見出し画像

反故-ほご-


10代最後のバレンタインデーに、となりのクラスの女子からラブレターをもらった。

会話をした事もなく、挨拶すらした事がない。

ただ、その子が少し大きめの補聴器をつけている事を僕は知っていた。

そう、耳が不自由な同い年の子だった。

同じ専門学校に通い、2月14日になったその日、彼女は僕に気を遣い、誰もいない時を見計らってチョコレートと手紙をそっと手渡してくれた。

小声で何か言ってくれたけど、僕には聞き取れなかった。

授業が終わり、帰りの電車に乗るため僕はいつもの奴らと駅に向かう、案の定バレンタインの"収穫"を各自見せびらかすことになる。

その中にいた"1つ年上"の同級生がその手紙に気づいた。

「おっ、なんだそれ?誰からもらった?」

「B組の〇〇って子」
僕はそう返事をした。

「あーあの補聴器か!なかなかやるなぁ」

"なかなかやるなぁ"が、どういう意味かはよくわからなかったが、僕はしばらくそいつを無視することにした。

理由は言うまでもない。


幸い手紙の中身を見られる事はなく、というか見せる気もないが、電車の中で1人になってから読むことにした。

うすむらさきの封筒の隅に「読んでください❤︎」と書いてある。

中には装飾柄のついた水色の便箋が1枚。

とてもきれいな字で、平仮名より少し漢字の方が大きく、きちんとバランスが取れている。

修正ペンの跡やミノムシも見当たらない。

真心を込めて書いてくれた事に間違いはなかった。


話したいけど話せない
とにかく周りの目が気になって
声もかけられずにいた
見つめているしかなかった
卒業まであまり時間がないけど
お友達でいて欲しい


そういった内容がとても丁寧に綴ってあった。

そんなこと今まで全然気がつかなかった・・

その直後、僕は自分のことを少し恥じた。

僕は彼女からその手紙を渡される時、一瞬でも周りを気にしてしまったのだ。

「誰もいないのを見計らって渡された」ということがわかったのも、実は自分が気にしたから。

その頃僕も自分に自信がなかったし、頭の中はまるで幼稚な小学生。

それ以来、その子とは挨拶ぐらいはするようになったけど、コミュニケーションの取り方がわからず、友達と言えるような関係にはなれなかった。

あれだけ心のこもった手紙をもらったにもかかわらず、ちゃんとした返事も渡さなかった。

また、その頃僕には同じクラスに1年間ずっと好きだった女の子がいた。

恥ずかしい言い訳だけど、一生懸命に考えてあげてられなかったのは、そのせいもあったかもしれない。

卒業式に2人で写真を1枚撮り、チョコレートと手紙をくれた子とはそれっきりになった。


まだ美容師を続けているのだろうか、その前に美容師になったのだろうか・・・

『とにかく周りの目が気になっていた』
という手紙の言葉が今でも心に残っている

確かにその通りだったかもしれない。

いつもの奴ら、の中にいた1人のようにデリカシーのない人は大勢いた、僕もそうだったかもしれないけど、むかしの仲間なんてそんなもん。

けど…僕はもっと堂々と接してもよかったはず。

彼女の勇気を反故にしてしまったのは、紛れもなく僕であり、本当に情けない事だと今でも思っている。


現在、こうして文字のやりとり、言葉のやりとりが手軽な時代になって、多くの人がどこの誰ともわからない人と、気持ちを通わせている。

きっと今ごろ、あの子もスマホを片手にLINEしたり、SNSしたり・・

いや、僕なんかより何十倍も言葉を大切にしていると思うし、感性を磨いて、心に響く小説など書いていても不思議じゃない。

とにかく言葉を読むことや、書くことが様々な方法でできるようになった今は、あの頃より少しはマシなのかもしれない。

こんなこと僕は都合よく言ってるけど、
せめてそう願いたい。


心のこもった手紙をくれた女の子に、せめてきちんと返事をしなかったことが、今となって心残りです。


noteのどこかに居てくれないかな・・

あの頃より少しはマシな大人になれたから。


#日記 #エッセイ #手紙 #あの日のありがとう



読んで下さいましてありがとうございました。サポート頂けましたら幸いですm(._.)m