ボールを投げる、たったそれだけのことについて ピッチングフォーム試論(6)
誰にもお待たせしていなかったであろう連載の第六回目をようやく書く。
前回の記事はこちら。
さて、前回までで下半身の試論を終えたので、再び上半身の動きに移る。
上半身のテイクバックからの動きは、以下のような試論に辿り着いた。
(1)腕を少し上げる「外転」そして「水平外転」によって、ボールを投球方向とは逆の後ろにテイクバックする。その際、水平外転の可動域は30°と狭く、それ以上後ろに無理やり引っ張ろうとすると、肩に負担がかかってしまう。それ以上は決して無理に引っ張りあげようとしてはならない。
(2)曲げた肘から先を上げるように、まるでお辞儀をした腰を起こすように「外旋」させる。「マルを書く」ようなイメージである。水平外転の可動域は30°と狭かったが、外旋ならば60°と幅があるので、水平外転と外旋の合わせ技をもって、腕をトップ(顔の真横の位置)まで持ってくることが可能となる。
(3)トップまで来たら、可動域が130°と広い「水平内転」の動きで、一気に腕が振られ始める。このとき、骨頭が前に転がる。
(4)さらに「内旋」の動きが加わって、腕が鋭く振り切られる。
今回は、リリースのまさにその瞬間に至るまでの「握り」について検証してみたい。
さまざまな資料に当たってきて、いわゆるストレート、フォーシームの握りは単純なようでいて、じつは二種類のパターンに大別されるのではないかと感じている。
私の場合はこうである。
右肩上がりになっているほうの縫い目に人差し指、中指をかける形である。人間の手は普通、人差し指が短く、中指が長くなっているのだから、指の長さに合わせたこの握りは自然で理に適っていると思われる。リリースの瞬間、二本の指に均等に力が加わりやすい。
一方、写真でいえば下のほうの縫い目、右肩下がりになっているほうの縫い目に人差し指、中指をかけるという握りも存在するようだ。こちらは一見、道理に反しているようにも見えるが、スリークォーター気味に――つまり、やや手首を斜めに傾けて投げる場合、縫い目の傾きと手首の傾きで相殺されて、きれいな回転のフォーシームが飛んでいくのを意図したものと推量される。
フォーシームとはつまり、一回転するうちにシーム=縫い目が四本、バックスピンしながら空を切っていく球種である。回転するボールの下側は進行方向とは逆方向に、上側は進行方向と同じ方向に、縫い目が気流を乱していく。このとき、気流の流れがスムーズなほう、つまり上側にボールが引っ張られる力が働く。これをマグナス力というらしい。実際には、漫画やゲームに出てくるような「浮き上がる」ボールはありえず、必ず重力に従って下方向に落ちていくのだが、スピンがきれいにかかっていればいるほど、重力に抗って落差を少なくすることができる。
ちなみに、この回転軸が少しでも傾けばそれはもう「変化球」となる(後述する)。
人差し指と中指をいずれの縫い目にかけるにしても、おそらく親指の支えは、このようにするのが最も効率がよいだろう。
ポイントは、親指の腹でなく、人差し指側の「側面」でがっちりホールドすることである。
なぜか?
