アーカイブ:【ウェアー・ゼアーズ・ニンジャ、ゼアーズ・マッポー】

過去に旧Twitterで投稿・連載していたテキストカラテ(ニンジャスレイヤーの二次創作小説)のログ/アーカイブです。ツイート通し番号と専用ハッシュタグの削除をのぞいて本文に変更点は無く当時のままであり、誤字修正や加筆の類はありません。


1.

「アイエエ……」鮮烈な赤に染まった学生服の少女が、悲鳴を漏らしながら這いずる。その前に立ち塞がる影。「ハイ、サヨナラ。俺の勝ちね」その影は市販のマスクで口元を隠し、フードを目深に被っている。残忍な目が少女を見下ろした。「ア……アイエエ!!」


◆◆◆

 
「クータ=サン。クータ=サン!」「ン……」クータは身を起こした。彼は、周囲の視線を浴びている。教壇には厳めしい顔をした教師。「ここ!ここの問題当てられてるよ!」クータの右隣の席に座る少女、ミナノがテキストの一部分を指差しながら囁く。「アー……ハイ……」 

クータはその問題と睨めっこしながら思考する。そして、答えた。「わかりません」周囲の生徒がクスクスと笑う。ミナノは肩を竦め、溜息を吐いた。クータは顔色一つ変えていない。教師が何か口煩く彼を罵っていたが、彼は何も耳に入れず、ボンヤリと時計を眺めていた。 

(今日は閉店がハヤイだから……早退しないと……)「聞いているのかね!」教師が一際大きな声で彼を叱責した。クータは頷く。そして、頭を抑えた。「センセイ、持病がヤバイなので保健室に行ってきます」彼は言い、教師の返事を待たず、罵声を背に浴びながら教室を出た。 

 廊下を一人歩き、階段を降り、一階の保健室へ。そこで早退の届けを貰い、職員室へ向かう。その様は流れ作業めいており、彼にとっては実際チャメシ・インシデントといえる行為だった。クータは出席日数が既に足りておらず、成績もあまりよくない。だが、彼には余裕の心があった。

 何故か?……彼の保護者はカチグミである。彼が幾ら成績不良であっても、落第することは絶対にない。故に彼は、こうして不当に学校を抜け出しては娯楽施設『夢の楽しみ』に足を運ぶのだ。この日は店長の一身上の都合により、閉店時間がいつもよりハヤイだったため、彼は急いだ。 

 クータが靴箱から磨かれた革の靴を取り出そうとした時。彼は、何者かの視線に気がついた。視線の主はすぐにわかった。クラスメイトの、ガガミバだ。彼は柱にもたれかかり、クータをジッと睨んでいる。クータは軽く会釈をした。ガガミバは何ら反応をしない。

(確か、ミナノ=サンから聞いたことあるな。カチグミだからって体良くサボってる僕を憎んでるって……)クータはガガミバに、もう一度会釈をした。彼はやはり、なんの反応も示さなかった。クータは肩を竦め、学校を出た。『夢の楽しみ』へ急ぎ足で向かう。 

◆◆◆

「ハイ、よく逃げました。でも、ここで終わり」男が残忍な目を向けながら、サラリマンの首元へナイフを突きつける。「アイエエ!アイエエ!アイエアバッ」……男は笑い、サラリマンの亡骸を蹴り転がすと、立ち去っていった。寂しげな風が、サラリマンの亡骸を撫でた。

◆◆◆

「……よし」クータは小さくガッツポーズをした。今、彼の目の前には緑色のホログラフィック画面がある。その上を電子の戦車が行き来していた。『アタリ!』『ポイント点!』電子音声が、彼のプレイを彩る。ブンブンブーン、ブンブブーン……低音の効いたBGMが心地よい。

 ブンブンブーン……「ア?変死体?そんなの、大して珍しいもんじゃねえだろ」……ブーブンブブン、ブンブンブーン……「それがよ、なんかこう、見境なくてさ。そんで絶対現場にナイフが落ちてるんだとよ」……ブンズズー……「いや、珍しくねぇじゃん」……。

 BGMに乗って届いてくる話し声に、クータは片眉を吊り上げた。ここ最近、この地域で発生している連続変死事件。ツジギリめいた惨い事件であるが、まだ犯人は見つかっていないとのことだ。現場には必ず凶器のナイフが残されているにも関わらず。彼は制服の校章を握った。

 この変死事件の被害者の中には、彼の通うナンマギ・ハイスクールの生徒も含まれている……と、ウワサされている。まだハッキリとはわかっていない。クータは顔を顰めながら、筐体の前から席を外した。『難しいショットでポイント倍点』『プレイヤー1の勝ちな』

