短編ホラー「霊感」

 これは僕が体験した話というよりかは、僕の彼女が体験した話です。
 僕は一時期、大阪の都心部の学校に勤めていました。帰り道にはショッピングモールやらカフェやらがたくさんあって、僕はいつも、ゲームセンターに寄って帰っていました。正確に言うと、天王寺のキューズモール周辺にある小さなゲームセンターです。ショッピングモールというよりかは、ショッピングセンターと言うに相応しい昭和な建物の四階にあります。僕はそこに半年間通い詰めました。
 ある日、遠距離恋愛中の彼女が今年の冬も大阪に来るということで、何度目かの観光案内をすることになりました。
 当日は難波に天王寺動物園と、予定していた場所を全て回り、二人ともそれなりに疲れて、もう終わりにしようと言ってホテルに帰ることにしました。
 ふと猛烈に、あのゲームセンターに行きたい、という気持ちが湧き上がってきました。いつも仕事終わりにこの辺を通る時間帯です。半年間築き上げきた習慣が、僕にそう思わせるのかもしれません。
「最後にゲーセン行こや」
 僕は彼女の手を掴みました。
「えー、もう疲れた。帰ろう」
 そう言われても、不思議と行きたくて仕方がありません。
 僕は半ば強引に手を引いて、その小さなショッピングセンターに向かいました。
 そこは少し変わった内装をしていて、壁や柱に多くの鏡が使われていました。皆さんも体験したことないですか? エスカレーターの左右の壁が合わせ鏡になっていて、うわ自分が何人もおるーみたいな作り。そこのエスカレーターも同じようになっていて、それだけではなく、両壁に埋め込まれた柱と柱も合わせ鏡になっていました。少しやり過ぎなくらいです。バブルの気色を今に伝えているかのような、鏡だらけのショッピングセンターでした。その入り口を開けた瞬間。
「なにここ」
 彼女は足を止めました。そして周りを見回してから。「え、怖い怖い」
「え? 何が怖いん?」
 僕にはただの建物です。内装は妙ですが。 
 どうしても四階のゲームセンターに行きたくて仕方のなかった僕は、やはり彼女の手を強引に引いて、鏡だらけのエスカレーターを上がり、ゲームセンターに向かいました。彼女をそこに連れて行きたくて、それしか考えられませんでした。行けば絶対に楽しめる、彼女も笑顔になってくれる、そんな確信さえがありました。
「ねぇ、怖いってここ。ほんとに帰ろ。見られてるって」
「何言うてんの。誰もおらんやん。ほら、あそこがゲーセン。僕、仕事の帰りにいつも来てんねん」
 そのままゲームセンターの入り口を指差して、早足に入店しようとした時。
「もう嫌、ほんとに怖い」
 彼女は座り込みました。泣いている様子です。
 鼻をすする音を聞いて、ハッと我に返ったような気がしました。なぜ、彼女を泣かせてまでゲームセンターなんかに行こうとしたのか。急に情けなくなって、一緒に座り込んで謝りました。
「ごめん。今日はもう帰ろか。疲れてるしな」
 彼女はうん、と頷きました。

 怯えている彼女を励ましながら、エスカレーターを降りて、ショッピングセンターの外に出ます。僕にはやはり、なぜ彼女がこんなにも怖がっているのか見当も付きません。
 もしかしてと、僕はスマートホンを取り出して、そのショッピングセンターの名前をネット検索にかけてみました。
 すると、そこは心霊スポットになっていました。あまり有名ではありませんが、霊がいるという書き込みは多数あります。
「すごいな。全然分からんかったわ」
 呑気にそう言うと、彼女は強い口調で。
「なんで気付かんのよ! だって、鏡に顔がいっぱい浮いてたのに」
 調べてみると、そこでは昔大きな火事があったそうです。消防隊が入ると、上りのエスカレーターを無理に下ろうとして、転倒した人たちが下で重なっていたそうです。
 彼女は、合わせ鏡に何を見たのでしょうか。
 僕は何も感じることなく、火元の場所にあたるゲームセンターに半年も通い続けていたのです。怖くなった僕は、以降そこへは寄り道をしなくなりました。

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