた。私の名字は「小林」でも「小鳥遊」でもないんです、ごめんなさい。

雨が止む気配はない。
ひとりがけの席を立つ。

止まない雨はないなんていう格言を横目に、綺麗な傘で身を守りながら、雨の中ひとり、帰路につく。

2022.4.29

眠れない夜のための詩を、そっとつくります。