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明滅


最近1つ関係を失った。今はいろいろ考えていても、いずれ考えなくなる。思い出さなくなる。忘れることはないかもしれないが、思い出さなければ、なかったことと同じだ。どんなことも時間がならしていくとわかってしまってから、私は全然落ちこまなくなってしまった。地平線が見える荒野に突っ立って、時折吹く乾燥した風に目を細めるような。

関係を1つ失ったことにより、私は得難い分野の経験値を多く得た。したがって、今は小説を読むことが非常に楽しい。手持ちのすでに何度も読んでいる小説を一通り読み直し、今まで気づかなったポイントと知らなかった感想を発見した。小説から人間の立ち振る舞い方や世界の動き方を学んで自分の生きる世界に応用することが圧倒的に多いので、自分の生きる世界で得た経験を小説内で生かすことは稀で、貴重なことだ。生存の醍醐味を今ひしひしと味わっている。久しぶりに本屋で知らない作家の小説を買った。古本ではなく新刊で、新しい世界を所有したいと思った。久しぶりに図書館にも行った。川上弘美の小説を3冊借りた。関係が1つ失われたということは世界が1つ閉じたということ。新しく小説を読むということは世界を増やすということ。私はここで荒野に立っていても、行間で海を眺めることができる。

毎夜、恋人に電話する。おやすみ、愛してるわ、と言って電話を切る。目を閉じていざ眠らんとするとき、このまま私の世界が閉じてしまってもかまわない、と思う。幸せなことだ。

2つの大きな約束のうち、1つを破ってしまった。好きな人と結んだ約束なら守れると思っていたのに、破ったときは約束のことなどまったく頭になかった。破って数日後に、あ、約束、と思い出した。こうなると、もう1つの約束のほうもいずれ軽々と破ってしまうのではないかとぞっとした。今は最後の1つの約束をいかに守れるか、それだけ。




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