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上司のはなし

僕の上司は、とてもぶっきらぼうな人だった。

彼は語気が強く、外見的にも少し威圧感のあるタイプだ。
そして何と言っても、自分が納得できないことに対しては決して首を縦に振らない。
そのため僕の周りには、彼を煙たがったり怖れる人がとても多かった。

しかし僕は彼を心から尊敬している。

なぜなら彼は、少し不器用なだけの、
誰よりも聡明で、誰よりも優しい、僕にとっては最高の上司だったからだ。

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僕が彼と出会ったのは、就活で訪れたある会社の一次面接だった。

一次面接は僕と彼の1対1で行われ、いくらか会話をした後に
「私はあなたを部下にしたいんだけれど、うちの会社に来れますか?」
と聞かれた。

もちろんこちらは入社したくて採用選考を受けているので、まだ1次面接だよね?とは思いつつも、僕は「はい」と答えた。

すると、
「ちょっと待ってて」
と言い残して彼は扉を開けて部屋から出ていった。

困惑して待っていると、しばらくして扉の外の方から
「痛ててて、なんだよもう」
と言う声が聞こえたかと思うと、彼ともうひとりの人が部屋に入ってきた。

僕はあっけに取られながらも反射的に立ち上がり、彼に連れられてきた人にお辞儀をした。するとその人はこう言った。

「こんにちは、私はこのエリアを管轄している役員の〇〇です。彼がどうしてもあなたと働きたいと言うので、あなたを採用します。彼はことばは強いですが、とても信頼できる男なのでどうぞよろしくお願いします。」


こうして彼は僕の上司になった。


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春になり、僕はその会社に入社した。
そしてそれからの数年間、僕は上司と一緒に仕事をした。

僕はその期間に、
数え切れないほどたくさんのことを彼から教わった。
また彼の働く姿勢からも色々なことを学んだ。

その時に学んだことは、
今、僕が仕事をする上での礎(いしずえ)となっているのだが、その中でも僕が特に大切に思っていることがある。


それは、上司の仕事とは”責任を負うこと”と”部下を守ること”だということだ。


入社当時、僕は側(はた)からは

右も左もわからないのに、威圧感のある上司から次から次へと遠慮なく仕事を投げられているようにも、
その一方で放置されているようにも、
また失敗する度にやたらと厳しいことばを浴びせられていたようにも、
見えていたかもしれない。
(心配して隙をみて声をかけてくださる方や、様子を伺ってくださる方もとても多かった)

しかし実際には彼は

何もわからない僕にとにかくいろいろな仕事を経験させ、
彼の責任下で僕に出来る限りの裁量を与え、
時には僕が失敗すべくして失敗する時も、あえて口は出さず忍耐強く見守ってくれた。
僕の至らなさから浅はかな情けないミスをした時には、ものすごく直線的なことばできつく、厳しく指摘されることもあった。

それでも彼は、どんな時でも最終的に全ての責任を負ってくれた。


また、僕が言われのないことで他部署の方から責められたり、担当外の面倒な仕事や責任を押し付けられそうになった時には、相手が役員だろうと誰だろうと構わず、全力で駆逐してくれた。(僕の仕事相手は、役員や管理職など僕から見て目上の方が多かった)

僕が疲れている時には、”ついでに買った”とかなんとか言いながら、食べきれないほどの数のどら焼きや饅頭を差し入れてくれた。


そんな上司に出会えたからこそ僕は、
さまざまなことを経験、吸収し、伸び伸びと成長できたのだと思っている。


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僕は自分が上司という立場になってから、
彼の姿を見て学んだ”責任を負うこと”と”部下を守ること”を常に意識しながら仕事をしている。

上司としての仕事は他にもたくさんあるし、受けるストレスだって半端ない。けれど僕はそこだけは譲りたくない。

なぜなら今の社会人としての僕は、
そんな上司に出会い、憧れ、そして育ててもらったからこそ存在しているのだから。

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