 クータの勝利を告げる電子音声アナウンスが、彼を見送る。彼は、今度はレースゲームの筐体に目をつけた。『車を選びなさい』キャバァーン!『コースを選びなさい』キャバァーン!『開始な。ガンバッテ』キャバァーン!……クータは、どこか物足りなさ気にゲームをプレイする。

 彼は毎日毎日、この娯楽施設『夢の楽しみ』に足を踏み入れている。最早、プレイしたことのないゲームが、攻略法を知らないゲームがないほどに。故に、彼のゲームプレイは、半ば作業じみている。クータはそんな現状に、飽いてきていた。だが学校は面倒だ。

 キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!……。

◆◆◆

「ハァーッ、ハァーッ……」学生服を着た少女が必死の形相で走っている。彼女は血塗れの姿であるが、ナンマギ・ハイスクールの校章が辛うじて判別できる。彼女は走る、走る、走る。時折、背後を振り返りながら。誰もいない。「ハァーッ……ハァーッ……撒いた……?」 

 荒い息を吐く少女。彼女は少しだけ、安堵の表情を見せた。「ハイ、終わり。俺の勝ちね」「え」「イヤーッ!」「アバーッ!」少女は倒れ伏した。その首にナイフが深々と刺さっている。少女は血の泡を吐きながら息絶えた。残忍な目をした男は、満足気に笑い立ち去っていった。

◆◆◆


 翌日。ナンマギ・ハイスクールの生徒達は一日中騒いでいた。例の、変死事件の話だった。「おい、登校拒否してるって言われてたやついたじゃん?死んだんだってよ」「マジかよ。例の、アレ?変死事件のウワサ、本当だったってわけ?」「そっ!そんでさぁ、また新しく」……。

 正式に発表されたのだ、ナンマギ・ハイスクールの生徒が変死事件の被害者になっていた、と。クータは複雑な表情を浮かべながら、右隣の席を、空席を見つめている。最早、ミナノが還ってくることはない。彼の幼なじみ。クータは、どう振る舞っていればいいのかわからなかった。

 彼にとって、こういう形で見知った者がいなくなった、ということは初めてで。どう振る舞っていればいいのか。全くわからなかったのだ。「ミナノ=サン、カワイイだったのにね」「俺、狙ってたんだけどなぁ」「バカ、そういうこと言うんじゃねぇ」……。 

 この日、クータは珍しく、全ての授業を受けた。何も頭に入ってこなかった。そして、やはり今日も、『夢の楽しみ』へ向かうのだった。磨かれた革靴を靴箱から取り出す。彼は視線を感じ、振り返る。ガガミバ。彼はクータの方へ歩み寄った。「えっと、なんだろう。僕に用でも?」 

「お前。ミナノ=サンと幼なじみだったんだろ」ガガミバは言った。クータは頷く。「すまない。俺、あいつのこと。守れなかった」ガガミバは震えた声と共に、クータに頭を下げた。クータはキョトンとしながら、その様を見る。「えっと……それは、どういう」

「俺、あいつと付き合ってて……それで……それで……!」ガガミバはドゲザをしようとする。クータは慌ててそれを止めさせた。「ドゲザなんて止めなよ。それに、僕にそれを謝られても、困る……」「けど、けど!」ガガミバは尚もドゲザをしようとする。クータは止める。 

「いいかい、僕はミナノ=サンの幼なじみだけど、ミナノ=サンじゃない。それはわかるよね?」クータは冷静にガガミバを諭す。ガガミバは押し黙っている。「彼女に謝りたいだとか、なにか伝えたいだとかは……彼女の、その……お葬式とかで、さ」「……」静寂が訪れる。

「……そう……だ、な。すまない。ありがとう」ガガミバは顔を上げ、立ち上がると、クータに背を向け、歩き出した。その背は寂しげなアトモスフィアを背負っていた。「待って!」クータは彼に呼びかけた。ガガミバが振り返る。クータは言った。「一緒に、遊ばないか?」

 今度はガガミバがキョトンとする番だった。クータは言の葉を紡ぐ。「帰り道にある、『夢の楽しみ』って娯楽施設あるだろ?そこ、レトロなやつから新しいやつまで、たくさんゲームがあるんだ。一緒に、遊ばないか?……遊んでくれないか?」言い切り、彼はガガミバを見つめた。

 ガガミバは、まだキョトンとしている。クータは言う。「アー、いや……その。僕結構ゲーマーでさ。そこのゲームやり尽くしちゃって、飽きてきたっていうかさ。けど、誰かと一緒なら新しい楽しみが増えるかもって。それに……」クータは一呼吸置く。そして、口を開いた。

