【小説】『星をたどるように』(七星の場合)第4話

 夜、モヤモヤとする気持ちを振り払えないままベッドでごろごろしていると、突然家のインターフォンが鳴った。部屋の窓からちらっと様子をうかがうと、詩緒だった。
 はっとしてカーテンの影に隠れた。二階にあがってきたママがノックしたのは灯理の部屋だった。
 灯理とママが階段を降りた音がした。ドアに耳をぴったりと貼り付けて全神経を集中するが、灯理と詩緒がなんて言葉を交わしたのか、聞こえない。その後、ガサガサという音をさせながら灯理が二階にのぼってきた。
「ななちゃん、今いい?」
「え⁉ あぁうんっ」
 大慌てでドアから離れてベッドの上に飛び乗る。灯理はあたしの部屋に一歩入ると、はい、と封筒を差し出された。
「詩緒ちゃんから。お手紙だって。わたしとななちゃんそれぞれにお手紙書いてくれたみたい。渡したからね」
 推しのアニメキャラが印刷されている手紙。灯理が出ていってドアがしまるとあたしは急いで手紙を開けた。そこには、謝罪の言葉と、それから、灯理のことが書いてあった。
「……なにこれ」
 何度か読み直した。心臓がバクバクする。あたしの知らなかったことが、手紙にあった。いてもたってもいられなくなり、部屋を出て、ノックもせずに灯理の部屋のドアを開ける。
「え、うわ、びっくりした、ななちゃん、急に入って……」
「灯理、漫画かいてるの?」
「へ、え⁉」
「漫画、かいてるの?」
 じっと机の上に目をこらすと、パソコン専用のペンがあるのが見えた。
「かいてるの?」
「かいてるっていうか。全然下手くそだからまだ練習中というか……。ママには言わないでね。でも、がんばって今、一つのお話を描き終えたいとは、思っていて。えっと、ずっと、続けてはいて」
 詩緒の手紙には、灯理が漫画を投稿サイトに公開していることが書いてあった。
 灯理ちゃんは、一人きりで部屋にこもっているだけじゃないよ、がんばってるんだよ。詩緒、応援してるんだ。ななちゃんも応援してあげてほしい。そんな文章が手紙にはつづられていた。
 みるみる赤くなっていく灯理の頬と反対に、あたしは真っ逆さまに黒い底に落ちていくような感覚がした。
 手にしていた詩緒からの手紙を無意識に思い切り握りつぶしていた。
 あたしは。あたしだけ。
 まただ。言葉のバケツの中に、ぴったりの言葉や文章がない。灯理にぶつけたい言葉が見当たらない。がんばってね、という嘘や、すごいじゃん、というお世辞ではなく、あたしの心の底で生まれた真っ黒なものを表す言葉が、見つからない。
 だから、あたしは両手を握りしめたまま、無言で灯理の部屋をでて、階段を降りた。
 そのまま、サンダルをつっかけて家族の誰にも声をかけず、行き先も決めず、夜へと飛び出した。

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