【バック・オフ・ザ・ルールズ、バック・オフ・ザ・ジャイヴス】

1.

 アンダーガイオン。煌びやかなガイオン・シティの地下空間に築かれた陰鬱な世界、その下層……さらに下層。最下層。上層エリアであれば天井部には偽りの空が描かれ、陽光代わりのLEDが設けられているが、下層にはそれすらもない。

 揮発した化学物質の重く爛れたスモッグが岩盤剥き出しの天井に巡らされた鉄骨に留まって空気中に澱んだ湿気をもたらし、陰気な雨露を滴らせる。当然のように未舗装の粘度質の地面のそこら中には廃棄された生ゴミやスクラップ。光源はポツポツと備えられた、頼りない微弱な光を発するタングステン・ボンボリのみ。

 地上とかけ離れた薄暗く惨たらしい風景のなかを、奇妙な三人組が歩いていた。

 一人は病的な色白の肌の痩せ細った男。囚人メンポ、拘束具めいた装束を纏い、ジゴクめいて髪を逆立ている。彼のかつての名はゴトー・ボリス。今は、デスドレイン。史上最悪の凶悪犯罪者、脱獄死刑囚にして、邪神存在を……神話級ニンジャ、ダイコク・ニンジャのソウルを宿す者。手元に広げられたマキモノを無意味に振り回し、口笛を吹きながら悪魔じみた愉悦を目元に浮かべ、ズカズカと無遠慮に生ゴミやスクラップを踏みつけて歩く。

 その傍を歩くもう一人は、不穏な鉄仮面のフルフェイスメンポを顔に貼り付け、はだけた白いニンジャ装束に引き締まった体躯を晒した偉丈夫。デスドレインにせよ、彼にせよ、異様な風体ではあるが……彼の場合、もっとも異常なのはそのサイバネ置換された両腕。腕?……腕というにはあまりに巨大で不格好だ。長身の彼の足元にまで届く、重機じみた鉄塊。円柱状の腕部、指先は稚拙で無骨なマニピュレーター。彼の肉体と比して歪で巨大なそれは、アンバランスなシルエットをかたどっている。

 ゼンダ・ナカト。元はアッパー勤めの善良なソバ職人であり、暗黒メガコーポへの憎悪と怒りを爆発させた凶行『ソバシェフ・ランペイジ事件』の首謀者であり、現在は……ランペイジ。それが彼の名だ。失った両腕を重機サイバネアームに置換し、ただ壊す。壊す。破壊する。それが、ランペイジだ。彼がソバを打つことはない。もう、二度と。

 そして、もう一人……デスドレインとランペイジの後方、二人がどんどん突き進んでいく荒れた道を、華奢な白い脚で生ゴミやスクラップを潰れたスニーカーで踏み分けながら歩くのは小柄な娘。美しい少女ではあるが、そのターコイズブルーの瞳は澱んでいて、途方もない荒廃と虚無に染まっている。そのような娘が異様なニンジャ二人組の後ろをついていく様は、それこそ奇妙といえよう。

 デスドレインは歩きながら時折背後へ視線だけ向け、彼女を見やる。見られるたび、少女は無表情で彼を見返す。

「おーい、アズール!アズールゥー!ちゃんとついて来てッかァー?」

 彼が発した言葉に、少女は無言で頷いた。アズール。その名は彼女の瞳の色に由来する。名付け親は……デスドレイン。少女の家族を殺害し、彼女を連れ去った張本人。

 少女は闇サイバネ医師の荒廃した家庭で、いっさいの希望を持つことなく育ってきた。歳は14。デスドレインが、両腕を失った瀕死のランペイジと、どこかしらから強奪してきたであろう重機の数々とを連れて彼女の家族が営む施療院に訪れたのは突然のことであった。

 少女の父は前例なき無茶苦茶な狂気的サイバネ手術を依頼……強要……された末に殺害された。父だけでなく、家族全員が惨殺された。彼女だけが生かされた。そして、名を与えられ、連れ去られた。

