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【終末のエンドロール】第十三話 お前、死ぬんだろ?

 チサが前にジョセフと接触していたおかげで、彼女のアバターIDを手に入れることができた。けれど、彼女はあの日以降、ログインしていないらしい。SNS連携もなし、彼女が再びトライシティに来ない限り、僕には接触できない。

「ログインしたらすぐ言うよ。ちょくちょくチェックしておく」

「ありがとう。……あと、ごめん」

 アンナの手紙を読んで、初めて僕は気づいた。僕自身が、ホンモノの人間と自分に線引きをしていたこと。僕自身が、ただのデータなんだという事実を知ってから、僕は冷たい目線を無意識に向けていた。きっと、羨ましかったんだ。使われる側から見て、自由に生きていける彼らが。

 そう僕が説明すると、ジョセフはこんな話をしてくれた。

「俺だって、ゲームの世界の住人じゃないって確証はないよ」

「……それ、どういうこと?」

「ゲームじゃなくても、他にも色々な例え方はあるけど……。もしかしたら、この世界はタイチが生きるために作られた世界で、タイチが明日消えるってなったら、俺たちも、全部消える可能性だってある。誰も、その事実に気づいてないだけで……」

「……そんなの、ありえない」

 この数日間、僕はずっとあり得ないことに囲まれていたのに? と自分でつっこんではみるけど、やっぱりそれは、あまりにも楽観的すぎる見解のように思えた。

 楽観的、か。僕は、いっそのこと皆一緒に消えてしまえばいいと心のどこかで思ってたのかもしれない。僕は、僕だけがこの世界から消えてしまうことが怖いんだろうか。僕以外の人には未来があって、それが羨ましくて。なら、なんで残りたいと思ったんだろうか。全部偽物の思い出なのに。モヤモヤと頭の中に問いだけがあふれていって、眉間にしわが寄った。

「俺がタイチの立場でも、きっと同じ態度になると思うから。なのに、今まで同じなふりして、ごめん、って気持ちの方が……強い」

「……それは、違うよ」

「え?」

「ジョセフだけでも、この先大丈夫なんだって思ったら……。っていうか、マユとアンナもなんだけど。なんていうかな……覚えててくれる人が、いるなら」

「……本当に、こっちに残るの?」

 僕は答えられなかった。答えなかったんじゃなくて。

「何度も聞くなって話だよな、ごめん」

 そうじゃないんだ。

 僕はウジウジ悩んでた。何に悩んでいるのか説明するのが難しいほど、ものすごく漠然としたもので、数秒前まで、自分が何を考えていたのかは、パッと忘れて、言葉がからまっていく。AIのくせに、この頭め。AI、生きることについて考えるAI。永遠の様で、人間の指一つで殺せてしまう、AI。

 残りの二日間、後悔のないように。アンナは手紙でそう言っていたけれど、僕の後悔って、なんだろう。僕の日常は僕とアンナとマユ以外は、僕の世界のものじゃなくて、だから、失うのは僕が住んでいた場所だけ。僕の事は、ジョセフたちが覚えていてくれる。夢も、特になかった。僕はただ、ショッピングモールに暮らす前は普通に学校に通って、たまに公園でスケボーをして。ジョセフたちと出会ってからも、ただ、生きなくちゃという気持ちだけで過ごしていた。何も残したものもなく、何も目指すものさえ見つからなかった。

 それで、十分だった。というか、それ以外、自分自身が手に入れられる幸せが想像できなかった。

 もし、僕が人間だったら? 本物の人間で、ジョセフもマユもアンナも……チサも、同じ立場だったら。僕たちは本当に出会ってたんだろうか。きっとその世界では、僕たちに世界の終わりなんて訪れなくて、普通に学校に通って、普通に恋をして、そうであってもやっぱり、今みたいな関係にはなれなかった気がする。

 そうだ、僕は……この世界に、この、終わってしまう世界に感謝してるのか。

 終わるから、出会えた。終わるから、必死に生きた。終わるから、僕たちは語り合って、終わるから、生きているという事を、今こんなに感じているんだ。きっとこの感情は、脱出したら鈍って、いつかは忘れて――それが、その方がむしろ僕にとっては恐ろしい。だから、この世界に残りたい。

   チサちゃんはもう終わったって、なってないと思うよ。

 そうなんだよな、と僕はアンナからの手紙を見つめながら反芻する。でも、チサはこの世界からもう出て行ってしまって、僕みたいなただのデータは、彼女を追いかけることができないんだ。だったら、終わらせたのはチサのほうじゃないか。

 目の前でこう反論したら、アンナはどう言っていただろう。僕の脳内のアンナは、困った顔でうつむいてしまっていた。

 追いかけてほしいよ、と、脳内のアンナが勝手に喋る。いつの間にか横にマユまでが仁王立ちして、僕に言う。

「アンナがこう言ってんのはなァ、結局お前が追いかけようかなって思ってるからなんだよ。それを勝手に妄想して俺たちに代弁させてんじゃねぇよ」

 僕の脳内マユは、完成度が高い。そして、的を射ていて、僕の頭をクリアにしてくれる。

「でも、どうやって?」

「知るかよ」

「ジョセフは? ジョセフなら何かできるかも」

「でも、IDが分かるだけじゃ、ログインしてるかしか分かんないって」

「んじゃ、直接会いに行くしかねぇ」

 ジョセフがチサを探し出して、現実世界で、僕に会いに来てくれと頼めばいい。でも、それってものすごくハードルが高くないだろうか。だって、ジョセフは現実では、ずっと家に……。いやそれだけじゃなくて、住んでる場所だって、全然違うかもしれない。現実的じゃない。