「それに、そんな悲しそうな君を見てたら、ミナノ=サン、浮かばれないよ」「……」「楽しませるように努力するよ、僕。だから、一緒に、遊んでくれないか?」再び静寂が訪れる。「……そうか。そうだよな」先に口を開いたのはガガミバだ。彼は笑った。クータも笑った。

◆◆◆


『スゴイ』『ポイント倍点な』『プレイヤー2の勝ちです』「あー!」クータは髪をかき乱した。ガガミバは笑う。「初めてやってみたけどよ、結構簡単だなこういうのって!」「そ……そうかな……結構難しいゲームだと思うんだけど」クータは苦笑した。 

 ……『プレイヤー2がハヤイ』キャバァーン!「あー!」クータは髪をかき乱した。「俺の勝ちだな。こういうのって、結構楽しいな!」ガガミバは笑う。クータは苦笑する。そして、ふと。ガガミバが頻繁にポケットに手を入れて何やらゴソゴソしていることに気づいた。

「……ん?どうした?」ガガミバが言い、ポケットから手を出した。クータは訝しむ。「いや、ちょっと……気になってさ。さっきからそれ弄ってるとき、顔暗いから」「アー……うん。そだな。まぁ、いっか」彼は再度ポケットに手を入れ、何かを取り出した。 
 
 出てきたそれを目にしたとき、クータは息を呑んだ。「それって……」彼はそれを指差す。ナイフ。「ミナノ=サンの……その、第一発見者ってさ。俺なんだ。それで、これ。拾ってきた」ガガミバはナイフを見つめる。その表情は、クータにはよくわからない表情だった。

 ガガミバは語る。「毎回、現場にナイフが残ってるんだってよ。けど、マッポは犯人を掴めていない。指紋なり、繊維なり、遺伝子調査なりがあるのにな」クータは黙ってそれを聞く。「マッポは多分、ロクに捜査してないんだろうよ。俺は。俺は……犯人が憎い」 

 ガガミバはナイフをしまった。クータはそれを目で追う。「変死事件は、このあたりでしか起きていない。いつか……いつか、犯人を、このナイフで。殺るんだ。俺の、ケジメなんだ」クータはガガミバの顔を見た。決意と悲壮感に溢れた、難しい顔だった。

「アー、すまねぇ。変な話しちまって」ガガミバは頭を下げた。クータは「いや、話を振ったのは僕だからさ。こっちこそ、ごめん」と言い、頭を下げた。そして、顔を上げ、言う。「もう少し遊んで行こう。閉店までは、まだあるから」「……ああ、そうだな」ガガミバは笑った。

 彼等は時間を忘れるほどに、遊び尽くした。クータは、新鮮な気分だった。誰かと一緒に、ゲームセンターで遊ぶなど。したことがなかったからだ。閉時間いっぱいまで、彼等は遊んだ。そして、帰路につく。談笑というものを、クータは久々にした。

 辺りはもう暗くなっており、ドクロめいた月が浮かんでいた。彼等は談笑を続け、歩いていた。「それじゃ、また、明日。今日、ほんとに楽しかったよ。また今度、遊ぼう。新しいゲームを知ってるんだ、僕」「ああ!」彼等は手を振り、別れようとした。だが。その時。 

「おい、ちょっといいかい」彼等に声をかける者が現れたのだ。クータとガガミバは振り返った。そこには、大柄な男が立っていた。「な、なんでしょうか」「なんだよオッサン」二人は怪訝そうに聞く。男は大きく舌打ちし、踏み出した。その顔はメンポに覆われている……。

「インタビューの時間だ、非ニンジャのクズども」男はイカヅチじみた声で言う。「「ニンジャ……?」」二人は同時に呟いた。瞬間、「イヤーッ!」男が恐るべき速度で接近、そして「アイエエ!?」クータの首を掴み、軽々と持ち上げたのだ!「クータ=サン!?」

「貴様は後だ。イヤーッ!」「グワーッ!」男がカラテを振るい、ガガミバを吹き飛ばす。彼は壁に激突し、気を失った。「さて……ドーモ、非ニンジャのクズ=サン。バンデクラフです」男は言った。「ア、アイエエ?ニ……ニンジャ?」クータは情けない声を挙げる。

「ガッハッハ!その通り!俺様はニンジャだ!恐れよ!」バンデクラフはイカヅチじみた声で叫ぶ。「アイエエ!」クータは情けない声を挙げる!「さて、インタビューだ。インタビュー……こんな……面倒なことを……」ニンジャは怒りの色を滲ませて言う。クータは震えた。

