この家どうするの?(58)高齢者の車
父なきあとの一軒家。ひとり残った娘のわたしが片づける。自営業をしていた父は車にずっと乗っていた。引退後は自宅の1階をガレージにして、車を手放しませんでした。
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車を手放すタイミング
一軒家を買った時は玄関の横に応接間があった。父は自営の金属加工工場をたたんだあとは、応接間をつぶしてガレージに。
下請け工場の宿命。父はたくさんの仕事・品物を請け負った。薄利多売の典型で、車だけは大きかったのです。廃業後、車はどんどんちいさくなりました。
自宅ガレージに鎮座するちいさな車。
独居老人に、この鉄のカタマリ。
車なんて……いらんのでは?
いつもそう思いましたが、わたしや娘を乗せて送迎もしてくれたのでウヤムヤになりました。
なにかタイミングがないものか?
しのびよる老化
父は、ガソリン代・節約のため、市の敬老パスを使って電車・バスも乗っていたのです。自転車でスーパーへ買い物に行くようになりました。
よかった、これで車を手放す方向に……。
ところが、また車生活に戻ってしまいました。
70代、何度か心臓の持病で入院。
80代、体力低下、転倒。
若ぶっているが足腰のおとろえは顕著。
父ももうすぐ85歳か。盆と正月しか交流のない娘のわたしも55歳。
じぶんの老化を認めるトシだ。
もうさすがに乗らんだろう。
かなり視力も落ちている。
耳も聞こえがわるい。
ニュースでは、高齢者の運転による事故が毎日のように……。
高齢者に車を販売する闇
「もう免許を返したら?
車は乗らんといたら?」
「ワシは運転は大丈夫や」
「高齢者の事故が多いねん、刑務所に入るんやで」
おどかす会話の果て。
おそろしいことが起こった。
父が車を買い換えたのだ。
メガネを新調して免許更新をすませ。
そんなお金もあったんか。
いや、それより85歳の高齢者に自動車販売て。
ガレージには、すこし大きめの車が光っていた。
高齢者に車を売るなんて。
そうか年齢の上限の規制はないのか。
わたしは無免許で、車にうとい。オットは車に乗らない。
(仕事では後輩が運転するらしい)
車のことは、わからない。
どこの会社や?これがふつうか?
信じられない。おそろしい。
セールスの闇。
家の補修工事とか、不用品買い取りとか、高齢者相手の……。
ぞぞっと背すじに汗がながれた。
車をたよりに
「心臓が弱っています。
スーパーに歩いて行くと、ハァハァするほど。家からガレージの車に座って運転してるほうが、ラクなはず」
父の最後の入院先のお医者さま。
それで車に乗り続けてたのか。
運転は禁止。ドクターストップ。
車を買い換えて1年ほどで、こうなった。
最後のほうは車がホコリをかぶっていた。主は車に乗る元気もなく。
それでも死の前日に、車に乗ってスーパーに行っていた。
最後に乗れて、父も[ふんぎり]がついたのかな。
どんな思いで、車に乗り、買い物をしたのか。お金を払って駐車場に戻るとき心臓はハァハァしなかったのか。
財布からレシートが出てきた。
品目・すこしの食料品のみ。
普段どおりだったのだろうね。
また明日、とまではいかなくても、また来るつもりだったのだ。
ひきとりを依頼する
中古車センターに、ひきとり依頼。
比較的あたらしい車体。
父は、そんなに乗っていない。
オットの定年後まで置いておいて乗ってもよいが、乗らないし車がスネてしまいそう。
早いうちに車を持っていってもらおう。
ガレージが空っぽになりました。
スッキリ。
自動車保険
保険も解約。と、いうより口座凍結ので、支払いなど残っているものもあった。
自動車保険料は年払い。
保険会社に電話をかける。
解約の必要書類を送ってもらって返送のみ。
親子関係が記載してある戸籍の写しをあちこち提出。
すればするほど、わたしはひとりになる。
こうやって死んだ親の存在は消えていくのか……。
なぜか1年後、自動車保険の年払いの請求がきた。
保険会社は、平あやまり。
消し忘れてましたと。
そんなこともあるものだ。
父も、たまに気にかけてほしいのだろうね。
父あてのDMは、しょっちゅうくる。
いまでも。
支払いなど残っていないかチェックしていた。
うすい通販のカタログがポストに。
そして、しまいに来なくなる。
中古車センターからハガキ。
「九州のお客さまに、
ご縁があって出発しました。」
天国からおおきに、ありがとう。
空耳かな。
いつも こころに うるおいを
水分補給も わすれずに
さいごまでお読みくださり
ありがとうございます。