 今いるエリアよりも上の層で、デスドレインは彼女に面白半分にドレスを与えて着させた。それは、唆られた女から彼が頂戴したものであった。頂戴の経緯に関しては……あまりに悍ましく、記載するにも憚られるため、あなた方の想像力に委ねたい。

 兎角、アズールはドレスを着ることになった。しかし、彼女の自前のスニーカーは別にして、そのドレスは未整備の下層を歩くにはおよそ不適切な格好であった。裾をそこら中の障害物に引っ掛けたり、引き摺ったそれを踏んでしまったりなどして移動の妨げとなり……結果、苛立ったデスドレインによって強引に、無理矢理に、袖や裾を毟り取られてしまうこととなった。

「へへへ……逃げンじゃねェぞ、アズール。逃げたら殺す!わかッてるかァー?」

 悪魔の声にアズールはやはり無言で頷いて歩みを進め、足を早めようとしてスクラップに躓いて転びかけた。デスドレインは傍のランペイジに顔を向け、肩を竦める。

「アイツ、遅ェなァ」「当たり前だ。ただの子供だぞ、あれは」

 巨大サイバネアームの重量をものともせずに進んでいきながら彼は無愛想に答えた。デスドレインが首を横に振り、枝めいた細い指でランペイジを指差す。

「だからさァ、入ってンだって!寝てるだけで」「今は」ランペイジが遮る。「今は、生身の人間だ。子供だ。……何も出来ん」

 言いながら後ろを見やる。アズールは足をもつれさせながら進んでいる。表情は乏しいが、顔色は優れない。アンダー最下層の汚染された劣悪な環境と長距離の移動は、彼女には厳しいようだった。歩調も覚束なくなってきている。デスドレインは眼を細め、立ち止まって振り返った。

「そンでも連れて行くぜ。そのうち起きンだろ」

 彼の身体から暗黒物質が湧きあがり、触手状になって鎌首をもたげる。それはアズールの方へ向かって伸びて彼女の細い腰に巻きつき、宙へと引っ張り上げた。触手が手繰り寄せられる。少女は無抵抗のまま、デスドレインの前に浮かんだ。空色の瞳が彼を見つめる。デスドレインはせせら笑い、ランペイジの方を見た。彼はデスドレインとアズールには目も暮れずに突き進んでいた。

「オイ、待てよランペイジ!」

 背後から聞こえる声には耳を貸さず、ランペイジは踏み出す。マキモノと情報……ザイバツ・ニンジャ、ブロンズデーモンを拷問して得た情報を頼りに、彼らは行動していた。目的は、アンダーガイオン最下層のなおも下……深淵なるコフーン遺跡。ジルコニアなるニンジャに届けられる予定であったマキモノに記された情報は彼らにとって重要であるといえた。……どちらかといえばそれは、デスドレインにとって重要な事柄であるが。

 コフーン遺跡。神器捜索。懲罰騎士……断片的な情報を繋ぎ合わせ、デスドレインは判断を下した。(((これさァ、あンの舐め腐った野郎居ンじゃねェの?オスマシ顔した、つまんねェ名前のアイツ!)))……ダークニンジャ。デスドレインに『咎』のカンジを刻みつけた冷酷無慈悲な存在。

 ランペイジにとっても因縁ある相手。そのはずだ。彼の両腕はダークニンジャによって奪われたのだから。ではその因縁の相手と相見えたとして、彼は復讐の憎悪に駆られるだろうか?……わからない。ダークニンジャの名を意識すれども、彼自身驚くほどに、何も感じていない。故にわからない。わからないが、壊す。ただ壊す。それだけだ。

 ランペイジは周囲を見渡した。遺跡に向かうためには様々な障害があるとみえる。ザイバツが設けたと思わしきリフトや検問所が遠目にも確認できた。

 今彼らは、第十三階層から直下に穿たれた大穴の縁の方へと進んでいる。遺跡に向かうために。ランペイジはアズールを連れていくことに反対していた。子守りをしながらイクサに身を投じられるような器用さは無い。対象諸共破壊する結果が目に見えているし、何よりデスドレインが少女を護る様など彼には想像できなかった。

