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一編集者が考える、文学賞のジャンルのこと

 年が明けて、創作活動の目標を掲げている方も少なくないなかで、個人的に興味深く思った記事がふたつありました。

 私はライトノベルやライト文芸と呼ばれるジャンルの編集には携わったことがありませんし、いわゆるライトノベルレーベルの作品を読んだのも中高生の頃が最後です。最近の潮流、たとえばネットで隆盛を極めているという「異世界」がどうというのは、流し読み程度に触りだけ覗いたことはあっても基本的には門外漢ですし、決して良い読者ではありえません。

 しかし、私が中高生の頃に一時代を築いた(と勝手に解釈していた)電撃のレーベルが「新文芸」なる、なんでもありの、玉虫色の打ち出しかたをされていたのは寡聞にして知りませんでした。これでは書き手が戸惑ってしまっても不思議ではありません。

 個人的に「ライト文芸」と称するジャンルは、たとえばレーベルでいえば「新潮文庫nex」や「講談社タイガ」のような、広めに取りますが現在20代から40代くらいの比較的若い世代、それも全盛期のライトノベルを読んで育ってきた読者に向けた、手軽な文庫書き下ろしの形態を取るものと解釈していました。

「新文芸」なるものは、いわば、さらにその下の世代の感性が、大人になって上の世代に上がってくるような感覚なのでしょうか……?

 ジャンルというものがある程度の同時代性を共有し、特定の読者層とともに成熟していくものである以上、読者の高齢化は、多くの場合において免れません。これを意図的に回避しようとしているのが、たとえば定期刊行物でいえば『コロコロコミック』であり(いつまで経ってもウンコチンチン言っていて、大半の読者は卒業していき、世代交代が図られています)、いまや需要が乏しくなってきた学年誌であるわけです。
 しかし、ジャンルのなかで意図的に世代交代を促すのは容易ではありません。ファッション誌だって読者が歳を取るに従って「お姉さん雑誌」を作ったりするわけです。まして、流行り廃りのある文芸の分野では、世代交代のできるメディアを作るのは難しいと思われます。

 出版全体を見渡してみると、そもそも2019年の速報値で、紙の出版物の市場規模が1兆2400億円台と15年連続のマイナスを叩き出すなど深刻な状況。若い世代の参入が減り、読者自体の高齢化も指摘されています。当然、版元もシニアシフトして、本を買ってくれる世代に向けた本づくりを志向するようになります。

 しかし、ジャンル自体の高齢化が行き着く先は隘路でもあります。たとえば、テレビや映画の時代劇を見て育ってきた世代が自然と馴染み深い時代小説を好み、書き下ろしの時代小説文庫として一時代を築きました。いまでも毎月のように多くの作品が刊行されています。伝え聞いた話では、二ヶ月に一度の年金支給月のほうが、時代小説の売り上げはよくなるのだとか。ところが、このジャンルも読者の高齢化とともに右肩下がりになっていくのは避けられないと考えられます。テレビでは予算の厳しさから、新作の時代劇が作られる例がかなり少なくなりました。それに伴い、若い世代の新規参入をごっそり呼び込むのも、なかなか難しい状況かと思われます。

 いわゆるライトノベルも、若いイメージこそありますが、たとえば電撃小説大賞の前身、電撃ゲーム小説大賞の第1回が1994年(!)だといいますから、もう四半世紀前の話になります。14歳の中学2年生も、四半世紀が経てば立派なアラフォーのおっさんです。

 そう考えてみると、ジャンル分けというのがいかに詮ないことで、こだわり過ぎるとジャンルとしての隘路に自ら迷い込んでしまいかねないことかが判るかと思われます。

 とはいえ、ある程度の規定をしないことには、賞を主催して選ぶ側としても、厳正に選ぶ基準が作りづらくなってしまいます。応募する賞の傾向と対策を押さえることは、相変わらず受賞への近道ではあるのでしょう。その賞が想定している読者層を、さらに細分化して限定してしまわないような「普遍性」はやはり大事です。考えてみれば当たり前の話で、賞の主催者は商売として「こういう読者層に訴求して売りたい」と考えて公募するわけですから、その想定客をあまねくカバーすることは、パッケージ商品の制作者として守るべき大前提といえるかもしれません。そのうえで、ジャンルに囚われない「新しさ」を出せるか。矛盾するようですが、新しさは強さです。それがクリティカルな発明であればあるほど、多くの新規参入客を獲得でき、メディアミックスなどによる、さらなる販路の拡大が期待できます。

 ジャンルの分析では大事ではあるけれど、一方で既存のジャンルの枠に囚われない、新しく、そして面白いものを。一読者として、度肝を抜かれるような発明に出会えるのが楽しみでなりません。

 

 

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