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人口減少が進む林業の町・秋田県五城目、獅子舞にとって住みやすい町だった

獅子の歯ブラシは2022年6月8日から13日の期間、秋田県五城目町のアートギャラリー・ものかたり(小熊さん)のご縁で、滞在制作をさせてもらった。

五城目町は元々獅子舞が生息していた土地だ。しかし、人口減少は進み続けている上に、なぜか近年は獅子舞の門付けをほとんど行っていない。この町に獅子舞が生息するならば、どのような獅子舞が必要なのだろうか?今回はメンバー・稲村(獅子舞マニア)の視点で、滞在の様子を振り返っておきたい。

獅子の歯ブラシは3人組の獅子舞ユニットだ。様々な町を神出鬼没に巡りあるき、土地の素材で獅子舞を作って、「この土地に獅子舞は生息できるだろうか?」という問いとともに舞い歩いている。詳細はこちら。

五城目町の概要

まず、滞在について振り返る前に、五城目町の概要について触れておこう。秋田県中央部に位置する人口約1万人の町だ。元々明治時代に三大鉱山の1つと呼ばれた阿仁鉱山へ向かう街道沿いで、材木や物資運搬の中継地として栄えた地域である。主な産業は林業と農業。五城目朝市は全国的にも有名で、500年以上の歴史がある。

ネットでのリサーチの結果、獅子舞既存地、獅子踊り既存地、獅子舞の無い番楽の既存地がわかったので地図にプロットしておく。

五城目町の獅子舞に関して、『五城目町史』(平成16年3月)に以下の記述があったので引用する。「権現様の日」は現在、実施されていない行事と考えられる。また、獅子入祭は現在、5月上旬に行われている行事で、門付けは氏子の希望者のみとなっている。

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(二月)九日は「権現様の日」である。この日お堂から権現様の獅子頭を出して、神官がぬさをもち、全部の集落をお祓いしてまわる。太鼓をうつ人。ホラ貝を鳴らす人、幟を持つ人が、獅子頭と神官の前後に行列してまわるのである。

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五城目町の神明社祭典……四月一日は祭典の口 火を切って、獅子入祭で獅子頭とぬさを捧げた神官が神楽太鼓のふれで町をまわる。ぬさの切れてとんだのを拾うと、 その年幸せがあるといい、神棚に供える。

6月8日 なまずパーティに参加した

13:00 秋田県に到着
19:00 なまずパーティに参加

それでは、五城目町での滞在制作の様子を振り返っていくことにしよう。五城目に来て早々、なまずパーティーなるものに招待してもらい、なまずはもちろん、鯉のお刺身も食べさせてもらった。水曜日など日常茶飯事にバーベキューやらパーティーやらを住民を集めて開催しているらしい。

鯉のお刺身

小学生は学校を好きに休んで良い風土があるという話も聞いた。なまずパーティーしかり、平日と休日の境目が曖昧な土地という印象を持った。同時に、獅子舞という時間的な余白に忍び込む生き物が生息する可能性を感じた。

また、公民館などの地域コミュニティが集う場所が建物として存在しない地区も多いという。公民館という場所がなくても、地域の交流的な基盤のようなものが潜在的に存在するのだろう。もしくは、500年以上続く五城目朝市が地域交流の機能を持っているから、あえて公民館のような場所が必要ないのかもしれないとも思った。

6月9日 山から里に降りる獅子舞を構想

午前 五城目の市街地をチャリで散歩する
午後 市神祭のヒアリング

五城目城から町全体を眺める

まずはじめに、民俗学者の宮本常一のように、五城目の町を高台(五城目城)から眺めてみることにした。そして、空間的な余白の視点から「町のどこでも獅子舞が生息できる」と感じた。獅子舞生息域をMAP化する必要はない。町のすべてが生息域なのだ。

五城目は町全体が美しいと思ったので、獅子舞を作るならば、生活の中から自然に湧き出て、森に還っていくようなきちんと循環する形が良いだろう。獅子舞の葬儀はおそらく最上流のうすばり岩のような最も神が棲みそうな場所に馴染む催しでなくてはならない。

獅子舞の素材はダンボールやチラシなど人工的なものはそぐわない。農業や林業といった主要産業、とくに山間地ならではの秋田杉の加工や運搬の延長上にあって、かつ美しい景観に馴染む有機的なものを使うべきだ。杉は人工林であり、20年に1度のサイクルで伐採される。人間のサイクルを山に強要しているようでもあるが、山と共生するための人工林でもあることも間違いない。

五城目町森林資料館で見たバチゾリ

そして、この獅子舞は山から里にかけ降りてくる獣のように、五城目朝市に出現するだろう。五城目町森林資料館でかつての木材運搬の写真を見たのだが、そこにあった「バチゾリ」の運搬のようなイメージを持っている。これこそが、獅子の狂気的な凄みを引き出すだろうと直感した。山から里へという流れは、まるで五城目朝市に登場する市神様の柱のようでもある。山の神の心を住民に伝える存在だ。

