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過去と現在と少しの未来

「一駅ぶんのおどろき」投稿作品を読んでいくなかで、あぁ、いいなぁと思う作品がありました。

 千本松由季さんの『後悔が追いかけて来る』です。

 以前のnoteでも書いたように、一千字程度のショートショートの要件は「意外性のあるオチ」だと考えています(そして、このコンテストの趣旨も「おどろき」にあるとされています)。この作品がそれを満たしているかといえば、判断が分かれるところかもしれません。それでも、なにか新しい物語が生起しそうな小品としての味わいが確かにあると私は思います。

 端的に短く切られたシンプルな構文の連続ですが、だからこそ女性の自制のきいた静かな情感が出ています。

 そして、時制の切り替えが巧みです。小説とは、作中における「現在」の時間軸が不可逆に未来へ向かって進んでいく動的な表現形態だと考えています。しかし、渋谷から目黒に移動する終電間際の電車の車中で、思考は過去に飛び、過去に飛んでいるあいだの時間だけ、電車の乗車時間という現在の無為な時間もゆっくりと進んでいく。

 そして目黒で乗り換えてからも、思考は否応なく思考が過去に飛んでしまう。

また過去のことを考えてしまった。私に今必要なのは、未来に対する希望。
 孤児である主人公ジュディがあしながおじさんと出会い、結婚する、シンデレラストーリー。私にも結婚生活があった。幸せな時はみな過去になってしまった。ほら、また過去のことを考える。

 現在とは絶えず進行するものであり不可逆なものである。にもかかわらず、抗えず思考は過去に飛んでしまう。その葛藤が主人公の置かれた境遇を想起させます。『後悔が追いかけて来る』というタイトルもいいですね。まるで過去が現在を追いかけてきて、さらに追い越すかのような、あり得ないけれど切実な状況が伝わってきます。

 そして電車を降りるそのときには「明日、図書館に行って『あしながおじさん』を探そう」と思考は僅かに未来を向いている。この、作中の「現在」の時間軸の進行に伴った感情の微妙な変化こそ、小説を読むことによって得られる共感や希望です。読者を驚かすようなオチこそないかもしれませんが、少しずつ未来を向こうとするさまに共感と希望が持てるのです。

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