「待てッて!」「……」

 後方から伸び来た黒い蔦の気配を感じ、ランペイジは振り向いた。暗黒物質に巻きつかれた少女と目が合う。後方から伸びてきたアンコクトンはランペイジの重機サイバネアームの上部に向かった。

「ヨシ。そこ座ッとけ、アズール」

 デスドレインは大股で歩きながらぶっきらぼうに言い放った。アズールは彼とランペイジを交互に見た後、無骨なサイバネアームを見た。そしてもう一度、二人を交互に見やった。ランペイジもデスドレインの方を訝しげに睨んだ。

「へへへ!テメェ、トロトロしてッからよォ、そこ乗ッけて貰えよ!」

 少女は無表情で頷く。その直後、アンコクトンの触手が彼女の拘束を解いた。突然の解放に落下しかけたアズールは咄嗟に細腕を伸ばし、ランペイジの鉄塊じみたサイバネアームの一部になんとかしがみついてよじ登った。少女の空色の瞳がフルフェイスメンポに覆われたランペイジの顔を見つめる。彼女は稼働に支障を来たさぬであろうサイバネ機構部の隙間におずおずと腰掛けた。

「……何のつもりだ」「言ッたろ?そのガキの世話。そいつが自分で自分の面倒見るか、それかお前が面倒見りゃいいッてよ」

 言いながらデスドレインはランペイジの方へ歩いていき、アズールを見た。それから彼の方に顔を向けた。

「コイツ、なンもできねェし。なァ、アズール?お前、一人じゃ生きらンねェもんな?……ッてわけだからさ。面倒見てやれよ、ランペイジ」「……」「そンじゃ、任せたぜ」

 ランペイジは少女の方へ難儀そうに顔を向け、名の由来たる碧い瞳を凝視した。アズール(空色)……無遠慮の塊のような、凶悪で思慮なき粗暴な男が名付けたにしては些かポエットな名だ。

 単に瞳の色がそうだから、と言ってしまえばそれで終いではあるが……この悪魔じみた男にとっての空の色を、そして、そのような名を発想する感性を、ランペイジは不思議に思った。……当の名付け親は無責任に彼女を連れ出した挙句、こうしてその世話を彼にマルナゲしているのだが。

「へへへハハハハ!落ッこちンなよアズール!お行儀よく座ッてろォ!」

 デスドレインは悪びれる様子もなく、悪辣に哄笑を響かせながらランペイジと肩を並べる。ランペイジは軽く息を吐き、再び歩き出した。彼が障害物をものともせずに跳ね除けて足を踏み出すたび、歩行から伝わる振動にアズールは身を強張らせた。仮に今この状態でザイバツのニンジャが襲いくれば、まず間違いなく彼女は敵諸共にこの世から消え去るだろう。文字通りに。

 その時は、その時だ。自分の身を自分で守れないなら死ぬしか無い。そこまで面倒を見てやる気はない。

「ッつーかよォ、これ、結局どこ行きゃいいンだ?あのデケェ穴から飛び降りンのか?」

 デスドレインは手を庇にして穿たれた大穴周辺を観察し、所々に表れるザイバツの紋様に不快そうに眉を吊り上げた。下に向かうエレベーターリフトが幾つか見受けられるが、警備が多数。剣呑なアトモスフィアを漂わせている。

「面倒クセェなァ……冒険もしなきゃなンねェらしいし」

 気怠げに言い、マキモノをひらひらと弄ぶ。神器捜索クエストには、古代遺跡に仕掛けられた数多くの試練が待ち受けている……らしい。この場の三人の誰一人として……アズールは当然にしても……その内容を図ろうとはしなかった。兎角、下に降りればそれでいいと、ただそう考えていたのだった。

「どうすッかなァ?」

 デスドレインが首を巡らせ、ランペイジを見る。ランペイジはその場に立ち止まろうとし……気休め程度に歩行の速度を落としてから緩やかに停止した。アズールが彼を見たが、彼は視線を返さなかった。

「どうする?……決まっている」彼は己の巨大サイバネアームを強く意識した。「もう面倒だ。場所が下とわかっているなら、穴から降りる必要はない。謎解きとやらも、俺達には関係ない」

