【小説】『もうすぐ、光の玉が爆ぜる』第26話

 諒の後を歩きながら、いろいろと目移りしてしまう。右手にはピンクの色をしたわたあめ。左手には紅く輝くリンゴ飴を持って、手首には金魚がぶら下がっている。赤いデメキンだ。ついさっき、一緒にいたはずのユキがいなくなっていたから、慌てて諒に言ったのだが、諒が言うには後で待ち合わせをしたから大丈夫らしい。諒はどんどん先に歩いていってしまうから、たまに見失いそうになる。
「あっ! あー、諒! ストップストップ!」 


 どうしても入りたい露店を見つけて、先を行っている諒を呼び止めた。諒はさっきから行きたいところがあるらしく、遠くから振り向いた。
「なんだよ。後ででもいいんじゃねえ?」
「だーめ! ちょっと来てってば」
 手招きが出来ないから、雑踏のざわめきに負けないように大声で呼んだ。そして、露店の中に入っていく。そこには小さなアクセサリーがたくさん売られていた。どこの露店よりも一際小さく、電球も小さいため大して明るくない。それでも、アサはその露店に惹きつけられた。
「何だよ。アクセほしいのか?」
「うん! これ、このピアス」
 一番奥にあるピアスに目を奪われていた。手を伸ばして取ろうとする。
「ほらよ、お嬢さん」
「あ、ありがとうございます。諒、ちょっとリンゴ飴とわたあめ持ってて」
「お、おう」
 諒に一気に二つも押しつけて、おじさんからピアスを受け取る。
 これ、前にユキに話したピアスだ。
 アサの手のひらに転がっている小さなピアスは、ユキとおそろいのピアスをしようと思った、あの夕暮れの日に想い描いていたピアスだった。ゴールドとシルバーのツインのピアス。本当に小さなぷっくらとしたハートがあるだけで、他には何もないシンプルなピアスだった。小さな豆電球の光を反射して、祭りの賑わいの中きらりと煌めく。想像していたものにそっくりで、惚れ惚れと見とれてしまう。
「お嬢さん、彼氏とかい?」
「ん? 違いますよー。彼氏いませんよー。友達とです!」
「おや? そりゃ失敬。つい後ろのお兄ちゃんが彼氏だと思ってね」
 おじさんは柔らかく笑って、諒を見た。
 アサも諒の方を振り返ると、諒は綿あめとリンゴ飴を持って、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「で、なに? 買うのかよ、それ」
「うん、買う。ユキとね、おそろいの買うって約束してたんだあ。おじさん、くださーい」
「はいよ。ありがとうな。二つセットで二百円だが、百円に負けてあげるよ」
「本当に? わあーありがとうございます! お金なかったのー。いっぱい食べ物買っちゃったから」
 アサがぺこりと頭を下げながら嬉しさで微笑むと、おじさんはだいぶ膨らんだ大きなお腹を揺らして笑った。
「あっはっは。そうみたいだな。じゃあ、その子と仲良くな」
 おじさんから茶色の小さな紙袋に入れてもらったピアスを受け取り、持ってきていた巾着の中に滑り込ませる。
「ごめんね、ずっと持たせてて」
「や、別にいいけど」
 諒から綿あめとリンゴ飴を受け取り、諒の横に並びながら歩く。
「ねえ、どこ行こうとしてんのー?」
「あー……あのさあ、この近くに、公園あるの分かるよな?」
「公園? 陽の光公園のこと?」
 ここら辺にある公園といったら、そこしかないだろう。でも、この露店が多く立ち並ぶ道からは一本違う道だ。そこに露店は並んでいるのだろうか。
「そう、そこ。ここじゃ、わたあめとか食べにくいだろ。人が多すぎて」
「あ、うん、そうだね。食べれない」
「じゃ、行こうぜ。そんなにたくさん持ってても、動きにくいし」
 諒はまたさっさと先に歩いていってしまった。
 諒って、何で先に歩きたがるんだろう。
 諒の後ろ姿を見失わないようにしながら、ふと、そんなことを思った。
 ユキなら一緒にいるときは絶対アサの横に並ぶのに。昔は、諒もユキと反対の横にいて、手繋いだりしてたのになあ。
 でも、今は、前にいる。アサからは離れていて、息遣いも、体温も、感じることができなく、横顔も見れないほど遠い。後ろ姿だけが目に映る。
 何だか、最近みんなの後ろ姿ばっかり見てる気がする。それは、ちょっと、哀しくなってくるよ。ねえ、アサがそんなこと思ってるって誰か知ってる?
 諒を見失わないようにちょこちょこ小幅で歩きながら、今、誰かがアサの隣にいたらいいのにと心の中で呟いた。

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