五城目朝市の厄は弱い

五城目町『五城目朝市・五百年』(1995年)によれば、五城目朝市の始まりは明応4年(1495年)ころ、「市神」と書いた八角柱を町村に立てて、そこに市を開いたのがはじまりと伝えられている。「馬場目の地頭」安東季宗が、家臣の斎藤弥七郎に命じて市神を祀らせて市を開かせて、弥七郎はそのまま市奉行をつとめ、市奉行は斎藤家の世襲となった。

この朝市はもともと村を町に押し上げるように、土地に賑わいや富をもたらしてきた。一方で、人が交わるところこそ、争い事などの厄がたまる場所であり、厄払いしてくれる存在も必要不可欠だ。獅子舞は商売が活発になる春こそが最も大きな出番となるだろう。ただし、厄の強さは東京などの都市部と比べてかなり弱い。その分、獅子の表情は柔らかくなるだろう。

市神様の代わりとしてのシシ

夕方には地域の方にヒアリングを実施した。五城目朝市で特に重要な6月第一週の市神祭の話を古本屋の小川さん、高性寺の住職さん、丸六物産の方々に聞いた。市神祭は市の賑わいを司る神様であり、高性寺では御開帳や相撲、ふれあい館からは市神様のお神輿や柱が出される。これは後世に作られたもので、あまり格式高い祭りという風に地域の方々は捉えていないことがわかった。

ふれあい館の市神様の展示

そしてなんと今回、2022年6月12日は市神祭が行われる予定だったのが、関係者にコロナにかかった人が出たため中止となってしまった。僕らはこの日に獅子舞を仕掛けようと考えていたので、恐れ多くもこの市神様の代わりを表現するという使命をいただいたように思えた。

本日最後は、林業関係者にヒアリングを実施。製材所で獅子の魂の部分にあたる杉材をいただくことができた。朝は6:30から夕方16時まで仕事の毎日とのことで、なかなか朝早くて大変ではあるが、やりがいがありそうだ。五城目にはチェーン店のカフェとジムがほしいとおっしゃっていたのが印象的だった。

製材所の跡地で杉材を頂く

6月10日 朝市に出店、土地の暮らしを体感してみる

午前 五城目朝市に出店
午後 シシの製作

五城目朝市の伝統とは何か?

Tシャツ販売と獅子舞の下見のため、五城目の朝市に出店させていただいた。朝市が立ち並ぶ空間は、コミュニケーションが活発であり、イオンなどの大型ショッピングセンターの存在を跳ね返すくらいの活気がある。

獅子の歯ブラシの出店

525年の歴史があり、何が変わらぬ伝統かを考えたときに野菜だと思った。食の種類の普遍性を多少感じられておもしろいと思った。あとは、カラスやら鳥やらが近づかないように電線の形や光るものの設置などが各所に見られ、環境整備的な観点でも非常に興味深い朝市だった。さて、この朝市に獅子が神出鬼没に現れるならば、人々はどのような反応を示すのか楽しみである。

獅子舞の造形を作り始める

さて、獅子の形と素材をどうしようか?それが、本日の最も悩み深いポイントであった。最初は杉材を切って箱型のものを作ろうとしていたが、こういう本物の獅子頭に寄せていくよりは、もっと柔軟な材料でということになり。最終的には、蔓をまとめて獅子頭を作成した。空き家が野生化する過程で蔓を身にまとったわけで、建築が回帰すべきは大地や植物である。山から里への獅子舞のコンセプトに似合う素材だ。

それに加えて払うべき厄の少ない五城目において獅子頭の口はほとんど必要なく、ペンギンのくちばし程度の開口部分の口を杉材で取り付けることとした。胴体は昨日、地域の老舗酒屋である福禄寿のお酒づくりに使われている布を入手したので、これを使うこととする。

6月11日 大学生の取材が始まる

午前 シシの製作
13時 獅子頭の取材(神明社)
14時半 シシの動きについて現地打ち合わせ

雪男としてのシシを思い浮かべる

朝の散歩で五城目の地元スーパーのような雰囲気のあるイオンで、地産の赤漬けと大量生産品のレーズンパンを食べながら考え事をしてみた。

獅子による朝市への奇襲は、人工林率が非常に高い五城目における「人工的な獣の里降り」として、捉えられるのではないか?これは山にいるクマが里に降りてくることと似て非なるもので、人間が超自然的なケモノ、いわゆる雪男のような存在として立ち現れるのだ。

