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左眼の鴉 第三話前編

 皆様ごきげんよう。またお会いしましたね。オッド様に使える神の使い、「ルース」でございます。
 私の主であるオッド様は神の王族の一人で、魔力と引き換えに左眼を失われました。私と相棒の「ルーク」は2羽でオッド様の代わりに世界を見ております。私とルークは見た物を他の誰かに伝える能力をオッド様に授けて頂いているのでございます。
 
 他の誰かが見ている世界はどんなものだろう。他の誰かが見た素晴らしい景色を自分も見てみたい。自分が見た物を人に共有して自慢したい。そう考える人が多いから皆様の世界でSNSが隆盛を極めているのでございましょう。

 今回、私が紹介する人間は、人が見た物を覗いてしまった方です。一体どんな物を見てしまったのでしょうか。それでは目を閉じて下さい。私の見た物を共有いたします。


 蛍光灯が切れかけてちらちらと明滅するアパートの共用部。そのうちの一室のドアの前に男が立つ。合鍵はドアの脇の室外機に張り付けてある。それを剝がし手に入れた合鍵で音を立てずゆっくりとドアを開ける。中は1Kのアパートでキッチンを通り部屋に入る。シングルベッドで寝息を立てる男に気づかれないように忍び寄り枕元に立つ。そして一気にナイフを突き立てる。布団に赤いものが広がる・・・。

「こんなの俺だったらドアが開いた時点で気づいちゃうし、寝たふりして近づいてきたやつのナイフを奪って返り討ちにしちまうけどなぁ」
 缶ビールを飲みながらつぶやく。
「さすが!もしこんな場面になったら私の事、しっかり守ってよね!」
 なんて返事をしてくれる恋人もいない部屋で、俺はサブスクの動画配信サイトで適当に選んだB級のサスペンスを見ていた。おそらくこの犯人はこの後、数人を殺し、名探偵にトリックを暴かれ憎まれ口を聞きながら警官に連れて行かれるのだろう。
「明日も仕事だし、あんまり面白くないから寝るか・・・」
 缶ビールの残りを飲み干し、何粒か残ったピーナッツを口に入れながら画面の右上のバツマークをクリックし、ホーム画面に戻す。元々暇つぶしで再生した物で大して続きが気になる訳でもなかった。酒もつまみも無くなったし、もう寝よう。電気を消し、ベッドに横になる。そう言えばさっきの映画のアパートとうちって同じ間取りだな。まあ良くある一人暮らし用のアパートだもんな。

 俺は川尻圭太。21歳。専門学校を卒業し地元の介護施設併設の病院に介護福祉士として勤務している。同年代の職員も少なく、異性と言えば既婚女性、しかも30を超えた年増の人ばかりだ。職場恋愛なんて聞いたことがない。休日は行く所もあまり無くて、隣のA市まで行かないと欲しい物も手に入らない。専門学校時代はA市で暮らしていたが、新型コロナウイルス感染症のせいで飲み会も碌に無く、毎日は家と学校の往復だった。休日は食費を浮かすために実家に帰りゴロゴロしていた。
 そんな青春だったものだから今も恋人も出来ず結局家と職場の往復がほとんどだ。職場は既婚者が多く、同年代も少ないからプライベートで付き合いがあるのは数人の職場の先輩位だ。野郎ばっかり。両親は兄貴夫婦と甥っ子と同居していて、独身の俺の部屋は無いので病院の近くのアパートで一人暮らしをしている。  
 かといって今更都会に移り住む気力も無く、今の職場でなんとなく生活を続けている。

「なんか面白いことねぇかなぁ・・・」
 ベッドで横になりながら俺の人生と同じくらい殺風景な天井を眺めながらつぶやく。起こりもしない事を期待しても仕方ないから明日に備えてさっさと寝よう。

 
 朝のさわやかな音楽と共に早番の職員たちが入所者たちを食堂に集めている。これから朝食の時間のようだ。動きやすいポロシャツとジャージ素材のスラックスに身を包んだ男が病棟のナースステーションに入ってくる。

「おはようございまーす」
 昨夜は夜更かしをして数時間しか眠れなかったが、若いので問題ない。俺は挨拶をしながらナースステーションに入った。
「おはよう、川尻君。今日もよろしくね。」
 横山さんだ。横山さんは30代後半の既婚女性だ。噂好きの先輩で良く同僚と噂話をしている。人の不幸が大好物だ。当然俺の恋愛対象にはならない。

