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職人のリレー 第六走者  南久ちりめん株式会社 長谷健次

2019. 03. 19  ヒゲロン毛石井

第五走者からバトンをつなぐこと半年・・・
結構経ってしまいました。お久しぶりです。
仕立屋のヒゲロン毛担当、石井です。

去年一年間、仕立屋のヒゲロン毛石井と金髪女ユカリは、長浜商工会議所が主宰する、浜シルク活用委員会に委員として出席しておりました。

コの字型に並ぶ机に座る日が来ようとは・・・
まぁ、どこであってもキャラは変えらんないんですけどね。

さぁ!第六走者は長浜で有数の機屋でもあり、
若手でありながら組合の副理事長としても走る
南久ちりめん株式会社・長谷健次さん(ミスチルファン)が登場!

長谷さんが見る、リアルな機屋産地としての壁。
そして月面に残す一歩と同じくらい大きな、1つのシルシ。

そんな話をしてもらいましょう!
それでは長谷さん、ヨロシクお願いします!!

伝統産業界、若手を逆手に。

南久ちりめんは長浜中心市街地に工場があり、
明治10年から浜ちりめん(白生地)をつくってきた。かつて100人いた職人も今は20人。

しかし、そのほとんどは30〜40代だという!
(同世代!!)

長谷さんご自身も御歳46のミスチルフリークである。”伝統”の世界としては若手の職人たち。彼らはその世界で何を思い、どう生きていくのか。

南久ちりめん・長谷さん(以下 南久・長谷):
うちはこの業界を見渡すと年齢層が若い。
先輩方に比べたらペーペーのようなもんです。
でも、だからこそソレがオリジナリティなのかな、と思って。

仕立屋と職人・石井(以下 仕立屋・石井):
ぺ、ペーペーがですか・・・?

南久・長谷:
まず、呉服業界の問題として、ひとつ高齢化があります。たとえば染色メーカー。仕入先の将来が不安なわけですよね。
「この先、長く一緒にやっていけるのかな・・・?」って。

仕立屋・石井:
そうか、染色屋さんは生地をつくってくれる機屋さんがいないと成り立たないですもんね。しかも浜ちりめんのような特殊な生地だとなおさら困っちゃう。

南久・長谷:
そこで、ここ最近の2〜3年なんですが、30〜40代をメインとする作り手として(もちろんベテランの職人もいますが)「まだまだ作れるエネルギーとパワーがあるんだ。」ってお客さんに伝わるように心がけているんですよね。

う〜〜〜ん、なるほど!
これまで、その産地の職人しかアタックしてこなかったから分からなかったけど、確かに生地が渡った先の染色職人も呉服屋も、機屋がいなくなっては当然困るわけですね。それは、機屋からすると、糸をつくってくれる養蚕家がいなくなっては商売ができなくなってしまうのもしかり。

南久・長谷:
そんなうち(南久)の「まだまだやれる」って雰囲気を感じてもらえたら、お客さんの想い描く未来像と、我々の未来も重ねてモノづくりを考えてもらえるのかなって。

仕立屋・石井:
おぉ〜シブい・・・未来を感じさせる強さ、ですね。
時としてお客さんから、「こんなのつくれますか?」って逆提案みたいなこともよくあるんですか?

南久・長谷:
あぁ〜〜〜ありますね。
最初から「ヤダ」、新しいものには「できない」は絶対言わないようにしているんです。まぁたくさん失敗作もつくってきてるんで、失敗し慣れてるっていうか・・・笑 色々な相談をしやすい職人でいるように普段から気をつけていますね。

仕立屋・石井:
そしたら若手の職人たちもチャレンジしていいんだ、ってなりますよね。チャレンジングな社風。笑

一本の絹糸から風合いをつくろう。

仕立屋・石井:
そうなると、いろんな相談をされると思うんですけど、その中で”うち(南久)らしいDNA”ってあったりするんですか?なんでもかんでも、やるわけにはいかないっていうか。それを判断するポイントですね。

南久・長谷:
そうですね、糸づくり。
生糸一本から糸をたくさん撚(よ)り合せて、いろんな撚糸(*1)の工夫で、風合いとかシボ立ち(*2)をつくるのがうちの持ち味ですね。