つまり、手を加えることで野山と共に生きることを選び、そして実際に豊かな暮らしを実現している五城目の人々にとって、必要なのは雪男のような信仰なのだ。払うべき厄の少ない五城目という土地。一方で家には蔦が生い茂り空き家も増えているという現状がある。刻々と見えないところで進行する野生の逆襲を表現するとともに、人工的な野山を作り出してきた人々の信仰のカタチを表現したい。これこそが、僕の目指すシシである。

「アイスが溶けてから」の取材、第3の目

6月11日~12日は秋田公立美術大学の取材チーム「アイスが溶けてから」が同行してくれた。のちに、動画がアップされるようで楽しみだ。取材陣と獅子の歯ブラシはそれぞれ対等な関係で、獅子の出没に向き合っている。ワークショップをすることで与える・受け取るの関係を目指すのではなく、取材という形で対等な関係が作り出され、それぞれに気づきがもたらされたと感じる。

6月12日 獅子舞の本番

午前 五城目朝市を奇襲
午後 ネコバリ岩でシシの葬儀

いよいよ五城目獅子舞の本番だ。当日は稲村、工藤さんがそれぞれの獅子を行い、船山さんが鉦や太鼓などの楽器を演じた。

五城目朝市にシシ現る

稲村は五城目城(森林資料館)あたりから獅子をはじめ、源平合戦の鵯越のごとく鹿の気持ちで急坂をくだった。ときには転がり時には休み、里に降りてきた獅子は、赤信号を無視したり水路で水浴びをしたりするなど獣的な視点で動き、朝市にたどり着いた。

「シシガミ様だ」「山の神様だ」などと声をかけてくれる人もいたし、子どもを泣かせることもあった。総じて快く受け入れられたシシだった。この山から降りてきたシシは朝市を2度奇襲した。道中、出会ったモノを身に着けて獅子の姿は変化していった。外部環境の影響を受けやすい可変的なシシを実現することができた。

船山さんはこのシシについて歩き、獅子に魂を注入するように太鼓をドンとたたき、偶然の出来事には太鼓をカンと鳴らした。このカンと鳴らす動作は、木こりの薪割りの音の延長上にあるものだという。


一方で工藤さんの獅子はずっと動かないシシだった。五城目朝市の1ブースをかりてシートを広げ、その上に日向ぼっこをするように寝ていた。お賽銭ができるようになっていて、お金がチャリンと入ると頭を噛んでくれるというわけだ。

稲村と工藤さんのシシは、ほとんど絡むことなく、朝市で鉢合わせたときにご祝儀の奪い合いをしたくらいだった。しかし、これは一連のストーリーとして考えたときに、野生的な稲村のシシは里に降りて、朝市で工藤さんの動かない現代的な人間の暮らしを知ったシシに生まれ変わったとも言える。この偶然の動きが実は生命の交換をもたらしていたというのはとても面白かった。

人類の暮らしも将来、カプセルの中でただ快感物質を注入されながら生きるという風に、自ら獲物を獲らず楽して欲を受容して満たすことができるかもしれない。現代ではナマケモノでさえも獲物を穫るのに、ここまで怠けるのはある意味究極的な姿だ。五城目町は現在、質実剛健な林業により支えられているが、この町はどうなっていくのだろうか。

獅子の葬儀

さて、シシは今回も葬儀されることになった。かわいがって育てたシシは、アイヌの風習「イオマンテ」のごとく、天に召されるのだ。また、この土地に恵みをもたらし、還ってきてくれますようにと願いを込めて殺めねばならない。この想いが短期的にシシを作り、獅子舞の生息可能性を測る獅子舞ユニットの神出鬼没さとリンクした。

葬儀の足取りは重かった。夕日を眺めてうっとりしたり、体の中にケダモノがうごめくように苦しんだりした。空間を味わうようにゆっくりと進んだ。最後の目的地はネコバリ岩だった。五城目の最奥に位置する場所だ。五城目は美しい町だから、この場所に溶けるくらいに有機的な素材でシシを作りたいと初日に思っていた。この場所でシシをバラバラに分解して川に流すことにした。まずはネコバリ岩に登り、魂の象徴たるツノを川に投げた。それから首を取られた獣のように苦しみ、胴体を身にまとったまま川の中に入った。最終的には胴体を離して、流れゆくシシを見送った。

工藤さんはひたすら縄を解いて、川に流すという動作の繰り返しによってシシを葬儀していた。重要なことを連続的に畳み掛けているように思えた。夕日に照らされた岩で行っていたので、とても神秘的な光景だった。

獅子の葬儀が終わり、傷をさすりながら、総じて五城目は獅子舞の生息可能性が異様に高い町だと改めて思った。獅子舞を受け入れてくれたものかたりをはじめ五城目町の方々に感謝したい。

五城目の獅子舞を取材してくれた「アイスが溶けてから」の配信はこちらから。


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