「おはようございまーす!今日もよろしくお願いします。」
 俺の後に、さわやかな笑顔で挨拶しながらナースステーションに入ってくるのは数少ない付き合いのある職場の先輩、瀬下さんだ。
「おはよう、瀬下君。どうしたの?最近疲れた顔して出勤してきてたのに、今日はずいぶんさわやかじゃない。」
 横山さんが瀬下さんにも挨拶を返す。確かに最近瀬下さんはよく眠れないと言って、疲れた様子で勤務していたが今日はさわやかだ。
「え?俺はいつもさわやかで元気いっぱいですよ!まだ30前半ですから」
 瀬下さんは快活に答える。
「30前半って立派なおっさんじゃないですか」
 俺は瀬下さんに突っ込む。瀬下さんは先輩だが、優しい人でこういう冗談を言っても問題ない。
「お、言うじゃないか、川尻。お前若いんだから今日は幸三さんが暴れたらしっかり止めてくれよ!俺は30前半のおっさんだから大変な仕事は全部彼にしてもらいましょう、ね、横山さん。」
「そうね、今日のおむつ替えは川尻君に全部お願いしようかしら。私も腰が痛いし」
 瀬下さんが意地悪そうに笑い、横山さんがその冗談に乗っかってくる。
「あー、そろそろ食事介助に行かなきゃ。誰かが何か言ってるけど聞こえない。今日もよろしくお願いします」
 いつものように冗談を言いながら仕事を開始する。若いことをいいことに重労働を押し付けられたらたまったものではない。

「カラスのせいで・・・カラスが薬をくれたんだ・・・俺は治ったのに・・・」
 高田幸三さん、78歳。最近、認知症が急激に進行した利用者だ。「俺は認知症が治った」などと言って騒ぐ。認知症の人は病識が無いことが多い。認知症であることを忘れ、自分は正常であると思い込むのだ。妄想もよく見られる症状で、認知症のケアの基本は傾聴だ。妄想を否定すると気分を害すこともあり、うまく話を合わせた方がいい場合もある。
「幸三さん、カラスがどうしたんですか?」
 俺は幸三さんの口にデザートのゼリーを運びながら語り掛ける。
「もしあんたの所にカラスが来ても信用しちゃいかんぞ。俺はあいつの薬を飲んだせいで・・・」
 幸三さんは悔しそうに拳を握り悔しそうにしている。
「もしカラスが来たら、言ってくださいねー。私たちが追い返しますからね。」
 幸三さんを安心させなければ。幸三さんはゼリーを口からこぼしながら、まだブツブツと言っている。
 その日、午後から雨が降り夜は雨となった。何故かその日は前日の夜更かしがたたったのか、帰りの車を運転する時から急に眠くなり、何とか家に着くとすぐに倒れるようにして寝てしまった。


 雨が降る暗い県道。俺は道の端の電柱の陰に身を潜めている。左手にバールを待っている。しばらくするとライトが二つ近づいてくる。自動車のライトだ。一台の車が来て俺の潜む場所で止まる。赤い自転車が倒れており、それが邪魔だったのだろう。俺が置いたのかな?車から男が出てくる。男は周りをうかがい誰もいないことに首を傾げる。隠れている俺には気づいていない。自転車を道の脇にどかし車に戻ろうとする。ん?なんかあの人見たことあるぞ。瀬下さんだ。
俺は気づかれないように瀬下さんに近づき、背後に立つ。そして躊躇なく手に持つバールを瀬下さんの頭に振り下ろす。顔から地面に崩れ落ちる瀬下さん。
「お前があの時・・・。」
そう呟く俺。なんか聞いたことある声だな。俺ってこんな声だったっけ?ん?左手に結婚指輪しているぞ。もしかしてこれ、俺じゃないのか?俺はその後サイドミラーをチラッと見る。暗いし雨が降っていて、黒いマウンテンパーカーを着てフードを深く被った男が映るが、よく顔が見えない。


「・・・ハッ!夢!?」
 眼を開けると殺風景な天井が見えた。雨に打たれていたはずなのに体は濡れていない。左手を確認すると結婚指輪もしていない。
「瀬下さんが誰かに殴られて殺される夢?どんな夢だよ・・・」
 時計は午前2時30分を指している。もう4時間したら起きて仕事に行かなきゃいけない。家に帰ってすぐ夕飯も食べずに寝てしまったのでもう寝ることを諦め、動画を見たりするが、先ほどの夢が気になった。あの夢は何だったのだろう。