 言いながら地面を見下ろす。彼を見るぬばたまの瞳が好奇心に爛々と輝く。それに応えるように彼は口を開いた。

「壊す。俺は、ランペイジだ」

 言葉を終えると、彼は片方の手をアズールの方に伸ばした。誤って彼女の頭部を握り潰さぬように苦心しながら稚拙なマニピュレーターを動かして彼女のドレスの襟首を……というより背中を掴み、華奢な体を持ち上げた。マジックハンド・カワイイキャッチ筐体の景品めいて無抵抗にぶら下がる少女を一瞥する。

「これは置いていく。邪魔だ」「またそれかよ。逃げられたらどうすンだ」どうするも何もないだろう……そう考えながらもランペイジは返答する。「用が済んだ後に拾えばいい。適当なところに置いて、俺達だけで向かう。それでいいな?」

 地面に少女を近づけマニピュレーターを開き、無造作に降ろす。崩れ落ちそうになりながらアズールは未舗装の地面に足をつけた。

 デスドレインは不満そうな様子であったが、不貞腐れたように渋々了承し、耳をほじくりながら周囲を見渡した。大穴に近づくにつれて人の生活の気配は薄れていっている。ギルドの掘削による破壊とそれに伴う大量殺戮の影響だ。そもそも最下層の居住域は皆無に等しい。労働者が寝泊まりするだけのカンオケめいた詰所や、錆びれた倉庫があるばかり。それも今は使われていない。

「ンー……じゃあそこのきったねェ倉庫でいいか。オイ、聞いてたかアズール。留守番だッてよ。……逃げンなよ?いい子で待ってろ」

 ヤンクめいた歩き方で少女に詰め寄り、背を折り曲げて彼女の顔を覗き込んで言葉を紡ぐ。彼女がコクリと頷くと、デスドレインとランペイジは錆びれた倉庫の一つに向かって歩き出した。少女がそれに続く。悪魔は彼女を振り返った。

「逃げンなよ」


2.


 開かれた鉄扉の奥、鼻腔をつく埃と黴の匂いが侵入者を迎えた。デスドレインとアズールの二人を。ランペイジはそのサイバネアームの巨大さ故に倉庫には入らず、戸口に立って中の様子と外とを伺っている。

 床に散らばる資材を蹴散らしながら、デスドレインは倉庫の隅を気怠げに指差した。アズールはそちらに向かって歩いて行き、資材棚やドラム缶、木箱などの荷物の隙間に身を隠すように蹲って座り込む。その様子を見ながら彼は口を開いた。

「ぜってェ逃げンなよ。ここで待ッてろ。なァ、わかッてるか……わかッてるか?アズール」「うん」

 か細い声が短く答えた。デスドレインは頭を掻きながら倉庫を出て行き……苛立ちながらソワソワし始めた。ランペイジが見咎めると、彼は徐に懐から何かを取り出した。……鎖付きの首輪だ。

「何だそれは」「見りゃわかンだろ。首輪だよ」言いながら彼は鎖をジャラジャラと弄び、首輪に付いた南京錠の鍵を外して倉庫の隅を見やる。「どこでそんな物を拾ってきた」「上だよ、上。アイツに服着させてやッたろ?あン時、部屋に落ちてたヤツ。あの女、いい趣味してたよなァ」

 ……アズールは顔を上げ、再び倉庫に戻ってきたデスドレインを見た。彼の手元の首輪と鍵が空色の瞳に映る。悪魔はしゃがみ込んで彼女にそれを突き出して見せつけた。

「とっとと首だせ。逃げねェように繋いでッてやるから」

 ヒリついた声音。少女は口の端を固く結んで彼の顔をジッと見つめ……顔を少し上に向けて、白く細い首を差し出した。デスドレインは目元に邪な弧を浮かべ、開いた首輪を彼女の首に付け、締めた。

