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左眼の鴉 ハロウィン編

 彼女が来なくなって数日が経った。
 腹が空き、頭がボーっとする。

 私の名前は「テト」。
 マナからつけてもらった名だ。
 生まれた時のことは覚えていない。
 はぐれてしまった家族を探している道中、蛇に右足を噛まれてしまった。
 途方に暮れ寂れた神社の縁の下に丸くなっていた時に、マナに見つけられた。
 私を抱きかかえるマナの腕にはアザがあった。
 彼女の目には右足を怪我し痩せた私はさぞかし不憫に見えたのだろう。
 だが、私から見たらマナの傷の方がよほど痛々しかった。
 マナは段ボールにタオルを敷いてくれ、毎日食べる物を持ってきてくれた。
 しかし、ある雨の日を境にマナは神社に来なくなった。
 
「元気にやってるだろうか……?」
 マナを思い浮かべながらボーっと空を見上げていると、遠くから声が聞こえてきた。
「見て!パパ!やっぱり夢で見た通りだ!黒猫がいたよ!」


「見て!かわいいでしょ?お前とお揃いだよ!」
 ユウカが黒猫の仮装を自慢げに見せてくる。
 明日、学校のお楽しみ会で仮装をするらしい。
 待ちきれない彼女は家で仮装したようだ。
 中々似合ってるじゃないか。
 私は「ニャー」と鳴き彼女を褒める。
 気を良くしたユウカが私を撫でる。
 腕にアザは無い。
 
 ユウカは私を拾ってくれた女の子だ。
 私が神社で震えているのを夢で見たらしい。
 今でもたまにその時のことを家族に話している。

 夕食時、ユウカが両親と食卓を囲みながら話している。
「そう言えばさ、カムイバースでは今日、テトの日って記念日らしいよ!」
「何だ、カムイバースって?テトの日?」
「パパ知らないの?カムイバースってのはねぇ…….」
 
 人間の世界の事など興味はない。
 私は伸びをして、窓に顔を向ける。
 今日のような雨の日にはなんとなく彼女を思い出す。
 アザだらけの腕を伸ばし、私の頭を撫でるマナ。
 私は彼女が持ってきたパンやソーセージを食べながら彼女の話を聞く。
「今日は学校でこんなことがあった」だとか、「パパにこんな理由で殴られた」とか。
 食べ終わった私はマナの近くにすり寄り、彼女の腕を舐める。
 傷を持った者同士、身を寄せ合った。
 突然会えなくなったが、どこかで元気にしていることを願う。
 そんなことを思いながらすっかり治った右足を舐めた。

「ねえ!この神様のイラスト、お前にそっくりだね!」
 感傷に浸る私に、ユウカがスマートフォンの画面を向けてきた。
 私と同じ名の猫の神様らしい。
 カボチャの服を着せられた猫の神様が恥ずかしそうにしている。
 中々素敵な絵だ。
 私はユウカに向けて「ニャー」と鳴いた後、再び窓に目を向ける。

 マナ、私は元気にやっているよ。
 人間の世界では今日、こう言うらしい。
 Happy Halloween

 


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