仕立屋・石井:
糸づくりから風合いを出していく、ということですね。

南久・長谷:
そう。だからお客様の要望に合わせてそこからカスタマイズしていく。反物(生地)の相談が多いんですが、稀に生糸からこだわられるお客さんがいるんですね。例えば、国産(*3)100%でやりたいとか。

*撚糸(*1)
髪の毛の半分ほどの細さの絹の糸を撚(よ)り合せて、一本の糸をつくることを撚糸(ねんし)という。浜ちりめんでは、1mに3~4000回転も糸を撚るため、途中で切れてしまわないように水をかけながら撚糸をする。八丁撚糸、水撚りという。

*シボ立ち(*2)
浜ちりめんの特長の一つ。水撚りをしたヨコ糸で生地を織ることで、生地の表面に凸凹がうまれ独特の光沢がでる。

*国産生糸(*3)
今では日本の養蚕家は激減し、中国やブラジルの良質な繭を輸入するようになった。国産生糸の価格はピンキリだが、外国産のおよそ2.5~倍ほど。

仕立屋・石井:
そしたら、糸づくりの段階から、その技術を生かした色々な生地以外の展開も考えられるんですね。”着物の生地”だけで生き残っていこうとすると、なかなか制限もある。でも糸づくりに南久のDNAが組み込まれているなら、技術の応用も他ジャンルに活かせるかもしれない。

南久・長谷:
生地を作るのがあくまで僕らの本筋。
でももう一つ軸があるのだとしたら、それはアリですよね。

これからチャレンジしていきたいのは、呉服分野でシルク100%の可能性をもう一度掘り起こすこと。まだやりきれてないところも、たくさんあると思うんですよね。

そしてもう一つの展開は交織や糸づくりなど、新しい可能性を探ること。呉服業界全体をなんとかすることは難しいかもしれないけど、これをやっていくことで、うちもなんとかならなきゃいけない。
そして呉服屋さんや染色屋さんも一緒になんとかならなきゃいけない。

仕立屋・石井:
ほぉ〜、二軸をつくる。
そしたら、川上にいる南久さんたちが川中にいる人たち(*4)をすべてカットして、川下にいるお客さんに製品を届けられたら万事オッケー!ってワケでもないんですねぇ・・・。

(*4)
伝統産業(だけではないが)では、川上に位置する原料業者や糸などをつくる素材加工業者、その間に問屋が入り、川中で染色や仕立てが入り、川下の呉服屋や小売が製品を売る。上流の職人は、製品を使うお客さんとの距離がすごく遠い。

とはいえ、お客さんからすごく離れた場所で、
顔も見えない、声も聞こえないモノづくりは
これより先の未来では成り立たない。

どうしたらいいのやら・・・と、そこで長谷さん!

名前なき機屋。ではいられない!

南久・長谷:
(戸棚の奥からわりと新しい和装雑誌をもってくる長谷さん)
例えばね、ちょっとこの雑誌見てみてください。
いろんな着物の紹介ありますよね。

でもどこにも機屋の名前が出てこないんですよ。
それが産地メーカーの問題。

小売店さんやメーカーさんから出てきてる製品(=着物)が掲載されているので、当然っちゃあ当然なんですが、ここに誇らしげに機屋の名前が載せてもらえるようになると状況は変わると思うんですよ。どこ見てもなかなかないですからね。機屋の名前は。

仕立屋・石井:
これはリアルな声ですねー・・・。
雑誌に限らず、売り場でも製品タグでも。
機屋の名前がお客さんに見られる場所か無いのかぁ。

南久・長谷:
でね、この問題の本質は、
”その他大勢の相場”として生地が市場で動くことにつながるんですよ。つまり、うちが「丁寧なものづくりしてきました!」といっても「いやぁ、いいのはわかるんだがね、今の相場価格はこれくらいだよ?」と言われてしまう。製品そのものにいい価値がつくのは非常に難しい。

(和装業界自体が苦しい状況にあるので、)
今の相場価格だと正社員の雇用も難しいですよね。やがてどこの産地からも後継者がいなくなってしまう。

だから機屋の名前が消費者の方に認知してもらうのは、すごく大事なことなんですよ。

仕立屋・石井:
長谷さんがこの前、ファクトリーブランドを目指したい。と仰っていましたよね。こういうところにつながるんですね。機屋の名を知ってもらうのに、今イチバン高いハードルってなんですか?

