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長子だから 母親の毒をもらってる?!

私は医者でもなんでもない
でも、医者や健康オタクがいうそれは違う気がする
って違和感を感じることがある。

初めての子供は 親の毒を全部もらって生まれるんだという人がいる。
本当にそうなんだろうか???

私は思う 人の体など心臓は心臓の役割をしてはいるけれど
それぞれみんなオーダーメイド品で その役割を担う機能を備えてはいるけれど みんな個体差はあると
遺伝子ですら 完全コピーであるわけではない
癌って細胞のコピーミスで起こるんだよと 説明されてよくイメージできたことを覚えている。
何回もコピーしていけば 文字とか欠損していく
白いところもゴミが付いてたりもする
細胞でこれが起こっていれば そりゃ 本来あるべき場所に違うものがあってもおかしくないかもしれない

一枚一枚 コピーを取るとき綺麗に揃えてコピーを取るのと 
複合機の上のところにおいて自動で取り込んでコピーするのでは 紙の歪みとか出ちゃうみたいに 
丁寧に細胞が働いてくれてるか 雑くなってるかできっと違う 
使える時間やエネルギーが十分なら丁寧にできても
時間もエネルギーも足りてなければ 雑になっても仕方ないかもしれない

日常は 体の中でも同じかもしれないのだ・・・。
だからしっかり食べ エネルギーを取り入れ
しっかり寝る しっかり時間をとるということが きっと大事なんだ・・・。

そうやって生きてきた母親の個体に溜まった毒素を子供で排出するっという考え方は なんか他人にいらんもんは押し付けたらええねんの考え方の土台なのかもしれない・・・。

しかし考えてみれば知らないもの 持っていないものは理解することができないのが人間じゃないだろうか?
親の持つ毒素とされているものの情報を持っているかどうかでその後生きていく環境 準備するものが大事なんじゃないだろうか?
なんで毒素を渡すと考えちゃうんだろう?
本来の体が初期装備しているもの以外の情報を 次の世代に渡そうとするのは、愛情って言ってもよくないか?
いいも悪いもジャッジせず この世界にあって 自分で生成するのではないものを 
体に取り込むことになるものを渡してくれてるだけなのだ・・・・。
子供を産んでデトックスなんていうもんじゃないんだと思う。
ただ生命の営み そう受け取って 長子であること
親への恨みを うむ出すような思考は 幸せではないかもしれない。
なぜそんなふうに表現してしまったのだろうか?
良いも悪いも 自分から離れてゆくものの未来のために、自分がコピーできる細胞というものと 自分が作り出すことのできない色々な要素をただ 次の世代に武器として盾として渡してくれている
そう考えたら 愛でしかないんじゃないだろうか?

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