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新藤監督がくれた母親のイメージ

 脚本家・映画監督の新藤兼人さんが新作「一枚のハガキ」を撮影中なので、日活撮影所に陣中見舞いに行った。新藤さんは98歳。車いすに乗っての演出だが、黒い革ジャケットに帽子をかぶり、すてきだった。

 10年ほど前、新藤さんに「ひとり歩きの朝」というエッセーを新聞で連載してもらっていた。同じころ、私は妊娠し、出産、育休を経て職場復帰するまでの同時進行ルポを新聞のHPで書いていた。そのルポが出版されることになって加筆修正する時、どんなふうに終わらせたらいいか分からなくて、新藤さんに相談したことがある。新藤さんは原稿を丁寧に読んでくださり、「ラストは母親が子どもを背負い、裸足で飛び出して行く感じで終わらせるといい」とアドバイスをくれた。

 果たしてどれだけそう書けたか定かではないが、「母親が子どもを背負って裸足で飛び出して行く」イメージを、私は今も時々思い浮かべる。

 こんなふうに、新藤さんはいつでも相談や質問に真剣に応えてくれる。20代のある日、私は新藤さんの著書を読み、「なぜ新藤さんは乙羽(信子)さんと長い間、結婚しなかったのか?」と疑問を持ち、手紙を出したこともある。「なぜ新藤さんは乙羽さんと長い間、結婚しなかったのですか」と。今考えると赤面ものだが、間もなく、「とても書きにくい手紙ですが、折角ですから書いてみましょう」という文章で始まる長い手紙が届いた。14年前のことだ。今でもその手紙は大事にしまってある。

 今回、新藤さんは「最後の作品」と言っているが、撮影所で見た新藤さんはまだまだエネルギーであふれていた。いつまでもお元気でいてほしい。

2010年6月20日

【追記】

 新藤さんは2012年5月29日、100歳で亡くなった。「一枚のハガキ」が遺作となった。

☆2009年から2012年まで子ども向けの新聞につづった連載を改編したものです。


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