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【彦根城】国宝天守が身構える名城を歩く

彦根城の始まり

1600年、関ヶ原の戦いの後に佐和山城(現在の彦根市)に入城した井伊直政。

その目的は、畿内の有力外様大名に睨みを効かせる為であったと言われています。

直政は新たな城の築城を計画していましたが、関ヶ原の戦いで受けた傷が元で、2年後に他界してしまいます。

後を継いだのは井伊直継ですが、この時点ではまだ幼少である事から、家老の木俣守勝が補佐をする事に。

守勝は徳川家康と相談のもと、彦根城の築城を決めたと言われています。志半ばで他界した井伊直政の意思を継いだと言えるかと思います。

登城記

京橋口


今回は京橋口→大手門跡から攻めたいと思います。

こちらは城の西側に位置しており、大坂城方面への抑えの為、重要な役割を担っていたと考えられます。


桝形虎口内を車道が走っています。敵兵の勢いを削ぐ為に通路を直角に曲げていますが、自動車でもその効果は発揮されそうですね。走りづらそう…


京橋口門付近にある雁木(階段)です。
戦時の際はここから城兵が一斉に駆け上がり、敵に向かって矢玉を浴びせる事を想定していたのでしょうか。


内堀に面する大手門入口に到達しました。
ここでは、彦根城ならではの、鉢巻、腰巻石垣が見られます。

土塁と石垣の見事な融合です!


主郭部に向け登っていきますが、階段が不規則に作られています。一定のペースで歩けないように工夫されているみたいです。

カメラ片手に余所見をしながらだと、本当につまずきそうになります。


彦根城の見どころの一つ、天秤櫓が見えてきました。


左右対称に見える事から天秤櫓の名で呼ばれていますが、左右の櫓はそれぞれ向きが違うし、窓の数も違うので完全な左右対称ではありません。

しかし、このような櫓門の両端に同大の二重櫓が付属する型式は珍しく、彦根城の中でも見逃せないポイントである事は間違いはありません。

左の櫓は妻面が表向き、右の櫓は平面が表向き

天秤櫓をくぐり抜け、いよいよ本丸へ。

重厚感溢れる天守が見えてきました。

彦根城本丸

天守

複合式望楼型
三重三階、地下一階
1604年築の現存天守です。

天守、附櫓及び多聞櫓は国宝に指定されています。

右より天守、附櫓、多聞櫓


一階の平面は長方形をしており、
平(長辺)十一間、妻(短辺)六間半と現存天守の中では最も細長いものになっています。

それゆえ、見る角度によって様々な顔を楽しむ事ができます。

妻側から。入母屋破風、切妻破風、軒唐破風と多数の破風で飾っている


平側の二重目には大きな千鳥破風、三重目に軒唐破風と変化を持たせている


天守入り口。扉は分厚い


現存天守お馴染みの急な階段。ここは滑り止めがついているので少し安心


隠し狭間。装飾性を持たせる為や雨風をしのぐ為に隠し狭間としていると言われます


隠し部屋。ここにも隠し狭間が切られています
彦根城の梁は湾曲しているものが多い


天守最上階から佐和山を眺める


周り縁は飾り付けの為で、実際に歩くことはできない

やはり現存天守は格別ですね!
天守を存分に楽しんだ後は西の丸へ足を伸ばしてみます。


ここには重要文化財【二ノ丸三重櫓】があります。

現存する三重櫓は全国で12基のみ。
その一つがここ彦根城西ノ丸に存在しています。

西ノ丸三重櫓


三重外側の大堀切

三重櫓の外側には、搦手側の防衛として、大堀切が設けられています。見事に堀を切り、尾根筋が遮断されています。


最後に現在の正面玄関である佐和口へ山を降りていき終了。

彦根城は見どころが沢山あります。
登城時間の目安は1時間〜1時間半と言われていますが、予定時間をオーバーしてしまう方も多いのでは?

彦根城のパーツ

石垣

打ち込み接の乱積み

彦根城の石垣は殆どが打ち込み接ですが、大津城など周辺の城から集めた石材を再利用しているので、築城年代に合わず野面積みのように見える箇所もあります。

天守台の石垣。再利用した石材をそのまま積み上げたのでしょうか


天秤櫓下、西側の石垣。落とし積みになっていて後年に積みなおされている事がわかる



登り石垣

斜面を下から上に登っていくように築かれた石垣です。これによって山肌の斜面が左右に分断され、敵兵の横移動を制限する事ができます。

登り石垣が見られる例は非常に珍しく、全国でも松山城や米子城など数える程しかありません。

城門


太鼓門

彦根城には重要文化財の太鼓門があります。
こちらは櫓門形式で、最も防御力が、高く最も格式が高い種類の門です。

本丸を守る形で建てられていて、裏側には高欄付きの廊下が巡らされています。

大堀切

尾根を分断する堀です。
彦根城では天秤櫓と西ノ丸三重櫓の外側に設けられています。

天秤櫓前の大堀切 戦時の際は橋を落として尾根を遮断する


こういった堀切は底の部分をV型にする"薬研堀"が主流ですが、ここは底が平たい箱堀となっています。左右は登り石垣と竪堀が続いており、尾根を伝ってくる敵兵を完全に遮断出来そうです。

尾根を断ち切る堀切では珍しい箱堀

馬屋


藩主などの馬を繋いでおく為の施設です。
ここまで大規模な物の現存例はここ彦根城のみで、国の重要文化財に指定されています。


彦根城では石垣や水堀など、近世城郭の代表的なパーツが見られますが、それと同時に土塁、竪堀、堀切など中世山城の定番であるパーツも見る事ができます。

まさに城郭の魅力が目白押しなお城ですね!


最後に

彦根城を築き、町の発展を支えた井伊家は、譜代大名に於いて最高の【石高35万石】を誇り、譜代の筆頭として明治維新まで彦根藩主を努めきりました。
 
昨今では彦根市を中心に、彦根城の世界遺産登録を目指す活動が活発になっています。
2024年の登録を目指しているようで、今後の動向に目が離せません。

井伊直政が礎を築き、井伊家が代々守り抜いてきた彦根という町に、忽然と輝く彦根城。

近い将来"世界遺産"として、その名を世界中に轟かせる日が来ることを心待ちにしています。

アクセス、100名城スタンプ、御城印

■アクセス:JR彦根駅より徒歩10分

■100名城スタンプ:開国記念館入って正面に設置

■御城印:開国記念館受付にて販売。

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