傘をなくした。
だから雨の日はずぶ濡れで外に出ていた。冷たくて寒かったけどどうでもよかった。自分を守るための傘を買うお金を、自分を傷つけることに使っていた。顔を濡らすのが雨水なのか涙なのかわからなくなっていた。
傘をもらった。
びしょびしょになっている私を見かねたのか、見知らぬおじいさんが「もってきな」と言ってくれた。大きくて立派な傘だった。不意をつかれて心の感度を取り戻しそうになったけど、涙がうまく出なかった。今の私はそんなに可哀想にみえているのだと思った。その傘すら私は、どこかに置き忘れてなくした。
傘を買った。
浅草で買った。天気の良い日で空が青くて、スカイツリーは高かった。仲見世通りを歩く人々は皆幸せそうだった。彼等ひとりひとりに過去や傷や描いている未来があるのだと思うと、とてつもなく寂しくなった。幸せはいつだって寂しくてどうしようもない。線香の煙に包まれたこの晴間がすべて幻だったらどうしよう、でもいつか世界は灰になって消える、名前のないいくつもの感情も消える。
傘なんてどこで買ってもよかった。でも今買うべきな気がした。夜に咲く花模様の綺麗な傘を買った。この傘をなくす想像をしてまた泣きたくなった。でも少なくとも今私の手にはこの傘があるのだと思い直した。泣きたくなった。
素敵な傘を買えば、もう私は傘を置き去りにせずに済むだろうか、雨の日に泣きながら歩くこともなくなるだろうか、ずっとやまない動悸は収まるだろうか、私は、私は。
ずっと一緒にいようねと言い合いながら歩いていく恋人たちを見送った。ずっとなんて存在しないと同様に、ずっとは各々のかたちで存在するのだと思った。だから永遠は存在しないけれど存在する。
綺麗な模様の傘を眺めながら、出店で買った綺麗な飴をなめた。この傘に守ってもらう時、泣きたくならない私でいたいと思った。それまで時間がかかりそうだということも。
誰かの傘になれる人間になりたい、
同時に、
私も私の傘をなくさずに持っていたい。
死ぬにはあまりに晴れすぎて、
生きるにはあまりに眩しすぎる今日だ。
眠れない夜のための詩を、そっとつくります。