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春夏秋冬 乃木坂46〜⑤

「見返り美人図/菱川師宣」描かれた花「菊」×パフォーマー・賀喜遥香

乃木坂46の一番新しい曲(28枚目シングル)「君に叱られた」のセンターを務めるのは、まだあどけなさが残る、二重瞼が印象的な美少女だ。

弾けるような笑顔は、春の太陽のように暖かく眩しい。どちらかといえば日陰の人生を歩んできた僕には、彼女は隣のクラスにいる決して手が届かないマドンナのような存在だ。

だから、廊下を歩いていて何かの拍子に彼女がふと僕の方を振り返っても、きっと別の誰かの声に振り向いただけだろうと考えて、廊下の隅に力なく寄るだろう。

けれど、だからこそ、花を見つけた蝶々のように軽やかに駆け回る彼女の姿に、憧れに似た感情を抱く。

賀喜遥香。遥かに香る、花のような少女。

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遠い情景、秘められた風景。君は何を見ているの?

揺らいだ水面は、心を表しているの?寂しげな横顔は、誰を思い浮かべているの?

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「見返り美人図」に描かれた少女は、流行りの髪型に流行りの着物をまとい、流行りの帯を絞めている。瀟洒な彼女は、往来でふと振り返る。

目貫通りだろうか、周囲には商店が立ち並び、商いの声が響き、大八車が鈍い音をたてながら走り去ってゆく。昨日の雨でできた水溜りを泥水を盛大にはねあげるから、自慢の一張羅で見栄を切理ながら歩く人々のひんしゅくを買った。犬がきゃんきゃんと喚き、軒先の竹籠の中で鳥が鳴いた。

人々はそれでも、何か確かな目的がそれぞれにあるのだろう、右へ左へ、西へ東へ、往来を止まることなくそぞろ歩きしている。さざめく人々の声が四方を囲む中、少女はふと立ち止まる。まるで彼女の時間だけが止まってしまったように。

不意に彼女の周囲の往来は消え失せ、やかましかった商人の声もかき消されるように聞こえなくなった。ほんの一瞬、時が凪いだ。

彼女の耳に届いた、誰かの声。確かに聞き覚えのある、いいえ、決して忘れることのない、あの声。でもまさか、でも確かに。ええ、分かるの。私には分かるの。

止めどない往来の中でひとり佇む彼女の姿を、写し絵のように描いた作品。無駄な背景を削ぎ落とすことで浮き彫りにされた、少女の刹那。一枚の浮世絵が「一瞬」を「永遠」に変えた。目にも鮮やかな紅色の振袖に描かれているのは、菊と桜だ。花びらの一枚一枚がくっきりと浮かび上がり、彼女は気丈な女にも見える。その気丈な女のほんの一瞬の隙を見たような気になる。そして、ほんのわずか、嫉妬の気持ちが自分の中に生まれていることに気づく。彼女の視線はこちらを向いていない。

いつの間にか、目で追っていた彼女の姿を雑踏の中に見つけて、僕は知らず知らず後を追っていた。彼女はふと立ち止まって、振り向いた。僕をではなく、別の男の方を。彼女の秘められた思いに気付いてしまった自分の不注意を呪った。知らずに済めば、苦しまずに済んだものを。だが、それとは裏腹に振り向いた彼女の姿は、美しかった。だからなお、苦しかった。

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朝露に濡れた草原を、彼女は跳ねるようにかけてゆく。清廉な雫が新緑の上で踊る。白い衣装を纏った彼女は、小動物のようだ。愛らしくておてんばで、そんな彼女が、ふと遠くからこちらを見つめている。この場に不釣り合いなほど鮮やかな赤い傘。振り向いた表情は、憂いを秘めている。

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どこへも行かないで、ここにいて欲しい。

そう声をかけても、その声が届かないかのように、彼女は僕に背を向けて揺らめく湖の中へ入ってゆく。僕の足は湖畔に打ち付けられたように動いてくれない。水面に、あの横顔のような波紋を残して彼女は消えてしまった。

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夢のように美しい、彼女の姿。幾度となくフラッシュバックするその姿を僕は記憶の中に必死に閉じ込める。けれど、手の平ですくい取った水のように、たちどころに指の間からこぼれ落ちてゆく。

行かないでくれ、もう一度姿を見せてくれ、振り向いてくれ、心の中で叫びながら。

遥かに香る、花のように、彼女は遠のいていった。

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