「俺は末端であるがゆえに手を抜いてこれたものを、面倒なインシデントを起こしおって!」バンデクラフと名乗ったそのニンジャはイカヅチじみた声で怒鳴り散らす!「アイエエ!アイエエ!」彼は情けない悲鳴をあげる!「……フゥーッ!では、本題だクズよ!」

 バンデクラフはイカヅチじみた声で問う。「この辺りで起きている変死事件。何か知っていることは!」「アイエエ!ありません!何も知りません!助けて!」クータは懇願する。その様を見つめながら、バンデクラフは下卑た笑みを浮かべた。「ガッハッハ!ブザマ!」「アイエエ」

「よし。何も知らない。そうだな?イヤーッ!」バンデクラフはクータの細い首を絞め上げる。彼は呻いた。「ガッハッハ!このまま縊り殺してくれよう!そこのガキも後でタップリと楽しんでやる!」「ア、アバッ」「苦しめ!弱者よ!死ね!ガッハッハ!死」「イヤーッ!」

 突如響き渡るカラテシャウト。「な……グワーッ!?」バンデクラフは怯み、クータを取り落とした。いや、落ちたのは彼だけではない。バンデクラフの腕も一緒に落ちた。断面からスプリンクラーめいて血が噴き出している。「な、なんだ!乱入者!?変死事件の犯人はやはり!」

 バンデクラフは取り乱し、辺りを血走った眼で見渡した。「出てくるがいい!変死事件の犯人よ!やはりニンジャであった!セクトにとって貴様は邪魔なのだ!よって俺様がここで殺す!」彼はイカヅチじみた声で怒鳴り散らす。だが乱入者は姿を現さない。

「早く姿を現せ!」「……煩いんだよな、あんた」「なに?」バンデクラフは片眉を吊り上げた。第三者の声だ。だが、近い。声のした方へ向く。そこに立っていたのは……クータ。「なに?」バンデクラフは顔を顰める。乱入者は、いない。「なぁ。煩いんだよ」クータは言う。

 彼は制服のズボンのポケットに手を荒々しく突っ込むと、市販のマスクを取り出し、着用した。そして今度は、ポケットから銀色のナイフを取り出し、手に握った。「なに……」バンデクラフは後ずさる。「……ドーモォ!」クータは両手を合わせ叫んだ。バンデクラフが怯む。

「……バンデクラフ=サンだったっけ?俺は、デッドチェイサー、でェーッす!」彼は戯けたようにアイサツをする。なんたる不遜な態度か!だが……待ってほしい。彼は、アイサツをした。ニンジャに。そして、デッドチェイサーと名乗った。彼は……クータは……。

「き、貴様……貴様、が、ニンジャだったというのか!?そして、そのナイフは……!」バンデクラフはカラテを構え、問う。デッドチェイサーと名乗ったクータは、ヘラヘラと笑い、答える。「そういうこと。でもビックリしたなぁ。俺以外にもニンジャっていたんだァ!」

「己、俺様を騙しておったのか!さっきの……インタビューの時、貴様からは微塵もニンジャ性を感じなかった!」バンデクラフはイカヅチじみた声で怒鳴り散らす。デッドチェイサーは尚も笑う。そして言う。「俺ってさ、ゲーム、好きなんだ。追いかけっことかさ……」 

 彼は前傾姿勢になり、両腕をダラリと垂らした。「学校、家、そういうもんの合間を縫って殺して、殺して、殺したァ!面白かったよ。普通の、電子的なゲームがつまんなく感じるぐらいに!……毎日毎日寝不足さ」デッドチェイサーはバンデクラフを睨んだ。「あんたも遊ぼうぜ」

2.

「ヌゥーッ!」バンデクラフは唸り、拳を握り締め、イカヅチじみた声で言う。「ナメるなよ小僧が!貴様如き、片腕だけでも充分だ!イヤーッ!」彼は拳をデッドチェイサーに向けた。そこから放たれるは、電撃!「ワオ!ニンポだ、ニンポ!」彼は笑う。その身体に電撃が!

