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孤独なヒーロー

「並んでるんですけど」
ふいに険を含んだ言葉が、背中越しに飛んできた。

驚いて振り向くと、そこには福士蒼汰似の高校生くらいの若者の姿があった。すらっとしてなかなかのイケメンではあるが、そのことを自覚している感が体からにじみ出ており、少し鼻につく。

友人らしき人と二人並んで立っていたが、友人の方は「俺、知らねーっすよ」とばかりにそっぽを向いていたので、先程の言葉を発したのは福士蒼汰似の彼のようだ。


東京からそう遠くない観光地でお正月を迎え、宿の人におすすめされた神社へ初詣に行ったときのできごと。

新たな一年が健やかであるよう願いを込めて、「どの、お守りにする?」などと連れと和気あいあい、あーでもないこーでもないと楽しくおしゃべりに花を咲かせながらお守りコーナーへ。私たちは、新年を祝う華やかな時間、希望に満ちた空気を心から楽しんでいた。

そこへ、「並んでるんですけど」

驚いた私は、すぐさま振り向いた。すると、そこには福士蒼汰似の彼。並ばなければいけなかったのかと注意深く周りを見回してみたが、どこにも並ぶ案内はなく、それどころか誰も並んでいない。

そう、並んでいるのは彼らだけだった。

彼だけのルール。
友人は、それに仕方なく付き合っているのか、彼の自分が正義という考えに共感しているのか。行動を共にし、彼の行き過ぎた行為を止めようともしないということは、彼も同類と思われても仕方がないだろう。


周囲をよくよく確認してから、私は驚いた顔のまま彼の顔をまじまじと見てしまった。
「俺はいつだって正しいんだ」
「俺は間違っていない」
「でも、ちょっと怖い」
「そんなに見ないでよ」
そんな彼の内なる声が聞こえてくる。
頬がぴくぴく動き、内心びくびく虚勢を張っているのが見てとれる。

威勢よく声をあげたはいいものの、わたしの反応は彼にとって予想外だったのかもしれない。誰もが彼の言葉を神の御神託か何かのようにありがたがり、「ははー、仰せの通り。申し訳ございません」とすごすごと引き下がると思い込んでいたのかもしれない。

彼は、自分の主張が正しいと思っているから顔を背けはしないが、私と目を合わせようとはしなかった。自分だけのルールを見ず知らずの人間に押し付ける声をあげたなら、私ときちんと目を合わせ、最後まで自分の言葉に責任を持つべきだろう。本当に正しい行いをしているなら、正々堂々受け止められるはず。

私が気がつかなかったのかもしれない。だったら、教えて欲しいとの思いから、どこに並ぶ案内があるのか彼に尋ねても答えない。答えられるはずもない。そう、ルールは彼の頭の中にしか存在しないのだから。


けっこう大きな声だったにもかかわらず、わたし以外彼に気を留める者は一人もいない。誰もが彼をいないものとして振舞っていた。不思議な光景だった。

「彼の声は、私にしか聞こえないのか?」
一瞬、そう考えてしまうほど変な空気が流れていた。

彼は、日常的に自分の正義を周りに押し付けているのかもしれない。地元の人の多い神社だったので、彼と顔なじみも多かったことだろう。でも、そこにいた誰もが彼を透明人間のように扱っていた。彼は、確かにそこに存在する、でも、周りに彼の声は届かない。


みんなが入れ代わり立ち代わり、楽し気にお守りを選んでいく中、頑なに列を守ろうとする姿。列といっても、並んでいるのは彼と友人だけ。彼らには、彼らの後ろに列をなしている幻の大勢の人々が見えていたのだろうか。

なにがここまで彼を正義の道に走らせているのか分からないが、なんだか可哀そうになってしまった。人として知らなければいけない感情を、学ぶ機会が与えられなかったのだろう。

ほめて伸ばすという言葉があるが、あの言葉が通用するのは、社会常識を正しく身につけ、自身で状況判断ができる能力のある人に限った話ではないのだろうか。受け止めるだけの人には、間違った道を歩ませてしまうのではないだろうか。

叱られなければ、叱られた世界を知らないで育つ。そうなると、いつでも自分は正しいという間違った思い込みをしてしまうのかもしれない。叱ってくれる人がそばにいない人生は、人に恵まれていない人生なのかもしれない。


私は、世間からみたらもうおばちゃんだ。この年になったら、良識のある人にだったら注意することも怖くない。また、いろんなことを正す役割を担っている年代なのだと思っている。

でも、言葉や言葉の強さには気をつける。見知らぬ人間に、突然頭ごなしに注意をされたら、誰だってカチンとくる。だからこそ、言葉には気をつけないといけない。

また、自分の発した言葉は自分に返ってくる。とげのある言葉は、とげを増して自分に跳ね返ってくる。


「正義厨」なる言葉を最近知った。彼みたいな人が増えているのだろう。これはこれで、危険人物といえるのではないだろうか。自分の信じるものだけが絶対的な正で、他は悪。そんな彼らとは、どうやっても意思疎通が図れそうにない。どんなに言葉を尽くしても、彼らには言葉は届かないだろう。

正か悪、白か黒。
この判断しかできない人が多くなり、とても息が詰まる。世界も人も思っているより複雑で、そんなに簡単に割り切れるものではない。曖昧であることが人間らしさにつながっているのではないだろうか。

すべてに白か黒かつけた世界は、生きづらい世界。
どうして、もっと柔軟になれないのだろう。

柔らかな心は、すくすく育つ。
硬い心は、ぽきりと折れる。


孤独なヒーローは、今日もどこかで己の信じた正義のために戦っているのだろうか。

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