おどりキノコのスープ【短編小説】
ある日の昼下がり。
僕の泊まっている部屋に一人の冒険者が乗り込んできた。
「ケイ、面白いキノコを発見したんだ!ちょっとこれを料理してみてくれよ!」
そう言うと冒険者ことフレッドは僕の作業中のノートを勝手に避け、机の上にキノコをくるんだ布を置いて開いてみせた。
「なんだこのキノコ……。動いてるじゃないか」
「そうなんだよ!おどりキノコってやつ?初めて見かけたから取って来てみたんだ!」
布の中でもがいている不気味なキノコは、しめじのような見た目をしている。
モゴモゴと動いてはいるものの目など顔のパーツがないことがまだ救いだった。さすがに表情があるものを料理するのには抵抗がある。
「…わかったよ。厨房を借りて何か作ってみよう」
僕は適当に部屋にある野菜と調味料を見繕って、下の階にある宿泊者向けの厨房へ行くことにした。
半年前、突然この異世界に飛ばされた僕は色々あって料理の研究をしながら旅をしている。
元々は料理系配信者をしていたのもあり、自分の世界にはない食材や料理に惹かれたことが料理研究を始めることになったきっかけだ。
転移をした時にチート能力を授かる事ができなかったので一人旅ができず、街の移動に護衛を依頼したところフレッドが受けてくれた。
何日か行動を共にしていて意気投合し、そのまま流れで一緒に旅をすることになり今に至る。
戦闘能力が皆無な僕にとっては助かる話でありつつも、こうやって食べられるかも謎な食材を見つけて持ち帰ってくるたびに頭を抱えていた。
そうこう考えている間に厨房に着いたので、しめじのようなキノコを何にしようか考えてみる。
においを嗅いでみたり、軽く炒めてみたところ味や基本的な食感は見た目通りしめじに近い。
「とりあえず、スープにしてみることにするよ」
「お、いいね。任せるよ!」
笑顔でフレッドが見守る中、僕は早速調理に取りかかる。
人参、たまねぎ、ジャガイモっぽい野菜とベーコンをざっくり大きめに切って、水と一緒に鍋に入れて火にかける。コンソメなんて便利なものはないので、塩と手持ちのハーブでなんとか味を調整する。
飛ばされて来た当初は現代の調味料がないことで味付けがうまくいかず、悪戦苦闘したのも今となってはいい思い出だ。
そんなことを考えながらキノコを下洗いしているのだが…こいつら指に絡みついてくる。
水が苦手なのか、水に触れそうになると指を這い上がってヌルヌルと動いてくる。その指を這い上がってくる感触がまたなんとも言えない。
「うわぁ……。気持ち悪い」
僕が食材に対して言わないようにしていた言葉を、眺めているだけのフレッドはあっさりと口にする。
そうなんだよ、気持ち悪いんだよ。まあ、フレッドにはこの気持ち悪さを後で味わってもらおうか。
鍋がぐつぐつとしてきたので、アクを取って味を調整した後におどりキノコを加える。
先ほど洗った時のように鍋から這い出ようとしてきたので、急いで蓋をする。
鳴き声はしないものの、「ギャー」という叫び声が聞こえてくるような気がした。
数分後、そろそろ完成してそうなのでフレッドを食卓に呼び、お皿に盛り付ける。
見た目はすっかり火が通っているのだが…まあ、気にしたら負けだろう。
「お待たせ。おどりキノコのスープだよ」
「ありがとう!早速いただ…ケイ、これって火を通したんだよね?」
フレッドがそう質問したくなるのも無理はない。なぜかこのキノコ、火を通したはずなのに動き続けているのだ。
なんなら、最初に見た時よりも少し激しく動いている気がする。
「そうなんだ。火を通してもなぜか生きてる?んだよ。まあ、味は良かったからさ。騙されたと思って食べてみてよ」
少し嫌そうな顔をしたフレッドがスープを口に運んでいくのを見守る。
スプーンの扱いを工夫しないと食材が逃げ出しそうになる料理は生まれて初めてだ。
「美味しい…けど、口の中が気持ち悪い…っ!!なにこれ…」
先ほど試しに軽く炒めて食べたときに僕も味わったが、このキノコ、味は美味しいけれど食感が最悪。喉を通る間もずっとうねうねと動き続け、胃の中でも何かが動いているような感じがする。
しかも、調理を始めてすぐに食べたものが今やっと違和感が消えるくらい残る時間が長いのだ。
「このスープすごいよ!野菜が普段の5倍くらい美味しく感じる!動かない食材ってこんなに美味しいんだね!」
フレッドはとうとうキノコの食感?が辛くなってきたようで、先ほどから野菜ばかりを食べている。動かない食材なんて言葉は初めて聞いた。
「そりゃ野菜は普通の美味しいやつを使っているからな。ちなみにだけど、フレッドが取ってきた食材なんだから残さず食べてくれよ?」
「うう…。ケイの食材を無駄にしないその精神、今日だけは捨てて欲しいくらいだよ」
適当な食材を取ってきて調理するときのルールとして、食べても害がなかったものは残さず全部食べる、と言うことを決めている。
そうでないと食材がもったいないし、そういう扱いをすることがなんだか許せない。
苦しみながらスープを食べるフレッドを見守りつつ、このきのこだけは誰に頼まれても二度と調理しないことを僕は心の中で誓った。
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現在定期更新を行なっている「異世界ごはん研究記」はこちらの短編からアイデアを広げて長編にしています。
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