「ダイジョブか?苦しくないか?」「うん」

 アズールが答えると、デスドレインはニヤけながら首輪を更に締め付けた。「けほッ」反射的に咳き込む少女を面白がり、更に締め付ける。少女が苦しげに呻く。更に締め付けようとし……「やめておけ」外から投げかけられた声に振り返る。ランペイジ。

「ここで殺す気か?連れて行くんだろう。それともやはり殺すか。俺はそれで構わんが」

「チッ……まァいいやァ。チンタラしてねェで、さっさと行こうぜ!ランペイジ!」

 いけしゃあしゃあと言い放ち、少女の首輪の締め付けを最低限に緩めて南京錠を施錠して、デスドレインは立ち上がった。伸びる鎖を適当にそこらに縛り付け、アズールに一瞥をくれてから、彼女を置いて外へ出ていく。少女はその背を見送る。鉄扉が閉められ、暗闇が訪れた。

 暫くしてから、太鼓めいた凄まじい轟音と地響き、愉快そうな悪魔の嗤い声が倉庫内に伝わってきた。アズールは身を丸めて両膝を抱え、彼らの帰りを待つのだった。轟音は遠ざかっていく。やがて静寂が訪れる。少女は一人、時を過ごす。


────────────────


 戻ってきたデスドレインをランペイジは見やり、少し歩いてから立ち止まる。アズールを倉庫に連れていく前に彼らがいた地点だ。ここだ。この真下に、目的地がある。確証はない。無軌道な直感だ。

「やるか」

 ランペイジの無骨な重機サイバネアームが蒸気を噴き上げる。凄まじいニンジャ膂力が迸り、彼の周囲の空気がドロリと歪む。デスドレインは爛々と目を輝かせてその様を眺める。

「へへへ!なァ、マジでやンだよな!?ランペイジ!ランペイジ!へへへハハハ!」「ああ」喜色に顔を染めるデスドレインにぶっきらぼうに返す。「最初から、こうすれば良かった」

 巨大なサイバネアームの両腕を高々と掲げる。地面を睨みつける。「イイィィ……」蒸気を噴出しながら並々ならぬニンジャ膂力が放たれ、鉄塊じみた拳が一瞬のうちに地面に向けて振り下ろされる!「……ィイイヤァァアーッ!!」

 KRAASH……!!!

 打撃の衝撃波が地面に蜘蛛の巣状の亀裂を広げた。手を叩いてはしゃぐデスドレインを他所に、再び両腕を軽々しく振り上げ……振り下ろす!

「イイィィイヤァァアアーッ!!」

 KRAAASH !!!!!!

 激しく飛び散る土煙と残骸、亀裂はより裂け、地面が沈み……ZzoooOM……!!! 一瞬後、彼らの立つ地面は巨大な穴となって破砕し崩落した。

「ハハハハ!やッた!マジでやりやがッた!ヘヘヘハハハ!」

 喜悦を目元にたたえて嗤うデスドレインと、蒸気噴き荒れるランペイジ。二人の身体が宙を舞う。落ちていく。下の階層へ。アンコクトンの触手が伸びてランペイジの巨躯に掴まる。降下しながら、ランペイジは両腕を頭上に振り上げた。落下の勢いを乗せ……着地と同時に力任せに……解き放つ!

「イイィィイヤァァアアーッ!!」

 KRAAAASH !!!!!!

 粉砕!穿たれる大穴!落下!

「ハハハハ!ハハハハハ!バカだ!マジでバカだお前!スッゲェーッ、イカれてやがる!へへへへハハハハ!」

 天地逆さの状態でアグラをかきながらデスドレインはランペイジを指差し、愉悦に声を染め上げる。砕け散った地面の破片、鉄骨の残骸が吹き荒れるのをものともせずに、更に降下。嗤い声が落ちていく。

「最ッ高だ!なァ!ランペイジ!」「ああ」鉄仮面の下でランペイジは微かに口元を綻ばせる。「最高だ」眼下を見下ろす。二人を迎え入れたのは広大な鍾乳洞めいた空洞だった。居住区などありはしない。剥き出しの岩壁、土塊の地面。そこかしこに造設されたザイバツ紋様を掲げる施設からけたたましい警報音が轟き、空間を満たす。

