インドネシア旅記①どうしようもないジャカルタの夜
その日、私はジャカルタで途方に暮れていた。隣には同僚のヨンア(韓国人)。彼女もまた、途方に暮れていた。
▽捕まえそこねた青い鳥
私たちの旅の目的は元同僚のシャンティとの再会。私たちの母親程の年齢のシャンティは、皆のお母さんだった。彼女が「そろそろ自分のビジネスがしたい」とインドネシアに戻った後も、何か困ったことがあるとシャンティに相談していた。
そのシャンティから、
空港を出たらかならずBluebirdのタクシーを拾え
と言われていたのだ。
ジャカルタで1番安全なタクシーなのだと。メーターで運賃を計算するのでぼったくり無しだと。
Googleで検索したので、それが青いタクシーであることは分かっていた。
ところがいざ外に出てみると薄い青、濃い青、くすんだ青……と、たくさんの種類の青タクシーで溢れていた。
……どれ?
2人してシャンティに言われたBluebirdとやらを探すも見つからない。見つからないというかどれか分からない。もっと近づいてよく見ようとすると客引きに腕を取られる。
早朝に中国を出発し、シンガポールでの数時間の乗り継ぎを経てここに辿り着いた私たちはとにかく疲れていた。
私の腕を掴んで離さない客引きに「Bluebird?」と尋ねてみた。
Bluebird? Yea, Bluebird, including everything, which hotel?
よかった。Bluebirdのタクシーに乗せてもらえるらしい。
あれ?でもこの人including everythingって言った?メーター料金じゃないの?
……?
不安な私たちを1台のタクシーへと案内してくれた。
緑!
緑色のタクシー!
明らかにBluebirdではない。だって緑だから。深草色。
「これBluebirdじゃないよね?」
一応の抵抗を試みるも、「この辺ではBluebirdはつかまらないよ」等と言われた。気がする。もう疲れていて覚えていない。
タクシーに乗せられ、もう一度ホテルまでの金額と Including everything!と言われる。
(その金額以上は取りませんよ、という意味)
提示された金額は相場と大幅にズレていたわけではないのでヨンア共々、妥協の気持ちをもって運転手に身を預けることにした。
人の良さそうなおじいちゃん運転手。
しかもよく見るとメーターがついている。
なぁんだ、警戒しすぎだったかも。
と思ったのも束の間、人の良さそうなおじいちゃんはメーターをレシートでそっと隠した。
そっとヨンアの横顔を見る。
ヨンアもまたこちらを見ていた。
無言の3人。
気まずい車内。
おもむろに車を止めるおじいちゃん。
何の説明もなく外に出るおじいちゃん、誰かに話しかけているおじいちゃん、相手のスマホをじっと見るおじいちゃん……
そして車に戻ってきたおじいちゃんは
「この道で合ってるっぽい」
と事も無げに言い放った。
いやホテルまでの道知らんのかい。
星が4つのホテルやぞ。知らんのかい。
どうやら話しかけた相手もタクシー運転手だったようで、横を通り過ぎる時に見えた。
Bluebird。
初めから意地でもBluebirdつかまえときゃよかったよね✰︎
そういうわけで予定を大幅に過ぎホテル到着。
ちなみに料金は最初に提示された額だった。Noぼったくり。よかった。
▽4つ星ホテルにチェックイン
疲れ果てた私たちがやっと辿り着いたサンクチュアリ、メルキュールホテル。
このホテルもシャンティからの指示。自宅から近いんだとか。
チェックインのためフロントのお姉さんにパスポートを渡す。パスポートを見たお姉さんは「コンニチワ!」と挨拶してくれた。
次に「コンニチワ!」と言いながらヨンアのパスポートを受け取る。
"Oh, Korea."
うん、Korea。日本人女子2人旅だと思ったよね。
ヨンアと2人でいるとよくある。私が韓国語で話しかけられたこともよくある。その度に私たちは顔を見合わせて笑うのだ。
私とヨンアは右耳の軟骨にピアスを開けている。一緒に開けたのではない。たまたま開けた場所が同じだった。私は10年前に、ヨンアは5年くらい前、お互い別々の場所にいてもちろんお互いのことなど知りもしなかった頃。
お揃いのピアスをした、同年代の女性2人。
初めて会う誰もが私たちを同じ国出身の友達だと信じて疑わない。
そう見られる私たち自身を誇りに思い、笑い合うのだ。
お姉さんのおかげで、私たちは少し回復した。
メルキュールホテルの独特の内装もまた、疲れを忘れさせてくれた。
(エレベーターホール前のゴリラ)
部屋もなかなか広く綺麗で豪華だったのだが、堪能する間もなく私たちは部屋を出た。
お腹が空いていたのだ。
ベッドの柔らかさやシャワーの水圧チェックは後回し。まずは何かお腹に入れたい。
メルキュールホテルは大きなショッピングモールが隣接している。そこに行けば何か美味しいものがあるはずだ。
▽どうしようもない夜
ところが、ショッピングモール内のレストランは全て閉まっていた。
営業時間は夜10時まで。
チェックインの時点ですでに9時を過ぎていた。
当てどもなくとりあえず歩く。
するとスタバがあった。まだ営業している。慌てて駆け込みコーヒーとケーキを注文する。当然のようにテイクアウトだった。店員さんが床の掃除始めてたもんね……。
スタバの紙バッグを受け取りホテルに戻る。
途中、もう1軒、まだ営業中のお店を見つけた。
アイスクリーム屋さん。
吸い込まれるようにケースに近づき、気がつけばチョコレートアイスを受け取っていた。
アイス片手にホテルへ。
隣でアールグレイアイスを食べるヨンアがぽつりと、
覚えてる?
と言った。
覚えている。
中国の職場に赴任し、ヨンアと仲良くなってから初めての週末。
町に1つしかないファストフード店、ケンタッキーで晩ご飯を食べる約束をしていた。ところが店に行ってみると機械が故障していてバーガーやチキンはないと言われた。唯一オーダーできたのがアイスクリームだった。
仕方がないのでアイスクリームを食べながら家に帰った夜。
「もちろん、覚えてるよ」
私たちが過ごした時間がこのジャカルタの夜に繋がっている。そう思うと、どうしようもなく幸せだった。
続く。
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