 アブナイ!危険な電撃が!だが彼は避けようともしない!「死ねーっ!デッドチェイサー=サン、死ねーっ!」バンデクラフは勝利を確信し叫ぶ。「グワーッ!」電撃がデッドチェイサーの身体を這う!「グワーッ!……はは!痛てぇ!すげぇな、ニンポって!俺にも教えてくれよ!」

「な……」バンデクラフは、目を見開いた。デッドチェイサーは笑い続ける。「なぁ!教えてくれよニンポ!……ダメか!はは!イヤーッ!」彼は手に持ったナイフを、唖然とするバンデクラフへと投擲した。「グワーッ!」直撃!「イヤーッ!」更に投擲!「グワーッ!」直撃!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 バンデクラフの身体はヤマアラシめいた状態になっている。「アバーッ!バカな、こんな」彼は全身から夥しい量の血を噴き出しながら呻いた。デッドチェイサーがヘラヘラと笑いながら、彼の元へ歩みを進める。「はは!案外なんとかなるもんなんだな」「おのれ……野良ニンジャ」

 バンデクラフは白眼を剥きながらイカヅチじみた声でデッドチェイサーに言う。「ア、アマクダリ・セクトは貴様を殺すのに然程の作業量を要さぬ……」「ハァーッ?アマ……なんだって?」デッドチェイサーは耳に手を当て、聞く。その時、「……サヨナラ!」バンデクラフ爆発四散!

 数多のナイフ直撃により、バンデクラフは限界を迎えていたのだ。「うお!?」デッドチェイサーは怯んだ。そして、笑った。「ははは!爆発しちゃったァーッ!」彼はバンデクラフの爆発四散跡に散らばるナイフを拾い集め、ポケットに入れていく。そして、マスクを外し、仕舞った。

◆◆◆

「う……」ガガミバは身を起こした。彼は記憶を遡る。確か……ニンジャが現れ……ニンジャ?「ニンジャ?馬鹿らしい……」「ガガミバ=サン」彼は自分を呼ぶ声に気づき、顔を上げた。そこには柔和な笑みを浮かべるクータがいた。彼は手を差し伸べる。ガガミバはその手を握った。

 ガガミバはクータに引き上げられ、地に立った。彼は少し驚いた。クータの力が、思いの外強かったからだ。「クータ=サン、結構力あんだな。意外だ」「え?……アー、いや、そんなことないよ。気のせいだって」クータは苦笑する。「なぁ、何があったんだ?あの男はどうなって」 

 ガガミバはクータに問うた。クータは苦笑しながら、答える。「それがさ、僕もよくわからないんだ。気づいたら、居なくなってたんだ」「……クータ=サン。血の匂いがする」ガガミバは言った。クータは顔を顰める。「え?……本当だ。何が、あったんだろう……」

 ガガミバは難しい顔をした。そして、クータの手を引いた。「クータ=サン、ここから離れよう。嫌な感じがする」そう言い、駆け出した。目的地は特には無い。ただ、この場から離れる。それだけだ。「ガ、ガガミバ=サン!ちょっと、聞いてくれないか!」後方のクータの声。 

「なんだよ!」ガガミバは振り返らずに返す。「ゲーム、しないか。とっても面白いゲームだ」「ア?……何言ってんだよ、この状況で」ガガミバは、唐突なクータの提案を訝しんだ。クータは続ける。「電子的ゲームよりも面白いゲームだよ。なあ、一緒に遊んでくれないか」

「……なぁ、何の意図があってそんな……ッ!?」ガガミバは己の腕に、クータを引っ張る腕に激痛を覚えた。思わず力が抜け、クータを手放す。彼は振り返った。「すまん!だい……クータ=サン?」彼の視界に入るは、俯いたクータ。その手には、切っ先が赤くなったナイフが。

 ガガミバは己の腕を見た。ブレザーの袖に血が滲んでいる。彼はもう一度、クータを見た。クータは顔を上げ、笑った。切っ先が赤く染まったナイフの持ち手を握り締めながら。「……なんだよ……おい!クータ=サン!どういう……どういうことだ!」ガガミバは錯乱しながら問う。 

「どういうこともなにも、こういうことだろ」クータは笑い、ガガミバに歩み寄る。その顔は紅潮している。ガガミバは悪寒を覚えた。クータは言の葉を紡ぐ。「なぁ。ゲーム。ゲームをしよう。僕が、君を追いかけるんだ。君は僕から逃げて、逃げ切れたら……君の勝ちだ」

「ア……アイエエ」ガガミバはクータの目に宿る残忍な光を受け、恐れた。クータは尚も言う。「今のところ、逃げ切れた人はいないんだ。隣のクラスのなんとかいう女子も、僕の幼馴染のミナノ=サンも」ガガミバは目を見開く。「ア?……おい、今。今なんて言った?」

「幼馴染のミナノ=サン、だろ?はは。僕はね、彼女とある程度親しかったんだ。だから、殺してみたんだ。なんとも言えない感じだったよ。どんな顔をしていればいいのか、わからなかった」クータは喜色に顔を染めながら言う。ガガミバは唖然としていた。「……お前。お前、が」