「くだンねェギルドの連中が、マジメ腐ッてせっせと頑張ッて降りてンのにさァー!?へへへへ!」

 両手を広げながらデスドレインはゲラゲラと嗤う。ランペイジが巨大サイバネアームを頭上に掲げる。

「「「デアエ!デアエーッ!」」」「「「スッゾコラー!!」」」「「「モーターヤブ改善は賢く強い!イヤーッ!」」」

 展開されたザイバツの構成員たちが、クローンヤクザが、オムラのロボニンジャが、頭上から落ちてくる暴力の塊を見上げ、口々に叫び声をあげながら迎撃の構えを取る!BRATATATA !!! 飛び交う銃弾と怒号の嵐!

「うッるせェーッ!!邪魔すンなァ!!」

 デスドレインの身体から黒い泡が溢れ、コールタールめいた汚泥がボンボリツリーめいて無数に枝分かれし、銃弾を、警備兵を、クローンヤクザを、モーターヤブ改善を、呑み込み、喰らい、潰す!

「「「アバーッ!?」」」「「「アバババーッ!?」」」「「「ピガガーッ!?」」」

 殺戮と破壊の嵐を突き抜け、ランペイジは力任せに両腕を振り下ろす!

「イイィィイヤァァアアーッ!!」

 KRAAAAASH !!!!!!

 もはや爆発じみた衝撃、地面はトーフめいて容易く粉々になって二人を受け入れる。更なる降下、迎撃するザイバツ、そして死!

「イヤーッ!!」

 降下する二人めがけて飛びかかる影。ニンジャだ!紫金の装束をはためかせた、ザイバツ・シャドーギルドのニンジャ!デスドレインは鬱陶しげにそちらに首を巡らせた。ランペイジはそちらを見ない。ただ両腕を振り上げる。

「ドーモ、ヴィゴラスオフィサーです!貴様ら胡乱存在、何者ぞ!今ここに崇高なるギルドの神聖ミッションが粛々と進行していることを知っての狼藉か!愚か也!汝らその罪、死をもって償うべし!」

 ヴィゴラスオフィサーを名乗るニンジャの瞳に超自然の赤い光が宿る。その手に携えた荘厳装飾を纏う長柄のボーも瞳と同様に、赤く輝く!

「ゴチャゴチャつまんねェこと言ッてんじゃねェぞ!俺はデスドレイン!こッちはランペイジ!」苛立ちながら彼は両手を突き出した。「以上!」ショットガンめいてアンコクトンが炸裂し、ヘドロが飛散する!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 ヴィゴラスオフィサーは荘厳ボーを振り回して暗黒物質を弾き飛ばす。赤い光が暗黒を引き裂き宙空に軌跡を残す。吹き散らされたアンコクトンは眼下に展開するザイバツ構成員を呑み込み喰らい、そこを起点に瞬く間に間欠泉めいて黒く粘った柱を空中に噴き上げさせた。方々から湧き上がるアンコクトン!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 弾く、弾く、弾く……だが余りにも質量が多い。圧がかかり、押されていく!「ヌゥーッ!?」遂に突破され、彼の身体に暗黒物質が迫る!「イヤーッ!」ザイバツ・ニンジャは瞬時に長柄の荘厳ボーを折って一対のショート・ボーとし、両手に携えてミニマルな打擲を繰り出した!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 弾く、弾く、弾く!宙に乱れ舞い描かれるは赤の閃光!彼を呑み込まんとしたアンコクトンは千切れ飛びながら引き裂け……無数の蔦となってミニマル打擲の隙間を縫って彼の腕に絡みついた!

「ヌゥーッ!!」

 暗黒物質の蔦がヴィゴラスオフィサーを強引に地面に向けて放り投げる!

「グワーッ!……イヤーッ!」

 しかしてヴィゴラスオフィサーは見事なウケミを取って衝撃を地面に逃し、無傷で立ち上がって構え直す。その頭上に迫る、無骨で巨大な重機。圧倒的質量。噴き上がる蒸気。一瞬の炸裂。

「イイィィイヤァァアアーッ!!」

 KRAAAAAASH !!!!!!