 昨日から降っていた雨も止み、今日は晴れ間が見える。日勤の俺はいつものように出勤する。
「おはようございまーす。どうしたんですか?皆さん集まって。」
 ナースステーションに行くと、スタッフが固まってひそひそと話をしている。
「あ、おはよう。川尻君。それがね、昨日の夜、瀬下君が亡くなったのよ。」
 噂好きの横山さんは人の不幸を楽しそうに話す人だがさすがに同僚の訃報に神妙な面持ちをしながら話す。
「え?亡くなった?昨日あんなに元気そうだったのに・・・」
「それがね、誰かに襲われたらしいのよ。あの県道のところで。あそこって前に田島さんの娘さんも倒れてた所なんだよね。通り魔でもいるのかしら。あそこは通らない方がいいかもね。川尻君は逆方向だから通らないか。」
「襲われた?瀬下さんが?一体誰に・・・」
「それが目撃者もいなくてまだ捕まってないらしいのよ。今日の朝はその県道で検問してて、渋滞してるからまだ病院に来れてないスタッフもいるみたい・・・。あっ!田辺さんおはよう。ねえ、聞いた?・・・」
 横山さんは俺に話すと後に出勤してきた別のスタッフにも同じ話をしに行く。

 昨夜見た夢。瀬下さんが後ろから殴られて倒れる夢。犯人は男で左手に結婚指輪をしていた。黒いマウンテンパーカーを着て、フードを被って鏡に映る顔までは見えなかったけど・・・。もしかして俺が寝ているうちに別の人格が俺の体を操って瀬下さんを襲った?まさかな。俺は結婚指輪もしてないし、黒いパーカーも持ってない。雨に打たれていたら体が濡れているはずだ。

 その日の朝礼で瀬下さんが亡くなったためシフトの調整をすること、通夜の日程が連絡事項として看護師長より伝えられる。もちろん亡くなった詳しい経緯は伝えられない。

 数日後、瀬下さんの通夜が行われた。病院からは同じ病棟のスタッフや院長などが参列した。瀬下さんの遺体は外傷を隠すように顔の周りが花で覆われていた。瀬下さんのお父さんが喪主となり、気丈に振舞っていたのが逆に痛々しかった。

「やあ、川尻君、久しぶり。」
 通夜が終わり、帰ろうとセレモニーホールを出たところで声を掛けられる。田島さんだ。田島さんは他の階の病棟に勤務していた介護士の男性で、新人の頃に教育係だったこともあり、瀬下さんとも交流があった。俺も瀬下さんに「飲んでるから来い」と呼ばれて飲み屋に行った時に、田島さんもいて一緒に飲む事が時々あった。田島さんは中学生の娘さんが事故で頭を怪我して寝たきりになったらしく、介護をするために今は病院を辞めている。
「田島さん、ご無沙汰してます。この度は・・・。」
「突然のことで驚いたね。俺も娘を持つ身として親御さんの心中を察すると胸が締め付けられるよ。このまま帰ったら気が滅入りそうだ。川尻君、久しぶりに少し飲みにでも行かないか?家で娘を介護していると人と話すことが無くてね。こんな機会であれだけど、たまには誰かと話したくてさ。」
 田島さんは家で娘さんの介護をしているので普段はほとんど外に出ないらしい。こんな機会もある意味息抜きなのだろう。俺もこのまま、誰も待っていない家に帰るのはなんとなく嫌で田島さんと飲みに行くことにする。

