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幸せの味を覚える


普段ならお昼過ぎまで寝ている休日の朝、目覚ましもかけずに9時半に起きて、ふと思った。
「ホットケーキが食べたい」と。

それからは早かった。
毎朝毎朝、5分ごとの目覚ましをかけては、限界まで二度寝をするわたしが、ものの数秒で起き上がり、キッチンまで向かった。

ホットケーキミックスを探したけれど、そんなものはちょうどよく家にあるものでもない。仕方なく、薄力粉とベーキングパウダーを混ぜる。今考えると、ベーキングパウダーの方が希少種な気がするけれど、これは最近数回パウンドケーキを作ったときの余りもの。ナイス。

レシピの通りに材料を混ぜて、隠し味的にヨーグルトをちょこっと入れた。
サラダ油を引きますって書いてあったけれど、そこはレシピを無視してパターをフライパンに塗る。だって、バターの方が絶対に美味しいって知ってるから。

生地を流し込んでしばらくすると、ふつふつと泡ができて、ぽつぽつと弾けた。かわいい。そろそろかなと思って、フライ返しを差し込むと、きれいなきつね色が見えた。

ホットケーキって、おおむね誰もひっくり返す時に失敗しないから、いいよね。この間、冷凍のハッシュポテトを箸で返そうとして、ボロッボロにしたことを思い出す。味は同じだから、まあいいんだよって笑って食べたけど、そりゃあ形がいい方がいいに決まってはいる。

パタパタホットケーキを返して、1枚目が出来上がる。

2枚目を流し込むと、生地の分量が半分じゃなかったことに気がつく。そして火加減とか量とか、1枚目とは違うから、全く同じようにはいかないことを思い出す。だいたい1枚目が一番うまくいくから不思議だ。

自分のためだけホットケーキを焼くなんて、今回が初めてだった。2枚目のホットケーキを待ってる時間がやけに長い。そういえば家族分のホットケーキを作るときは、フライパン2つなんだった。こんなに手持ち無沙汰なのはそのせいか。
と、なんやかんや考えているうちに、ようやく2枚が焼き上がる。

ウキウキしながら、ちょっと柔らかくなったパターを真ん中に乗せる。見てるだけでおいしい。

一口食べれば、カリッと焼けた部分に沁み込んだバターの味がした。
バターは幸せの味だ。

朝早くに起きて、食べたかったホットケーキをつくって、一人でのんびり食べる。その全部を含めての幸せの味だったのかもしれない。
でもこの味をずっと覚えていたいと思った。

毎日毎日、正直悩むことばっかりで、幸せ100%ではいられない。
でも、この幸せがあるなら、しばらく幸せでいられる気がした。

それはきっと、自分で幸せを作れたからだと思う。

「幸せになる」というけれど、幸せってずっとそこにあるものでもないと思う。それに、恋人がいるからとか、結婚したからとか、誰かの存在によって、絶対的な幸せが降ってくるわけではないとも思う。

幸せは、「ある」ものだと思うし、「作れる」ものだと思う。
だから、自家発電みたいに、幸せを自分の力で作りたいなと思った。いつでも自分で幸せを生み出せたら、私は大丈夫って思えそうだから。

ホットケーキは、自家発電の一環だった。
そしてこの味を覚えて、噛みしめるように思い出すことで、また幸せを感じられる。

さっと消えるような幸せじゃなくて、いつまでもじわじわと味わいをくれる幸せを作りたいし、いつでも幸せになれるようにたくさんの幸せを蓄えておきたいと思った。

もっと小さな幸せをたくさん作りたい。

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