 ヴィゴラスオフィサーは消えた。肉片はおろか、血煙さえ残さず、跡形もなく消え去った。恐るべきカラテの持ち主であったが、ニンジャのイクサは時として無慈悲な結末を齎す。『死んだら終わり』……平安時代の哲人、ミヤモト・マサシが遺したコトワザ通りだ。ショッギョ・ムッジョ。彼を屠った一撃が地面に蜘蛛の巣状の亀裂を広げ、巨大なクレーターを形作る。

 瞬間、二人のニンジャとしての本能が、ニンジャ第六感が鋭敏に研ぎ澄まされた。己の内に溶けていったダイコク・ニンジャのソウルが、アカラ・ニンジャのソウルが彼らに告げた。この下に眠るニンジャレリックの存在を、深淵なるニンジャ遺跡の神秘を。……だが知ったことではない!ランペイジ!

「イイィィイヤァァアアーッ!!」

 KRAAAAAAASH……!!!!!!

 轟音と共に地面が破砕、二人は闇に落ちていった。底無しの闇へと。それは真っ直ぐに伸びた、円柱状の竪穴のようであった。果てしない闇を、落ちる、落ちる、落ちる……。

 ……「なァ、アイツ。ダークニンジャ。下にいるかなァー」落下しながら、不意にデスドレインが呟く。その声は暗闇によく響いた。ランペイジは彼の方へ視線を向け、無愛想に答える。「さぁな」、と。デスドレインはランペイジを見た。「いようと、いなかろうと、やることは変わらん。俺はただ、壊すだけだ」……永久とも思える落下の果て、微かに底が見え始める。広がったアンコクトンが彼らを包み込み、巨大なヘドロの塊めいた姿となって、高高度の落下の衝撃に備えた。


────────────────


 ……数刻後。

「フム。ブロンズデーモン=サン、トライデント=サンの死亡。殺したのは……例の犯罪者ニンジャ共。それに加え、下層からのアラート。遺跡探索の後詰め、ヴィゴラスオフィサー=サンとの連絡もつかんときた。いったい何が起きている……」

 暗緑色のニンジャ装束に身を包んだ男が、地面に穿たれた歪な大穴を、片膝をついて見下ろして覗き込みながら、神経質そうな声で独りごちる。装束にはザイバツ紋。彼は大仰に溜息を吐いた。

「ここから下まで掘って……いや、これは……打ち抜いて降りていったというのか?何と浅はかな……しかし、私のニンジャ視力をもってしても底が全く伺えんとは。相当深く……もしやすれば、遺跡に辿り着いているやもしれん」

 呟きながら彼は徐に立ち上がって暗い眼を一点に巡らせた。僅かながらのソウルの残滓を嗅ぎ取ったのだ。

「まぁ、よい。例の犯罪者ニンジャ共の対処はジルコニア=サンとメイガス=サンに任せるとしよう。私は……調査を続けるとするか」

 真鍮のメンポの下、口元に邪悪な弧を浮かべたザイバツ・ニンジャは、油断ならぬ足取りで歩みを進めていった。錆びれた倉庫の方へと。


3.


 アズールは一人、倉庫の隅で蹲って時を過ごしていた。倉庫内に時計は無く、時間の経過はわからない。永劫に思える虚無。少女は己の首に嵌められた枷に手を触れた。首輪から伝わる冷たさにも慣れてきた。そこから伸びる鎖を、淀んだターコイズブルーの瞳が無表情に見つめる。

 遠く響いていた太鼓のような重低音は聴こえなくなって久しい。今はもう、誰もいない。彼女一人だけだ。冷たい金属質の鎖を視線で辿り、繋がれた先をぼんやりとした様子で瞳に映す。