 ガガミバは息を呑み、辿々しく言葉を放つ。「変死、事件。犯人。お前……ミナノ=サン。お前。お前!」彼は懐からナイフを取り出した。ミナノの遺体の側に落ちていた、凶器の、狂気のナイフを。クータはそれを見、大声で笑った。「ミナノ=サンを殺ってさ。今度は、君だ」 

 クータは言う。「何で君かって言うとね。僕は、友達が欲しかったんだ。友達を殺ってみたら、どんな感じになるかと、そう思って。そしたら、君から僕に話しかけてきた。うまく話を合わせると、すんなり僕を受け入れてくれたね。お人好し、いや、イディオット、なのかな君は」

「お前……お前!」ガガミバは喉を振り絞り、叫ぶ。ナイフを持つ手が震える。「あれ?そのナイフで、犯人をいつか殺す、なんて言っていなかったかい?此処にいるよ。此処に。僕が、はは、へへへ!俺が!犯人さんだよぉ〜っ?」クータはポケットから市販のマスクを取り出した。

 彼はそれを着用すると、「イヤーッ!」ナイフを投擲した。「グワーッ!」ガガミバの肩にそれが突き刺さる。彼はナイフを取り落としそうになった。だが堪え、クータを睨み、駆け出した。ナイフを構え。「イヤーッ!」そして突き出す!「イヤーッ!」クータは彼を蹴り飛ばした。

「グワーッ!」ガガミバはいとも簡単に吹き飛ばされ、地を転がった。ナイフは離さない。彼はクータを見上げた。クータは口を開いた。「ははは。逃げなよ。あの車のゲーム、あったろ。『デッドチェイサー』。あれ、君、僕に勝ったろ。あんな感じでさ。走りなよ」「……!」

 ガガミバは、クータの残忍な目に、先程の男と同じものを感じ取った。彼は無意識のうちに、言う。「ニンジャ……ナンデ……」そこに歩んでくるクータ。ガガミバは己を強いて立ち上がると、駆け出した。路地へ入り、我武者羅に走った。時折背後を振り返る。クータが追ってくる!

◆◆◆

「ハァーッ、ハァーッ……」ガガミバは必死の形相で走っていた。彼は走る、走る、走る。その足が止まった。行き止まりだ。彼は背後を振り返った。誰もいない。「ハァーッ……ハァーッ……撒いた……?」ガガミバは荒い息を吐き、膝に手をついた。「ハイ、終わり。俺の勝ちね」

「え」ガガミバは何処からか聞こえてきたその声に慄いた。直後、「イヤーッ!」轟くカラテシャウト。ガガミバは頭上を見上げた。クータ。ナイフを構え、降下してくる。「グワーッ!」ガガミバは回避しようとしたが、間に合わず。左肩に深々とナイフが突き刺さった。

「ア、アバッ」彼はよろめき、尻餅をついた。行き止まりの壁を背に。クータはそれを見下ろす。そして、何本ものナイフを取り出すと。一本ずつ、ガガミバに刺し始めた。「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」ガガミバはあまりの苦痛に身を攀じらせる、クータは顔を紅潮させる。

「ははは!友達が死にかけてる!遥かに良い!ああ、明日から僕はどんな顔をして学校生活を送れば良いのか!ははは!」ナイフを振り下ろすたび、クータの顔の下半分を覆う市販のマスクが歪んでいき、変形していく。材質が、変化していく。やがてそれは、メンポとなった。

 そのメンポには端から端までギザギザとしたラインが伸びており、アクマの笑みを彷彿とさせる。「グワーッ!ニンジャ!ナンデ!?グワーッ!」ガガミバはそのメンポから視線を逸らし、足掻く。「イヤーッ!イヤーッ!ハハァーッ!」メンポの隙間から蒸気が噴き上がる。コワイ!

 やがて、マスクがメンポに変化したのと同じく、彼の着用する学生服も変化を始めた。ビッシリと羊の目をあしらった、恐るべきニンジャ装束へと。ガガミバは朦朧とする意識の中、それでもナイフを、変死事件犯人を殺さんがためのナイフを、握り締めていた。

 ガガミバは、ミナノとの想い出を振り返る。幸せだった。だがミナノは死んだ。殺された。変死事件の被害者の一人となってしまった。ガガミバは彼女の無残な遺体を見た瞬間、無力感を味わった。次いで、憎しみを。深い怒りと憎しみを。味わった。彼は落ちていたナイフを拾った。

 変死事件の現場に必ず落ちているナイフ。つまり、犯人の物。ガガミバは復讐を誓った。犯人の使用した凶器で、犯人を殺す。彼は決意した後、冷たくなったミナノの身体を抱き締めた。血を拭いてあげ、目を閉じさせた。「……」ガガミバの視界が揺れる。ニンジャの姿が揺らぐ。

