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【小説】『星をたどるように(七星の場合)』第2話

「へえ! じゃ、ななちゃんは夏合宿にこないし、9月からから新体操やめるんだね」
 新体操レッスン後、詩緒はいつもの定位置(幼稚園横にあるコンビニの、イートインスペースの一番壁側)に座り、カフェオレをコクっと飲み、チョコボールをガラガラと口に流し込んだ。(詩緒は今、推しのアニメキャラのグッズを手に入れるためにチョコボールばかり購入している。)あたしはひたすらサイダーを飲んでいた。
「そんな簡単に……」
 あたしはうらめしそうに詩緒を見る。詩緒は推しのヘアアクセをつけた髪の毛を片手でいじり、片手でチョコボールをひっきりなしに口に運んでいる。はっきり言って、詩緒はオタクだ。学校で浮いているだろう。詩緒こそ新体操でこうやってあたしと話す時間が大切なはずなのに。
「だって、仕方ないんでしょう? 詩緒たちって所詮、小学生だからさあ。親がこうしなさいって言ったら、そうせざるを得ないっていうか」
「それはそうなんだけど。あたしはね、自分の力のなさに絶望してるの。ママは、あたしが灯理みたいにふとーこーなるのが怖くって、きっと必死なんだよ。わかってなさすぎる。あたしは、今の状態が十分なの、今が変わらなければママの心配するふとーこーなんかにはならないのに。それが勘違いママのせいで……」
「まあまあ。ほら、不登校っていうけどさ、灯理ちゃんだってお部屋で一人で何かいろいろがんばってるのかもよ。灯理ちゃん、昔からがんばりやさんだったじゃないの。それにななちゃんママの言う通り、中学受験して良いことだってあるかもよ〜。何事にも良い面と悪い面があるって言うじゃあないか。お勉強を頑張り始めたら、学校のテストも満点だらけに……と、おっとと、お?」
 詩緒があたしの肩をたたいて、一点を指さした。あたしもはっとして詩緒の指先をみる。
みっくんだ。
詩緒に目だけで、いく? と問いかけると、詩緒はこくんと頷いた。
そこからあたしと詩緒は大急ぎでお菓子とジュースを片付け、コンビニを飛び出した。
みっくんとは、新体操の先生だ。本当は白井美空という。なぜあたしと詩緒がみっくんを追っているのかというと、ともかく全てが謎な先生で、どうしてもその謎を解明したいからだ。年齢不詳、一瞬見ただけでは性別すら不明。170センチ後半もありそうな高い身長に、切れ長一重の三白眼の茶色い瞳。笑顔を見た生徒はゼロ。前髪をさらりと横に流し、黒髪のショートヘアを風になびかせながら、みっくんは美しく新体操のポーズを決めるのだ。
 みっくんを前にすると、あたしも詩緒も無駄なおしゃべりができなくなる。他の子も同じようで、誰ひとり、みっくんの好きなものや、好きなキャラクターなど、親近感が湧くような情報をもっていなかった。
 だったら、あたしたちが突き止めよう、ということで、毎回レッスン後、こうやってみっくんの後をつけるのだが……。
「あ〜やっぱり今回もだめだったかあ……」
 はあ、とため息をついて、詩緒とあたしは駅前の交差点で立ち止まった。駅まわりは信号が多いから、いつもあたしと詩緒は赤信号にひっかかり、みっくんは自転車で颯爽と去ってしまう。
「やっぱり、無理だね。徒歩と自転車なんてフェアじゃなさすぎる」
 詩緒がはあはあ息を切らしながらつぶやいた。暑そうにおでこの汗をアニメキャラが印刷されたタオルで汗をぬぐい、缶バッジが盛りだくさんのリュックからカフェオレを取り出す。
「ほんと。だから夏合宿がチャンスだったのに。思い出したらまたむかつく! 全部ママがなにもわかっていないから」
「ま、それはそれさ。詩緒は、ななちゃんママの言ってることもわかるからね、なんとも言えないな。それに、実は詩緒もななちゃんに言わなくちゃいけないことがあるんよね」
「え?」
 ぽかんと詩緒を見ていると、詩緒はリュックから大きなビニール袋にはいったかたまりを取り出した。ほい、と手渡される。ずっしりと重たいそのビニール袋の中には、大量の漫画が入っていた。
「……はい? なにこれ?」
「これ、灯理ちゃんの漫画なんだ。借りてたの。詩緒、本屋の漫画コーナーのとこで、前に灯理ちゃんに会ったんだ。で、意気投合しちゃってさ〜。そしたら灯理ちゃんが漫画を貸してくれたんだよね」
 なにそれ。灯理、詩緒と仲良くしてたの? ていうか、灯理、部屋から出てたの? 学校いかないで詩緒と会って遊んでたの?
 あたしがかたまっている間にも、詩緒の言葉は続いていく。
「月の一番最後の日の夜9時に、お互い用事がなければ駅の改札前で待ち合わせする約束をしててね。それで漫画の話をしたり貸し借りしてたんだ。でも、それももう無理なの。実は詩緒、八月の終わりに引っ越すんだよね」
「は……引っ越し?」
「そー、東京。ふふふ、憧れの秋葉原へいけるぜ〜いえ〜」
 東京? 県外だ。電車を何本も乗り継がないといけない。そこに、詩緒が?
 あたしは目の前が真っ暗になった。でも、目の前の詩緒の顔だけはよく見える。詩緒は喜びを隠しきれないようにニヤけている。
「もっと引っ越しの日が近づいてから、ななちゃんには言おうと思ったんだけどね。でも今日、ななちゃんがいろいろ教えてくれたからちょうどよいかなって。9月からあたしも、新体操やめるんだ」
「……」
「あ、夏合宿は行くよ。だからみっくん調査はまっかしといて〜。謎を解き明かしてくるよ! あとで事細かに報告するからよろしく!」
 なにそれ。なんだそれ。なんだよそれ。
「……いらない」
「え?」
「いらない、報告いらない。ていうか灯理にだって自分で返して!」
「あれ、れ? なんか怒ってるの、ななちゃ」
「うるさい! ともかく自分で返しに行きなよ、あたし知らないから!」
 ビニール袋から手を離して、どさっと地面に落とした。あたしは詩緒の顔を見ないようにくるりときびすをかえし、全速力で走り始めた。
 夕方の駅の人混みなんて嫌いだったけれど、このときばかりは、すぐに詩緒の声をかき消し、あたしの姿も消してくれて、ほっとさせてくれるものだった。

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