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運び屋


 おれはこいつをあんたに届けるためにやってきた。合成繊維をはりめぐらせた、暗く冷たい鞄の内側の世界。夜の底にこびりついた焦慮を、つま先で削り取るようにおれは前のめりに歩いていく。外からは見えない黒い網目に鼻先を突きつけて、嗅ぎなれない街の匂いの染みついた空気を、胸いっぱいに吸いこもうと鼻腔をひくつかせているけはいが、不統一な重みとなって手のひらから伝わってくる。夜の獣は夜の獣らしく、闇から濾しとった光を眼のなかに滴らせて、鞄の内側で静かに何かを待ちつづけている。ある意味では夜そのものとなり、夜よりも暗く、夜明けのおとずれからの遠い隔たりとして横たわる曠野のように、天にむかって悪臭を放つ内臓を曝け出しながら。


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