人間の指の機構とは面白いもので、親指の腹で押さえると、十全には力が入りきらず、また、人差し指と中指のちょうど中間点に均等に、強い力を集中させることができないからである。
ここで実験として、親指の腹を全力で人差し指と中指の付け根の間に食い込ませようとしてみてほしい。
私はどんなに頑張っても、このあたりが限界だった。
一方、親指の側面を人差し指と中指の付け根の間に食い込ませようとしてみたら、どうなるか。少々お行儀が悪いのはご勘弁いただくとして、親指が付け根の根もとまでがっちり収まって、さらに人差し指と中指も掌にくっつくくらい折り曲げることができるのではないだろうか。
これほどまでに力の伝わりかたが違うのである。
ちなみに、ギター演奏の初心者がぶち当たる最初にして最大の壁は「F」のローコードであるといわれる。一弦から六弦までをセーハする、つまり人差し指一本で押さえ込むバレーコードである。私も初めはまったく鳴らずにかなり苦労した。
このコードの克服方法としてよく挙げられるのも、人差し指の腹ではなく側面を用いよということである。
指の形に個人差はあれど、ギターのネックを押さえるのは人差し指と親指だ。指の腹ではなく側面を使って直角の関係を作るほうが、均等に強い力が加わりやすいのではないかと想像する。指の腹同士で挟む場合のほうが、握力を必要とするように感じるのだ。
閑話休題。
人差し指と中指の距離感についても確認しておこう。
次の動画が役に立つ。楽天則本投手の話も気になるが、ここは後半の館山コーチの対談の部分、14分40秒ごろからの説明に注目したい。
目をつぶって、パッと開いたのが自然な形。
靱帯手術をしまくった身体力学の権化が言うからこそ、じつに実感のこもった含蓄のある言葉である。
基本的には、この自然な形で人差し指と中指をかけるのが理想ではないかと思う。
ただ、この距離を縮めれば縮めるだけ、速くて球威のあるストレートになる。一方で、操作性は低くなり、コントロールが乱れやすい。阪神の藤川投手などが良い例で、人差し指と中指をぴったりくっつけているのがスロー映像などから見てとれる。
逆に指を開けば開くだけ、球速はやや落ちるものの、操作性はよくなり、コントロールが利きやすいといわれているようだ。
以上のように握りを定めて、いざリリースをする。このとき気をつけたいのは、力の配分だ。
以下の動画をご覧いただきたい。
要約すれば、極端にいえばリリースまでは限りなく力を抜き、リリースの瞬間にだけ一気に全力を出してボールを握る――「ゼロ→ヒャク」の力配分が、球速アップの秘訣だという。
確かにこうすれば、高めへの抜けがなくなると実感している。つねに心に留めておきたい意識だろう。
リリースしたあとは、なるべく球の回転をよく見て、ストレートの質を確かめておきたい。
私の場合は、赤色の油性ペンで赤道のような太い線を描き入れた練習球を作り、フォーシームが均等に回転しているかをチェックしている。
また、庭でネットまでの距離を長く取って投げる際には、周辺物の破損を防ぐため、軟らかいキャッチボール専用球も併用している。この歳で磯野くん中島くんみたいに野球ボールで窓ガラスを割ってしまったら、さすがに笑えない。
お子様向けの商品かと思いきや、硬式のような縫い目にかける感覚も身につくし、シームの回転が目で見て判別しやすい。おまけに変化球も面白いほどよく曲がるという、隠れた優れモノだと思う。
このフォーシームの回転軸が少しでもブレると、それはもう変化球であると前述した。
もう一度、前掲した館山コーチの動画に立ち戻ってみたい。
まっすぐの握りを少しずつずらしていけば、それはもう変化球。
まっすぐ以外はすべて変化球。
たとえば、まっすぐの親指を少しずらして、腹で浅く握るようにするだけで、それはもうシュートだ。
発想は自由。遊びながら探究してほしい……。
あまりに平然と、しかし理に適ったようなことを説明されると、ワクワクしてこないだろうか?
野球少年の頃に夢見た「変化球を投げてみたい」という憧れが、大人になって叶いそうになるとは、思ってもみなかった。プロの生の声が動画で聴けるのだから、本当にいい時代になったものだ。もちろん、有益な書籍もたくさん出版されている。
この連載を半年ほど放置していたのも、じつは並行して変化球の研究に取り組んでいたからだったりする。四本のシームで空気抵抗を乱して「キレ」を得ようとする以上、極論すればストレートさえも広義の「変化球」であり、変化球の原理を理解しないことには、ストレートも理解できないように感じたのだ。
次回は番外編として、変化球について考察する。
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