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[SR-001-08] 第七章:人間関係から得られるもの

本ページは「社会人のための楽器の継続と上達の手引き」の全11ページ中の8ページ目で、「第七章:人間関係から得られるもの」の章です。

※本書にはペーパーバック版およびKindle版も存在します。また、書籍の詳細については、シロイブックス公式サイトの書籍情報のページもご利用ください。


どうして人間関係が重要なのか

意味の感覚は人間関係の中にある

本書の主題は楽器の効率的な上達にありますが、最初の「はじめに」の章にて、本書のもうひとつのテーマが「音楽を楽しむことによって人生を豊かにすること」にあると述べました。心理学の世界では、人の幸福度に最も寄与するものは何かという疑問について、研究によってある程度一致した答えが出ています。それは人間関係です。

仕事の内容がさほど面白くはなかったとしても、人は意外とそれを続けることができます。仕事がビジネスとして成立しているのは、その会社やお店が社会の人々の役に立つものを提供できているからです。そして、職場で働く人は日常的に仲間たちの中で自分の役割を果たすことができ、そこで受け取る給与は家族を支えるということに繋がります。これらの点を考えると、仕事というのは単にお金を得るためだけに存在する行動ではなく、この社会で暮らしているさまざまな立場の他者と関係性を結ぶ機能があるのだということに気がつきます。

お金持ちが自由で幸せな生活を送ることが案外難しいというのは、彼らが人と人との間で地道に働くことの必要性を失ってしまうからです。人と関係して、自分の力で他者に何かを与えるという行為なしには、人は自分の生活に意味を見出すということは困難になります。人と繋がること、誰かに貢献するということは、それ自体に確かな意味を感じさせるものであり、また単純に楽しくて「やってよかった」という感覚も与えてくれます。世の中に流通する刺激的な娯楽が、終わってみればどこか虚しくて何も残らないようなものであることが多いのに対して、ここにはもっと純粋で、より穏やかな形で長く継続する、本能的と呼んでもいいような温かい感覚があります。

自分のやっていることが楽しい、意味があると感じられるというのは、主観の話です。しかし、この感覚はモチベーションの中心的な要因なので、楽器の上達という客観的な成果にも確実に影響してきます。挫折することなく長く楽器を続けるということに対しても、明らかな効果があります。あなたが楽器を通した人間関係の構築に成功したならば、おそらく楽器をやめるということのほうが難しくなるでしょう。

他者の存在はあなたの音楽を広げてくれる

自分ひとりの力では大きな商売はできないように、音楽表現もまた、ひとりだけでは広くて奥深い世界には到達できないものです。レッスンについて考えた第四章では、やみくもに既存の権威を受け入れずに自分の頭で考えようという話をしました。これは主体性と探究心を重視しようという意味ですが、こうした自分の芯を持つことができたなら、今度は他者からどれだけよいところを吸収できるか、周りとどれだけ面白い化学反応を引き出せるかということが重要になってきます。これらの点はさきほどの第六章でも詳しく取り上げました。

人が歩くには自分の足を使うしかないので、あなたがたどり着けるのは、自分で向かうと決めた目的地だけです。ここにジレンマがあって、あなたはまだ自分の手の届かない高い場所、まだ見たことのない世界に行きたいと思っているのに、定義からして、あなたはそれが存在する場所をまだ知りません。このような状況の中で、あなたに目的地の存在とそこへ至る道を示唆してくれるのが、自分と異なる知識と経験、そして別の視点を持った他者の存在です。

音楽性が広がるというとき、そこには縦方向、横方向、奥行きという三つの広がりがあると表現できます。縦方向というのは演奏技術の高さで、これは普通に意識されることですね。これに対して横方向の広がりというのは、演奏者として対応できる曲のタイプやジャンルの広さといった形で出てきます。そして奥行きは、表現や表情の豊かさという言葉で表される微妙な感覚を指しています。

人との合奏でうまく演奏を合わせたいといった場合には、この三つのすべての方向への対応力が必要になるはずです。ちょうど人付き合いに熟達するためには、人間関係の中で失敗を重ねていくしかないように、これは人と一緒に音楽をやることでしか磨かれない能力です。もちろん、この能力はソロで演奏するときの表現にも反映されていくことになります。

楽器を演奏する上で人間関係が持つ意味について、ここまではやや抽象的な話をしました。ここからは、演奏という行為に対して人間関係から得られるものは何なのかということをざっと挙げた上で、具体的にどうやって人間関係を広げていけばいいかという点を考えていきたいと思います。

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