南久・長谷:
うーん、そうですねぇ、
着物になった時に、残らないんですよね、機屋のマークが。

仕立屋・石井:
あぁぁ〜〜〜なるほど!
あれか、生地の端っこに押してある検印マークですね。

南久・長谷:
そうそう、そこは捨てちゃう部分ですからね。仕立てる時に。捨てちゃわない部分に機屋のアイデンティティをつけていかなきゃいけない。そういう仕掛けが必要なんじゃないかなぁって思うんですけどね。

仕立屋・石井:
1つのマークを残す=機屋への入り口をつくることが大事ですね。機屋マークが入っていることで製品自体の価値が上がっていくようにならないといけない。

南久・長谷:
物理的な障壁と流通の障壁がここにはあるんですよ。物理的な障壁とはつまり、捨てない部分にどうブランドマークを残すか。生地だと基本的には形状が面なので、ジーンズのようにパッチや耳などをつけることは考え難い。

そしてもう一つの流通の障壁。
これは、「(機屋の名前まで)出してほしくない。」という製品を売る側の意向ですね。

でも我々は着実に足跡を売り場に残していかなきゃいけない。その積み重ねだと思うんです。だからファクトリーブランドとして自社の名前を前に出す場が欲しいんです。

仕立屋・石井:
見え方というか、意識やイメージが大きく左右する話ですね。たった一つの印(シルシ)だけど、機屋世界からしたら月面の一歩に等しいくらい未来へつなぐ大きなことですね。

今ある業界の中で出来上がったルールを変えるのはおそらく、いや、絶対大変だろう。矢面に立たされるかもしれない。でも、これまでやってきたところは守りつつ、新しい展開で自社の名前を馳せることができたら、”流通の障壁”はクリアできるんじゃないだろうか。長谷さんのいう二軸を持つ産地メーカーが増えることが伝統産業の好転につながる。うん、うん。

あなたにとって、Shokuninとは何ですか?

仕立屋・石井:
急にアナザースカイみたいな質問スミマセン(笑)仕立屋はこれから、このShokuninという言葉を新たに定義して海外の人がみんな「Oh Shokuninネ!」とその言葉を理解してくれるといいな、と思っているんです。”職人は寡黙で手先が器用で、敷居が高いモノづくりをする人”みたいなイメージを変えたい。あわよくば英語辞書に載せたい。

南久・長谷:
まったく予想してなかった質問きましたね。(笑)
そうですね、自分たち職人の未来と、得意先の未来を重ね合わせて想像力をもってモノを創るのがShokuninの仕事、だと思います。

仕立屋・石井:
おぉ〜〜〜〜〜・・・・・!!

南久・長谷:
創造や未来って、過去からの蓄積がないとできないと思うんです。積み重ねた技術をどう応用させて発展させるか。その先の未来をお客さんと一緒に創っていけるのが、Shokuninの仕事じゃないでしょうか。

めっちゃかっこいいじゃないですかー!!
用意してたんじゃないですかー?!

そうイメージがもっとつくと、「どんどんやっていいんだ!」という新しい人も増えていく気がするなぁ。長谷さん、年度末のトンデモなく忙しい時にありがとうございました!

さて、今回は産地の”若手”と言われるShokunin、
南久ちりめん・長谷健次さんにお話を伺いました。

どうしても時代とのギャップに苦しむ産地とShokunin。
新たな道を開拓しなければいかなくなった今、
その名前をどう刻めばよいでしょうか。

長谷さんのいう、名前を刻むファクトリーブランドと、二軸を持つ職人という考え方。ヒントが隠されている気がしてなりません。

さて、次回は金髪女があのShokuninに会いにいきますよー!乞うご期待。


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