「おい、もうくたばったのか?……アー、こりゃそうなるか。刺しすぎてたァ!ハハァーッ!」クータの声が辛うじて耳に届く。ガガミバの視界は揺らぎ続ける。世界が揺れる。クータの、ニンジャの姿も、うらぶれた路地の風景も、ドクロめいた月も、赤黒の影も……。

「……ニンジャ」ガガミバは朦朧とした意識の中、無意識に口を開いた。クータの背に向かって、こちらに向かって、歩みを進める赤黒の影を見つめながら。「ア?どこを見てるんだよガガミバァ……」クータはメンポの隙間から蒸気を噴き上げながらガガミバの視線の先へ振り返る。

「……なんだよ、お前は」クータは怪訝そうに、その赤黒の影に問うた。赤黒の影が歩みを進める度、その姿が明らかになっていく。恐怖を煽る字体で『忍』『殺』と彫られたメンポ。赤黒のニンジャ装束。「なんなんだよって聞いてんだ!お前もアレか、アマ……なんとかの奴か!」

「否。私はアマクダリ・セクトのニンジャではない」赤黒のニンジャはジゴクめいた声で言う。クータは怯む。「ア?……ならなんだってんだ!」「私は」「イヤーッ!」クータはナイフを投擲した。卑劣!ナイフは恐るべき速度で赤黒へ向かって飛んでいく。ニンジャは掌を向けた。

「ハハァーッ!バカ!バカだ!グサッて!グサッてなるぞォーッ!」クータは邪悪に笑う。赤黒のニンジャは掌を広げ、ナイフを待つ。直ぐにナイフは到達した。そして、掌に触れた瞬間、砕け散った。「……は?」クータはキョトンとしながら、その様を見ていた。「……私は」

 赤黒のニンジャは唖然とするクータと、朦朧とした意識を彷徨うガガミバを睨みつけながら、ジゴクめいた声で言った。「私は、ニンジャを殺す者だ。ドーモ、はじめまして。ニンジャスレイヤーです」

3.

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。デッドチェイサー、でェ……すゥ」彼は不遜な態度のアイサツをしながら、ニンジャスレイヤーを睨みつける。「いきなり現れて何なんだよお前。俺のゲームの邪魔すんじゃねぇぞ!」「オヌシを殺す」赤黒のニンジャはジゴクめいた声で答えた。

「ほざけ!イヤーッ!」デッドチェイサーはナイフを同時に四本投擲。恐るべき速度でそれらはニンジャスレイヤーへと向かっていく。「今度こそ終わりだ!」だがニンジャスレイヤーは臆さず、先程と同じように掌を広げ、突き出した。彼の掌に触れた瞬間、やはりナイフは破砕した。

「だから……だから何なんだよそれはァ!?ニンポか!?エエッ、おい!」デッドチェイサーは激昂し、同時に八本のナイフを投擲した!だが結果は同じだった。ニンジャスレイヤーは一本だけナイフを掴み取ると、ジゴクめいた声で言った。「カラテだ」「ハァーッ?カラテェ?」 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは掴み取った一本のナイフを、激昂するデッドチェイサーへと投擲した。「なんだよカラテってよォーッ!卑怯だぞ!……イ、イヤーッ!」彼はニンジャスレイヤーと同じように、掌を広げ、突き出す。彼の掌にナイフが深々と刺さり、貫通した!

「グワーッ!?ナンデ!?」デッドチェイサーは錯乱し、己の掌を抑える。ニンジャスレイヤーはもう一度、ジゴクめいた声で言った。「カラテだ」「アアアーッ!!ファック!ファーック!」デッドチェイサーは片手でナイフを投擲。それらはニンジャスレイヤーに届くことなく破砕!

 ナイフを破砕したスリケンは、そのままデッドチェイサーへ向かっていく!「グワーッ!ナンデ!ナンデ!」デッドチェイサーは喚き散らし、たたらを踏んだ。「ナンデ!俺にこんな!俺をどうする気だ!?」「殺す」「ナンデ!?」「オヌシがニンジャだからだ!」

「アアアーッ!」デッドチェイサーは喚き散らしながら跳躍。屋根屋根を伝い、半狂乱になりながら逃走していく。ニンジャスレイヤーはその背を睨みつけ、跳躍しようとした。その時。「……待って、くれ。待ってくれ……」ガガミバが息も絶え絶えに、彼を引き止めた。

「……これ、を……」ガガミバは手に持ったナイフを、死神へと向けた。死神はツカツカと歩み寄り、屈み込むと、そのナイフを受け取った。「ア、アバッ、そのナイフで、アイツを……って……れ」ガガミバは言葉を言い切ることなく、俯いた。ニンジャスレイヤーは立ち上がる。

