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死ぬ前にトイレ行きてぇ

旅先のホテルでテレビを付けたらたまたまNHKで、「ももさんと7人のパパゲーノ」というドラマの予告をやっていた。

「この夏、旅に出た。『死にたい』気持ちと一緒に。」

このフレーズに惹かれた。

伊藤沙莉さん主演ドラマ。「死にたい」と感じながら日々過ごす主人公ももさんは仕事を辞めて、同じ気持ちを持つ人々に会う旅に出る。


個人的にはすごく良いドラマだったと思う。


ももさんは端から見れば一般的な女性。友達がいないわけではないし、仕事もするし、社会に適応しているように見える。

「正常に見えるらしい、私。正常に振る舞うしかないだけだけど。」


オーバードーズで救急搬送されてはじめて自分が「死にたい」と思っていることに気がつく。

ももさんが死にたいと思うとき。

「例えばテレビで社会の声的な特集を見たときとか、美容室で思った髪型にならなかったときとか、友達に勘違いされたときとか。」
「ちょっと仕事で嫌なことがあったりとか。」
「誰の役にも立ってなかったりとか。」

ももさんが死にたいと思う理由がよくわからなかったという声も見かけたが、個人的にはその方が良いと思っているというか。まず「もも」という名前は、NHKのサイト「自殺と向き合う」に投稿されるメッセージのペンネームで一番多い名前。そこからきていることを考えれば、この物語の主人公は死にたいと思っている視聴者ひとりひとりであり、それぞれ死にたい理由は異なる。重ね合わせられるという点で言えばベストなのではないだろうか。それにそもそも、決定的理由がある人もいれば、本当にももさんのようにちょっとしたことの積み重ねで漠然と慢性的に死にたいと思う人もいるのだ。それを知ってもらう為にも良い演出だったのではないだろうか。

ももさんが一瞬付き合った彼氏中原。あれは死にたい人に対する典型的にダメな言葉しか投げかけてなくてしんどかった。

「死にたいって気持ちもだめだから」

そうだろうか。まあこれが今回の特集ドラマの一番の目的でもあるが、「死にたい気持ちを否定しない」事が重要なのだ。
「命が一番大事」なんて死にたい人には綺麗事にしかすぎないし「生きていればいいことある」なんて今死にたいのに無意味な言葉だし「生きたくても生きられない人がいる」なんて死にたくても死ねない人に言われてもなんの関係もない話だし。
そんな言葉達は死にたい人にとって無意味どころかむしろ追い詰める。

私自身、例えば友人が「死にたい」と言っていた時、「死なないで」なんて言えるだろうか。多分無理だ。私は以前も書いたように「死にたい時に死ねればいいな」という思考であるとともに、死にたい人に生きてくれなんてエゴでしかないような気すらするのだ。

と、こんな事を言ってもわからない人にはわからないだろう。作中ももさんが友人と焼き肉を食べている時にその友人はこう言う

「そんなことで死にたいって思うかな?」
「死にたいやつ、焼肉食べないからね?笑」


悪気がないのはすごいわかる。
でも、「そうじゃない」感がすごい。「あーやっぱりわかってもらえないんだな」っていうももさんの気持ちがわかる。こういう言葉が死にたい人を孤独にするのもわかる。ふと思い出したのだが、友人が生きるのが楽しいと言っているのを聞いたときショックを受けたものだ。
だから、同じ気持ちを持つ人に出会う旅はももさんにとって「生きる旅」なのだ。

ももさんが旅の途中で出会い、ついてくるようになった雄太の存在は大きかったと思う。同じ気持ちを持つ人がいることはこの場合かなり重要なのだ。そもそもこのドラマ自体がそうなのだ。死にたい人の近くにいて「わかる〜」と言ってくれるドラマ。死にたい人も「わかる〜」と言えるドラマ。

無理に「生きよう」と言うのではなく、死にたい気持ちを否定しない。

ちなみに、「7人のパパゲーノ」というタイトルだが、ももさんが旅で出会ったのは6人。もう1人はというと、序盤で登場する占い師。彼女はただの占い師に見えて死にたい気持ちを持っている人のひとり。特に作中そのような描写はないので、ホームページを見て驚いた人が多かったようだが、まさに「普通に見えるけど実は死にたい」人を表している。

そんな感じで、パパゲーノ(死にたい気持ちを持ちながらも死ぬ以外の選択をしている人)は意外に身近にいるのかもしれない。眠れない人がいると思うだけで安心するのと同じように、そう思うだけで少し気が楽になる。

死にたい人でも焼肉は食べるしトイレも行きたい。
推しが最高でも朝の空が綺麗でも死にたい。

死にたい気持ちとその他の気持ちは意外と同居しているのだ。
「普通」に見える中に隠れた言えない気持ちを否定しないで寄り添いたい。

「死にてぇ〜」
「わかる〜 けどその前にトイレ行きてぇ〜」
「わかる〜笑」

こういう積み重ねで、惰性で今を生きているんだろうな。


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