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映画音レビュー『さよならの朝に約束の花をかざろう』

 今日7月31日の夜、日本テレビ系列「金曜ロードSHOW!」で、以前レビューした長編アニメーション映画『聲の形』が放送される。

 夏休みのお茶の間に早見沙織さん入魂の名演技が届けられてしまうのかと思うと身震いしてしまうが、それはさておき。

 最近また素晴らしいアニメーション映画を観たので、ご紹介したい。

『さよならの朝に約束の花をかざろう』。
『あの日見た花の名前を、僕たちはまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』で脚本を務めた岡田麿里さんの初監督作品である。私は、早見沙織さんが出ていても『あの花』では泣けなかったし、そもそも『ここさけ』はまだ観ていないという、決して良いアニメの視聴者ではない。それでも、この『さよならの朝に約束の花をかざろう』(以下『さよなら』と略記)のラストでは気持ちよく泣いてしまった。

 テーマが徹頭徹尾「親子」だからかもしれない。現実に子どもを持っているか否かで、感想はずいぶん違ったものになるのではないかと思う。こればっかりは実感として、本当にどうしようもない部分がある。同じ子育て世帯でも、家庭の形態や環境によっては否定的な意見があるかもしれないが、少なくとも私は、とてもリアルな物語であると感じた。

 劇伴音楽の作曲は川井憲次さん。もうこの時点で、音響が素晴らしくないわけがない。映画『イノセンス』では、実際にオルゴール原盤を作ってレコーディングした音を洞窟内で再生して、その反響を丸ごと録ったというくらいの人なのだ。
 独特の重層的で感動的な劇伴は『さよなら』でも健在である。できる限り高品質のスピーカー環境で鳴らしたい楽曲群が、全編を彩っている。とくに『スカイ・クロラ』でも効果的だった、抜けるような空のシーンの劇伴には凄みすら感じた。クライマックスではやり過ぎではないかと心配してしまうくらい感動的な演出が畳みかけてくるが、最後までダレずに力で押し切られ、圧倒されてしまった。聴くというより聴かされてしまうという感じだ。

 私は良いファンタジー作品の受け手でもないので、おそらくこのあと二度、三度と繰り返し見なければ細かな世界設定までは把握しきれないだろうが、冒頭「別れの一族」ことイオルフの民の神聖かつ静謐な描写には引き込まれた。機織りの音、水の音、高所で鳴る風の音。そして「長老」と呼ばれている役の井上喜久子さんの声がいきなり素晴らしい。あの声で音環境がぴっしりと締まった気がする。

 晴れやかで穏やかな冒頭も束の間、異国の民が戦争を仕掛けてくると、その雰囲気は打って変わる。巨大な有翼の怪物が咆哮し、翼を唸らせ、砲声が轟き、兵士たちが怒号を上げ……と、激しい音が雪崩れ込んでくるのである。この作品、戦争の音の描写にも迫力と奥行きがあって、聴きどころのひとつとなっている。

 上下動する立体的な音響に翻弄されつつ、命からがら有翼の怪物にしがみついて下界に降りた主人公の少女マキアは、戦火で焼き討ちに遭った集落で生き残りの男の赤ん坊エリアルを救い、自分が母親となって育てていく。血の繋がりのない親子関係、母としての苦悩、葛藤、成長する子どもとの軋轢……。『あの花』のような青春群像劇を想像していた視聴者は面食らうのではないかというくらい、このあたりの濃やかな描写は完全に大人向けとなっている。それゆえあまり世間的な評価は高くないのかもしれないが、もっと評価されて然るべき作品だと私は思う。監督が脚本家出身ということもあるのだろうか。その作家性がいかんなく発揮されている。

 イオルフの民というのはどうやら不老長寿の一族であるらしい。異国の王家が権威の象徴として、マキアの友人の少女レイリアを攫って王子の妃として欲するくらいには貴種であるといえる。その意味で、イオルフのマキアが下界に降りて苦心しながら生きていくこの物語は、貴種流離譚のような側面も併せ持つ。
 マキアが女手ひとつでエリアルを育てるために働く酒場や、その周辺の街の造型が、また発想豊かで魅力的だ。客たちの猥雑な声、背景で回る巨大な歯車のような機械のゴウンゴウンという地鳴りのような音、そして母子の関係性が変化する重要なシーンで頭上から降ってくる雨の音……。いずれも印象的で素晴らしい。

 ただひとつ惜しむ点があるとすれば、なぜこんな掴みどころのないタイトルにしたのだろう……ということくらいだろうか。作中、その疑問だけはついて回っていて、結局エンドロールを迎えても得心はいかなかった。かといってほかに適当な別案が思い浮かぶわけでもないが、タイトルがやや抽象的で焦点が定まっていない印象を受けたことだけは、たしかである。

 タイトルをつけるのは難しい。
 もしこれがスタジオジブリの名を冠された作品なら、たとえば、

『さよならの民のマキア』
『別れの一族のマキア』
『機織りの民のマキア』

 というふうな、いっそ清々しいまでにストレートなタイトルでも十分に売れたのかもしれないが……。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』と同じ路線にして客を呼びたいという意図はわからなくもないが、正直、視聴者の入り口が狭まってしまいかねないので、もったいないと感じた。

 とはいえ、抽象的なタイトルに偏見を持たずに鑑賞してみれば、中身はリアルな親子の葛藤を描こうとした、濃やかで繊細な意欲作である。

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