「AIなら擦り切れるまでそのコンピューター使ってやりかた考えてみろよ」

「でも、そんなのジョセフに迷惑じゃ……」

「お前、死ぬんだろ? お前ジョセフが、家族が死ぬってのに、そんなの迷惑だって言うやつだって思ってんのかよ」

 僕は宙に向かって首を横に振った。

「なら頼んでみろよ。ダイジョーブ。ちょっと肩組んでやれば一発だって」

 脳内の僕、そんな風にジョセフを見てたのか。

「ああ、いっつもいい子ちゃんぶりやがって。俺がお前らの気持ち、代弁してやってたんだよ。有難く思ったなら、俺もその計画に混ぜやがれ」

 マユは、そうは言わなそうだけど。

 それでも僕は、もう一度ジョセフの部屋に飛び込んだ。マユを引き込んで、僕の計画を、まだ中途半端な空想を、ぶつけてみようと思った。

「チサが、僕に会いたいらしいんだ」

「ならなんで来ねぇんだよ」

「それは……。ねぇ、ジョセフどうにかしてチサのいる場所、わかんないかな……。そうじゃなくても、チサと連絡が取れるだけでいいんだ。直接じゃなくても――ジョセフからでもいいから」

「会ってどうするわけ?」

「話……終わってないから」

「話したくないってお前が言ったんだろ」

「その後アンナが」

「だからって何で」

「だから……いいから」

「よくねぇよ。残り少ない思い出作りの時間、こっちは削ってやってんだぞ」

 残り二日、いや、もう一日半も残ってない。こんな口論してる暇ないのに、と僕は眉間にしわを寄せた。やっぱり脳内のマユよりも、本当のマユの方が何倍も厄介だ。

「なんで回りくどいこと言ってんだよ。もっといい頼み方あんのに、分かんねぇのか」

「……は?」

「チサが会いたいって言ってる? 嘘吐くんじゃねえよってこと! オマエは、どうしたいんだよ」

 マユの大きな目が僕をじっと見て、その目に、泣きそうな、顔を真っ赤にしている僕が映っていた。僕は……。

「……チサに、もう一度会いたい」

「それでいい。ジョセフ、どうにかしろ」

「えっ。言っただろ、SNS連携してないって」

「それでも何かあんだろ。もう一個町作ったくらいなんだから、気合入れて考えろよ」

「そんな無茶な……」

 答え合わせみたいに、脳内で描いていた話し合いが目の前で繰り広げられていた。頭で考えたことがリアルになるほど、僕は彼らとずっと、ちゃんと向き合ってこれたんだなぁ。なんだか感動しそうになったけれど、何ボーっとしてんだよと、回し蹴りされて現実に引き戻された。

 僕の現実は、結構いい感じだった。

 もう、恋とか、そういう感情はなかったけれど、チサに会いたかった。この前まで僕の目の前にいた彼女は、すごくイヤな感じだったし、僕も彼女を妬んで、つらく当たった。でも、アンナの手紙の中のチサは、僕があのショッピングモールで思い描いていた彼女にとても近くて、不器用で。

「チサさんの本名は?」

「分からない……」

「分かんねえことばっかじゃん。てか本名分かんなかったら詰んでね?」

「……あ、中学受験したって、アンナの手紙で」

「お前この世界にどんだけ中高一貫があると思ってんだよ」

「他には?」

「大学の近くに、スケートボード場がある」

「大学は受験? エスカレーター?」

「受験」

「タイチが出てるCM……この時高校生だとすると、少しだけ絞れるけど、やっぱりまだ……」

「な、他のサイトとか登録してねぇの? SNSとかさー。無限にあっけど」

「前のアカウントになら趣味とかがプロフィールに書いてあったと思うんだけど……。僕からじゃそれは見えないから……」

「チサ、トライシティ……。馴染もうとしてたならそれで過去ログ探れるかも」

 僕の世界を包んでいるインターネットの海の中で、僕たちはチサの手がかりを探し続けた。日は暮れて、もう僕たちの世界が終わるまでのタイムリミットは迫っていた。マユ、ごめん。俺だけのために時間を使わせて。ジョセフもごめん。ちっぽけなAIのために、こんなに苦労させて。でも、口に出して言ったら二人に怒られそうで、僕にはそれが、とても頼もしかった。

「これじゃねっ!?」

 マユがジョセフのパソコン画面とリンクさせたモニターをぐぐっと押した。

「タッチパネルじゃないから」

「ポンコツ! なっ、これっ。言ってたプロフに近くね? 押せ押せジョセフ!」

 ジョセフの頭をわしづかみにして、マユは彼をせっついた。けれど、パソコン画面はなぜか動かなくて、僕たちはジョセフがいつの間にか机から離れてしまったんじゃないかと顔を見合わせた。

「おいっ、ジョセフッ」

「これかも……しれないけど……」

「なんだいたのかよ。急に黙んな。俺らから分かんねえんだから!」

「見れない」

「は? なんで」

「鍵アカなんだ。フォローを承認してもらわないと見れない。フォロワー数的にも、きっと身内だけしかつながってないし、急にリクエストしても」

「いいからしろ! さっさとしろ! トライシティのユーザーだってアピールしろ!」

「それ、逆効果じゃないかな……。ネトストだと思われるかもだし……。それに、憶測してるだけでチサさん本人かも分からないし」

「だー! ウジウジ言ったってしゃーねーだろ! さんざん調べてこれしかねぇんだしよ!」

「……ジョセフ」

「やった方が、いいんだよな……」

「やる一択に決まってんだよ」

「……分かったよ」

 ジョセフがフォローボタンを押すと、リクエスト中というボタンが真っ赤に光った。

 あと、28時間。僕たちに残された蜘蛛の糸は、バリアに守られて、まだ触れられない。


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