【小説】『もうすぐ、光の玉が爆ぜる』第25話

 赤いちょうちんがほのかに照らし、たくさんの露店がひしめき合う。右手をお母さん、左手をお父さんに握ってもらい、両親の間で笑いながら楽しそうに歩いている子どももいれば、小学生くらいの男の子たちが、くじ引きでゲームを当てようと真剣に見定めている。お好み焼きや焼きそば、たこ焼きのソースの匂いが空気をほんのりと包み、露店では威勢のいいおじさんたちが、大声で客引きをしている。一歩前へ出るごとに自分の足元は人の多さで見えなくなる。
「ねえ、作戦って何ー?」
 みんなでたこ焼きや焼きそばをつつきながら、ひとまず立ち止まれる場所まで来た。アサはおいしそうにたこ焼きを食べながら、作戦を聞きたくてうずうずしているようにユキをつついた。
「もう直樹もいないし、諒も颯もいるし。教えてよー」
 ユキはさっき買ったビー玉が入ったラムネを一口飲む。口の中で甘くてさっぱりとした味が弾けた。
「いいわ。じゃあ、話すから、みんな聞いてね」
 諒と颯も夢中で食べていた手を止めた。
「で? 作戦ってどうせあの二人をくっつける作戦だろ?」
「あの二人って誰ですか?」
 颯はまだ二人の仲がどういうものなのか知らないから、一人だけよくわからないというような表情だ。
「二人っていうのはね、直樹くんと咲姫ねえのことよ。あの二人両思いなの」
「えっそうなんですか?」
「そうよ。で、あたしとアサでこの夏に島でくっつけてあげようって話なの。でも、全然進展してくれないから、今晩作戦を実行しようかと思って」
「へえ……で? 僕たちは具体的に何をすればいいんですか?」
 颯はきちんと引き受けてくれるようで、ユキの方をまっすぐ向いた。それを微笑んでありがとうと言う。
「じゃあ、作戦内容ね。名づけて……《祭りの夜の、ラブハプニング》よ」
「…………」
 一瞬、全員が沈黙した。


「えっとね、あの、うん。ユキ、少女漫画好きなんだよ」
「……? 突然どうしたの? アサ」
「いや、ちょっといろいろみんな混乱しちゃうと、作戦失敗に繋がっちゃうかもだし、ね」
 諒と颯を見るとアサが言った言葉で少し混乱が解けたらしい。とりあえず、表情の固まりは溶けて少しだけ納得した顔をしている。
 でも何に混乱したのかしら。
 首をかしげながら、それでも時間が惜しいので話を続ける。
「いい? まず、諒と颯にやってもらいたいのが、直樹くんを灯台のよく見える丘の上につれてきてもらいたいの」
「ああ、あそこか。いつぐらいに?」
「花火が始まる前だから……九時前には絶対連れてきて。そのときには、直樹くんと薫が一緒にいると思うから」
「咲姫ちゃんは?」
 アサが首をかしげた。
「咲姫ねえは、事前に着崩れ直すから、その時間になったら一人で来いって言ってあるわ。さすがに、着崩れ直すって言えば薫はついて来れないし。それで、直樹くんを薫からきちんと引き離すのよ。薫がくっついてきたら元も子もないんだから」
「ああーそっかあ。だから諒と颯で二人なのね。片方が薫と一緒にいればいいもんねえ」
 ふんふんと横でアサが頷いている。諒はさも面倒くさそうな顔をした。
「そこ、面倒くさがらない。で、あたしは咲姫ねえの着崩れ直したりして適当に待ってるから。アサは茂みの奥に隠れてて、直樹くんが来たら事情を説明して直樹くんを咲姫ねえの所に引っ張り出してね。あ、その前にあたしにメールして。そしたらあたしは直樹くんと咲姫ねえが二人きりになれるようにアサの隠れてるところに戻るから」
 一通り説明し終わって黙ると、みんなも黙った。妙な沈黙が下りる。
「……え、終わりですか?」 
 颯がまず口を開いた。
「え、終わりだけど」
「はあ? そんなんでくっつけられるのかよ」
 諒は焼きそばにのっかった紅しょうがだけきちんと端に寄せている。いつまでたっても苦手らしい。
「あ、ちょっと、忘れちゃだめよ。あの時間、花火が打ち上げられるじゃない」
「……だから?」
「絶対いい雰囲気になるのよ。だから、雰囲気に押されて直樹くんも頑張るはずでしょ」
「……そんなもんかあ?」
 諒は信じてなさそうに眉を寄せている。
「そんなもんなの! ユキが言うんだから絶対上手くいく! 花火を二人で見れたら絶対直樹だって頑張るよ! だから、頑張ろうっ」
 アサが諒から出てくる気だるい雰囲気を吹き飛ばすように明るい声で言った。それから、くるりとユキを振り返った。
「ねえ、まだ時間じゃないから遊んでもいいんでしょ?」
「あ、なら、俺射的やりてえ! 行こうぜー」
「金魚すくいもしたい!」
 アサと諒が楽しそうに人ごみの中に入っていった。それを、微笑みながら、余裕を持った気持ちで追いかけようとして――ぱしっと手首をつかまれた。
「……すいません。ちょっと、宇波先輩と同盟を組みました」
 そう言って、暗がりの中、颯は顔を上げた。真正面からユキと向かい合う。
「僕といてください」
「…………なっ」
 慌てて人ごみに目を凝らしたが、もうアサの水色の浴衣も、紅いガラスの蝶のヘアピンも目に入らなかった。
 やっかいな、ことになっちゃったかもしれない……。
 何かが、想像してもなかったことが起きそうな予感がした。その予感が正解だとでもいうように、かんざしがしゃらりと音を鳴らした。

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