 適当に入った駅前の居酒屋のカウンターでお互いに瓶ビールをつぎ合い乾杯する。
「それにしても、気の毒だよな。こんな田舎でもあるんだな、あんなこと。」
 田島さんは眉間に皺を寄せながら話す。
「犯人・・・まだ捕まってないんですよね。」
 ビールを一口飲み、焼き鳥を串から外しつつ言う。昨夜のあの夢を思い出しながら。
「ああ、あそこは人通りもあんまりないからね。俺の娘もあそこで倒れていたんだけど未だに何があったかわからないからね。」
 左手でビールの入ったコップを持ち上げる。その手の薬指には結婚指輪が鈍く光る。
「娘さんが事故に会われたのも、あの場所だったんでしたっけ?」
 俺はなんとなしに左手の結婚指輪に目が行った。寝たきりの娘さんを今は奥さんが見ているのだろうか。
「そうなんだよ。もしかしたらあそこら辺には通り魔がいるのかもな。娘と瀬下君は同じ犯人にやられたのかもしれない。」
 田島さんは枝豆を口に含みながら話す。
「そうだとしたら・・・犯人早く捕まるといいですね。」
 俺は田島さんの空いたコップにビールをつぎながら言う。
「そうだね。もし犯人が捕まったらどうにかして復讐してやりたいよ。」
 田島さんはコップを持つ左手に力を込める。
「ですよね、後ろから殴りつけるなんて卑劣ですよね。許せない。」
 俺も突然後ろからバールで殴りつけられて死んだら、納得できず成仏できなそうだ。夢で見た光景を思い出し、つぶやく。
「後ろから殴りつける?誰かから聞いたのか?」
 田島さんは俺がつぶやいた内容に驚き、こちらを見る。
「え?あ、いや、ご遺体、顔はきれいだったんで後ろから殴られたのかなー、なんて」
 俺はハッとして引きつった笑顔で取り繕う。
「まるであの場にいたみたいな言い方だな。もしかして・・・川尻君・・・。」
 田島さんは疑うような眼で俺を見る。
「え?嫌だなぁ。俺の訳ないじゃないですか。実は事件の夜に変な夢を見たんですよね。雨の中、瀬下さんが殴られて倒れる夢です。犯人は黒いパーカーを着て左手の薬指に結婚指輪をしていたんですよね。あ、そうそう、ちょうど田島さんがしている奴みたいな。まさか田島さんが・・・なーんてね。」
 田島さんは娘さんの犯人捜しを諦めていないようだし、疑われたら困るので夢で見た話しをつい話してしまう。
「なんだよ、夢の話か。指輪の作り話までして、なんで俺が瀬下や茉奈を襲うんだよ。警察で話したら逆に疑われるから人には言わない方がいいぞ。」
 田島さんはさりげなく右手で左手を握りながら言う。「茉奈(まな)」というのは田島さんの娘さんらしい。口元は笑っていたが、目は笑っておらず冗談でもイラっとさせてしまったかもしれない。
「ですよね。つい酒が入って冗談言っちゃいました。すみません、さすがに不謹慎でしたね。田島さんが犯人の訳ないですもんね。」
 俺は気まずい空気を察して明るく振舞った。
「まあ、今日はいいよ。嫌な事は酒で忘れよう。熱燗、行くか。」
 田島さんは笑って俺に日本酒を勧め、なんとなく断れない俺はその後しこたま飲んでしまい酔いつぶれる。田島さんにタクシーで家まで送ってもらった。タクシーを降りた後も千鳥足の俺を心配した田島さんは、俺の肩を組み、部屋の中まで入り、ベッドに寝かしてくれた。元介護士なのでベッドまでの移動は慣れた物だ。

 その日の夜、また変な夢を見た。

 夜空を飛ぶ夢だった。隣にはカラスが一羽飛んでいる。しばらく飛んだ後、そのカラスは右に旋回しどこかに飛んで行った。
残された俺は月明かりに照らされた夜の空をゆっくりと羽を広げ飛ぶ。夜景の光が綺麗だ。ん?なんかこの建物見たことあるぞ。・・・おれの病院じゃないか。病院を通り越し、見たことのある道の上を飛ぶ。そしてしばらくすると一軒のアパートの前に到着した。電線に止まりアパートの一室の中を覗き込む。一室のベッドには男が寝ている。・・・これって・・・俺?。

「うわっ!・・・夢か。」
 俺は慌てて飛び起きる。ドキドキと心臓の鼓動がうるさい。今の夢って、俺の部屋だったよな?鳥になって空を飛んで、俺の部屋を覗く夢。変な夢だ。
 ふと窓の外を見ると電線にカラスが止まっている。カラスの眼は月明かりに照らされ赤く光り、こちらをじっと見ている。

