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【職人探訪vol.8】見えない部分へのこだわりにこそ職人のプライドが光る。下地師・三崎茂さん

こんにちは。漆琳堂8代目当主、内田徹です。
越前漆器を支える職人たちを訪ねる「職人探訪」。

第8回目は、鯖江市で丸物漆器の下地を手がける三崎茂さんをご紹介します。

下地は塗り物の基礎となる重要な工程です。完成すると見えなくなってしまう部分ではありますが、漆器のクオリティが大きく左右されるといっても過言ではありません。

三崎さんには漆琳堂の器の下地もお願いしていますが、さすがこの道50年のベテラン。すべて手作業で均一に塗り進めていく様子に、あらためてその技術の高さを目の当たりにしました。


じっくりやるなら下地がいい

ーー三崎さんは長いこと下地の仕事をされてますが、何歳の時から始めたんですか?

15歳の時にこの世界に入って、今が70歳やから55年やね。最初は地元の塗師の親方に10年間弟子入りして、下地から上塗りまで一通り教えてもらってから独立したんよ。年寄りはみんな下地をしていて、「渋下地(しぶしたじ)」をしているおばあさんもいたなぁ。

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ーー今は地の粉(じのこ:生漆に土の粉を混ぜたもの)を塗り重ねていく「本堅地(ほんかたじ)」が主流なので、「渋下地」をやっている人はほとんどいないですね。

昔は漆が高価だったから、生漆のかわりに柿渋 、地の粉の代わりに炭粉を使う「渋下地」が多かったんやね。渋下地をして一回上塗りをすれば出来上がったもんやから、田舎の方ではよく売れたなぁ。


ーー安くて早く仕上がるから重宝されたんですね。当時は忙しかったんじゃないですか?

つくれば売れるという時代やったから、朝7時から夜の7時や8時くらいまではずっと仕事してたと思う。今思うと随分忙しかったね。


ーー漆器にもいろんな工程がありますけど、なぜ下地師を選んだんですか?

塗師や蒔絵師やと、漆はもちろんハケや機械などいろいろ必要なものが多いからね。下地なら一人でじっくりやる分には気楽でいいかなと思ったんやわ。当時は下地を専門にやってる人も少なかったし。

コロナで少し仕事は落ち着いたけど、今でもだいたい朝8時から夕方6時くらいまではやってる。若い時ほど根つめて仕事はできんね(笑)。

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漆の層を重ね、より丈夫に

ーー今は何をやっているところですか?

木地に「二辺地」という地の粉を塗ってるところやね。地の粉は粒子の違いで「一辺地」「二辺地」「三辺地」と分かれてるんよ。1回目は粒度の荒い「一辺地」を使って研ぎ、その次は「二辺地」、3回目はさらに細かい「三辺地」を塗ってまた研ぐことで、漆の層が厚くなって滑らかで丈夫な下地になるんやわ。

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ーー三崎さんが仕上げた下地は筋もなくてきれいなので僕が塗る時もすごく助かってます。

ちょっとしたゴミがついても筋がついてしまうんよ。高台など細かい部分は、特に筋が付きやすいからヘラとハケを使い分けながら塗ってるね。次の人が仕事がしやすいとか、きれいやって言ってくれるのは嬉しいわな。上塗りしてもたら見えなくなるしな、下地は。

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使いやすい道具は自分でつくる

ーー漆の職人は道具も自分でつくると言いますけど、三崎さんのものもそうですか?

そうや。器の形はいろいろやから、器の曲線に合わせてヘラも微調整することで、ムラの無い仕上げになるんやね。ヘラは斧で割っただけの四角いヒノキの木を斜めに切って、自分で小型のカンナをかけて仕上げるんよ。ヒノキもいろいろあるけど、国内産じゃないとあかん。昔に比べて年輪の細かいのがないから原木を手に入れるのも大変なんやて。

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ーー木の年輪も関係があるんですね。

年輪の冬目(濃い線)と夏目(薄い部分)の幅が狭いほどいいんやわ。夏目はやわらかく、裂けたり凹んだりしやすいので、ヘラとして使うと筋になってしまう。だから気に入ったヘラは自分で削りながら、こうやって継ぎ足して使い続けてるの。

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▲短くなったヘラは継いで使う

ーーすごいなぁ。あ、「真空轆轤(ろくろ)」はうちにもありますよ。漆器には欠かせない機械ですよね。

「真空轆轤」ができて両手で作業ができるようになったから便利になったねぇ。昔は漆器を片手で持ちながら塗っていたから、均一に塗るのが大変やったんやわ。時間もようかかったわな。

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▲漆器を真空轆轤にセットして塗る。ポンプによって減圧され、ろくろと漆器が真空状態で固定される

特にポンプのつまみは、器の回転速度を変える大事な部分。いつも微妙な感覚で操作しているからすぐにへたってしまうんやわ。それも自分で半田づけしながら直したり調整したりしてるんよ。

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▲回転速度を変えるつまみを微妙に操りながら、漆器を塗り進めていく三崎さん

見えないからこそ手を抜かない

ーーあらためて漆器の技術は知恵と工夫が詰まっているんだなと思います。三崎さんは下地のどんな部分が気に入って続けているんですか?

完成すると下地は見えなくなってしまうものやけど、だから手を抜いていいわけではないんやわ。下地の仕事によって中塗りや上塗りの良し悪しにも関わる。しかも、丁寧につくったものはやっぱり長持ちするし、直しながら使うこともできるからね。漆器を利用するみなさんに1日でも長く使ってもらえたらなぁと思いながら、いつもこの仕事をしてるよ。

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(了)

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明るく気さくに話してくださる三崎さん。しかし、漆器と向き合った途端に職人の表情へと切り替わり、ちょっとした筋や凹みにも細心の注意を払いながら下地を施していく姿に思わず見惚れてしまいました。
下地という工程があることで、耐久性が増し、修理しても使い続けられる漆器になる。あらためて私たちのものづくりは、どの仕事が欠けても成り立たないのだなと強く感じます。三崎さんありがとうございました。




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