 見る見るうちに遠ざかっていくデッドチェイサー。ニンジャスレイヤーはナイフを懐にしまうと、「Wasshoi !」禍々しくも雄々しいシャウトを上げながら跳躍、屋根屋根を跳び伝い、デッドチェイサーを追った。後に残されたガガミバは、安堵の息を漏らした。そして……。

◆◆◆

「来るなァーッ!来るんじゃねェーッ!イヤーッ!」デッドチェイサーは叫びながら、片手でナイフを投擲。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれをスリケン迎撃。スリケンはナイフを破砕し、デッドチェイサーへ。彼は回避できず、直撃!「グワーッ!痛い!痛いよォーッ!」

 彼は泣き叫んだ。「こんなハズじゃなかったのに!追うのは俺なのに!ナンデ!こんなゲーム、俺は望んでない!」「虐げられ、ブザマに逃げ続ける気分はどうだ、デッドチェイサー=サン」ニンジャスレイヤーは泣き叫ぶ彼を追う。その距離は今や、タタミ二枚分ほど!

「ヤメロー!ヤメロー!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは決断的にトビゲリを放った。「アバーッ!」デッドチェイサーの背がへし折れ、屋根をゴロゴロと転がっていく。そして、地面へと仰向けに落下した。そこへ、「イヤーッ!」死神が追撃のストンピング!「アバーッ!」

 デッドチェイサーのメンポとニンジャ装束が変質し、メンポは市販のマスクへ、ニンジャ装束はナンマギ・ハイスクールの制服へとそれぞれ変化した。デッドチェイサーは、クータは、血反吐を吐きながらもがいた。「アバーッ!俺は、僕は、カチグミの!カチグミのぉーっ!」

「オヌシはニンジャだ。故に、殺す。これにて連続変死事件は終わりだ」ニンジャスレイヤーは足を退けると、彼の胸倉を掴み上げた。そして渾身の右ストレート!「イヤーッ!」「グワーッ!」クータは吹き飛ぶ。彼はそのままブザマに地を這い、死神から逃れようとした。

 ニンジャスレイヤーは跳躍、彼の行く手を阻むと、「イヤーッ!」その身体を空中へと放り投げた!「グワーッ!」クータは空中でもがく。死神は懐から、ガガミバに託されたナイフを取り出し、投擲!「イヤーッ!」ナイフは真っ直ぐに飛んでいき、クータの額を貫いた!

「ゲームオーバーだ、デッドチェイサー=サン……!」ニンジャスレイヤーはザンシンした。瞬間、「アバーッ!……サヨナラァーッ!」クータは爆発四散!己の嗜虐心を満たしたいが為に弱者を殺し、それをゲームと言い張ってきたニンジャの最後だ。インガオホー!インガオホー!

◆◆◆

 トレンチコートに、ハンチング帽の男。暗黒非合法探偵イチロー・モリタ……フジキド・ケンジは、救急車のサイレンを耳にした。彼はそちらへ首を巡らす。搬送されているのは、なんともいえない表情をしたガガミバだった。フジキドは視線を戻し、歩き始める。

 連続変死事件は終わりを告げた。その傷跡は大きい。あの少年のこれからの人生はどうなるのだろう。だが、フジキドは彼に関わる気はない。彼の人生に、これ以上ニンジャはいらぬ。フジキドは、振り返ることもなく、ネオサイタマの闇へと還って行った。


【ウェアー・ゼアーズ・ニンジャ、ゼアーズ・マッポー】


◇回顧録◇

まず最初に申し上げておく、自分はこのテキストカラテが好きではない。単純な作品の質というか、出来に満足していないからだ。2015年当時、私は数多くのテキストカラテを投稿していたわけだが、自画自賛できる類のものとイマイチな類のものがあり、このエピソードは後者。
当時このエピソードを執筆するにあたって、自分は何を書きたかったか。それは『スリル・サスペンス・ニンジャ』、そして……ミスリード。加えてニンジャになった、なってしまった者が迎える末路、そういったものを書いてみたかった。
「もしやコイツがニンジャなのでは?……いや、或いは……」、そういった疑心を抱いてもらおうと思って書き連ねていったわけだが、まぁ……然程のギミックもなく、意外性もなく……更に正体を表した下劣なニンジャ、デッドチェイサーも劣化・廉価品デスドレインみたいなキャラクターになっており、あまり魅力を感じ得ないモノに。
もしこのエピソードをお読みになられ、何らかの評価を下さるなら私は嬉しい。自分では悪いところしか目につかないので、良いところがあるなら、それはそれで嬉しい……。

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