「カラスのせいで・・・カラスが薬をくれたんだ・・・」
 食事介助の時に幸三さんがそうつぶやいているのがふと頭をよぎる。

「もしかしてさっきの夢、あのカラスが見た物?」
 窓を開けるとカラスが電線から飛び立ち俺の部屋に入ってくる。俺の部屋をゆっくりと一周し、テレビの上に止まった。俺は驚き窓辺に立ち尽くす。
「よくお休みになられていましたねぇ。飲みすぎていたようですが大丈夫ですか?あ、どうぞおかけください」
 カラスが俺は俺にベッドに座るように促す。
「カラスがしゃべった!」
 俺はカラスがしゃべることに驚き思わず声を上げたが、なぜかおとなしくカラスの言う通りにベッドに腰を下ろす。
「初めまして、私はルースと申します。神の王族であらせられるオッド様の使いでございます。主からは「困った人を助けるように」と常々申しつかっております。ところで、あなた様は不思議な力をお持ちのようですね。」
 ルースは流暢な人間の言葉で語り掛ける。
「不思議な力?なんの話だ?」
「あなたはどうやら他人のヴィジョンを傍受する能力に目覚めたようですね。」
「ヴィジョンを傍受・・・?」
 俺はピンとこず首を傾げる。
「先ほど、私の見た光景を見ていましたよね。私が意図すればあなた様方人間に私のヴィジョンを共有することが出来ますが、自分から信号を傍受してヴィジョンを見ることができるとは興味深い。」
「人が見ている者を受け取る・・・?じゃあ、あの瀬下さんの殺された映像って夢じゃ・・・」
「ええ、あなた様が見た映像というのはこのシーンですよね?試しに目を閉じてみてください」
 
 ルースに言われて目を閉じると、あの日見た夢と同じような光景、瀬下さんが後ろから殴られて倒れる光景が眼前に広がる。俺が見たのとは少し違い、離れた場所から見た光景だった。雨が降り、犯人は黒いマウンテンパーカーを着ている。ルースの視点なのだろうか。

「これ、あの時の・・・」
「ええ、あの時私も偶然あの場にいましてね。私が見たヴィジョンをお見せしております。目を開けて結構ですよ。」
 目を開けると俺の部屋に戻る。ルースは自分のヴィジョンを俺の頭に直接送って来たらしい。
「あなた様は寝ている間に、強い殺意の信号を傍受したようです。起きている間にはできないけれど寝ている時にたまたま傍受できたようですね。そんなことができる人間がいるなんてオッド様もさぞ驚かれることでしょう。」
 ルースがあの日見た俺の夢の仕組みを解説する。殺意の信号を傍受して映像を見た。じゃああの視点は犯人が見たビジョン・・・。犯人は誰なんだ。
「お前は犯人を見たんだよな?誰なんだ。教えてくれよ!」
「おや、もしかして犯人がわからず困っているのですか?」
 ルースはなぜかうれしそうに俺に聞いてくる。
「ああ、先輩が殺されて犯人がまだ捕まらず、そいつがこの辺りでのうのうと生きていると思うと不安で夜も眠れないよ。犯人がわかるのか?」
「わかりました。それでは目をもう一度閉じて下さい。あの日のヴィジョンをもう一度お見せしましょう。」
 ルースに言われるがまま目を閉じると再びあの日の光景が再び広がる。

 車から出てくる瀬下さん。倒れた自転車を脇にどけ車に戻ろうとする。静かに背後から忍び寄る犯人。瀬下さんが車のドアに手をかけると犯人が持っていたバールを振り上げ、瀬下さんの頭に振り下ろす。崩れ落ちた瀬下さんをしばらく見下ろす犯人。ここでヴィジョンがズームアップする。あたりを見回す犯人。カラスのいる方にも顔を向ける。視点は更にズームし、フードの中の顔を覗く。・・・田島さんだった。田島さんはそのまま赤い自転車に乗ってその場を後にする。

「いかがでしたか?すっきりしましたか?お役に立てて良かったです。おっと、誰かがやって来たようです。それでは。」
 ルースは俺の困りごとを解決できたと思ったのか満足そうに翼を広げて飛び立ち窓から外に出て行った。
「あ、おい!ちょっと!」
 目を開けてルースを呼び止めようとするが行ってしまった。
 「誰かがやってきた」ってこんな時間に誰か来ることなんてない。何言ってるんだ。

「田島さん・・・。瀬下さんを殺したのはあの人だったのか・・・」
 俺はしばらく呆然とする。
 あれ?俺さっき田島さんに夢の話しちゃったよな?ヤバくね?しかも田島さんに送ってもらったよな?家の場所知られて、その上合鍵の場所まで教えて。なんで口封じされなかったのかな?
 ああ、そうか。俺と飲んでるその直後に俺が殺されたら疑われるよな。じゃあそのうちに俺を口封じしに来るんじゃ・・・
 
 そんなことを考えていたら、玄関の方で「カチャリ」と鍵が開くような音がした。

第二話:

第三話前編:


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