 ……幼い頃から、ずっと、恐ろしいことばかり起きてきた。彼女の暮らしてきた家……もとい、闇サイバネ施療院に訪れる客は誰も彼もカタギではなく、殺伐とした剣呑なアトモスフィアを纏う者ばかり。なかには暴力に訴えかけ、牙を剥く者もいた。そうした者たちは施療院に勤めるスタッフや、彼女の父による正当防衛によって惨たらしく返り討ちにされ、廃棄物として処理された。それが既サイバネ置換者であれば、サイバネ部品だけサルベージされて、残りの肉は廃棄物。何もかもが、恐ろしかった。

 荒廃した、檻めいた家庭で過ごす鬱屈な日々のなか、唐突に彼らが現れた。ニンジャが。彼らは少女の家を、家族を……檻を……その全てを殺して壊した。少女は一人連れ出され、アズールとなった。ニンジャは彼女を檻の外へ連れて行ってくれる存在だった。同時に、これまで生きてきたなかで、最も恐ろしい存在であった。

 蠢く暗黒物質が彼女の家族を呑み込み殺すのを見た。同じ物が屍の目、鼻、口から這い上がって、主人の元に溶けていくのを見た。悪魔じみた男が人を殺す様を何度も見た。殺した女を陵辱する様を何度も見た。何がそんなに可笑しいのか、彼はずっと嗤っていた。

 彼女の父に強要してサイバネ置換させた、重機のようなサイバネアームを見た。それが施療院の壁を容易く粉々にする様を見た。ザイバツという名前らしい組織のニンジャが、巨大サイバネアームの凄まじい衝撃を受けて両足首だけ残して消し飛ぶ様を見た。一瞬のうちに消え去る様を。

 黒い汚泥に苛まれたザイバツのニンジャが、暴虐に晒されて情報を吐かされる様を間近で見せられた。泣き喚きながら命乞いし、肥溜めに頭を埋められ、衰弱していき、やがて動かなくなって行く有様を。それを嘲笑う悪魔を。

 それらの光景はニューロンに焼き付いていて、悍ましくて、禍々しくて……怖かった。全て受け止めてしまえば、心が恐怖に染まって、壊れそうだった。

 だから少女は心を閉ざした。今まで生きてきた通りに。痛みや怪我には耐えられる。傷は耐えればそのうち治る。心は閉ざせばそれで済む。今まで通り。それで、いい。

「……?」

 その時アズールは、ふと、視線を倉庫の入り口に向けた。誰かが、外にいる。そう感じた。あの二人が帰ってきたのだろうか。……インセクツ・オーメンめいた妙な胸騒ぎに少女は身を強張らせた。

 ガチャガチャと、外からわざとらしくドアノブの音が聞こえてくる。KNOCK。KNOCK。鉄扉が音を鳴らした。アズールは顔を引っ込め、身を守るように体を小さく丸めて息を潜めた。KNOCK、KNOCK……KNOCK !!! KNOCK !!!

「……イヤーッ!」

 響き渡るカラテシャウト。ひしゃげた鉄扉が倉庫の壁に飛来し、弾けて床にバウンドした。暗闇が外の空気に触れ、僅かばかりの薄暗さとなる。アズールは口を手で抑え、息を殺し、身動ぎせずにジッとしていた。

 聴こえた声は、あの二人のものではなかった。鉄扉をこうも容易く打ち破り、吹き飛ばしたのならば、それは常人ではなくニンジャだろう。そしてこの闖入者は……知らないニンジャだ。

「ウーム、黴臭いし埃っぽい!まったく、最高に最悪だな」

 神経質そうな険悪に尖った声が響く。カツン、カツン、と床を叩くような靴音。ガサゴソとした物音。ニンジャは倉庫内を物色しているようだった。耳を澄まし、少女はニンジャが立ち去るのを待った。……立ち去る?

 わざわざニンジャがこんな辺鄙なところを訪れて、何の価値もないコソ泥じみた行いをするのだろうか。何か目的があるのでは。目的。目的……少女は己の脳裏に刻まれた、恐るべきインタビューを想起する。あれの犠牲者は、ザイバツという組織のニンジャだった。今ここにいる闖入者も、ザイバツ?

「はてさて?確かに、犯罪者ニンジャ共の、穢らわしきニンジャソウルの残滓を感じ取ったのだが……何も痕跡が無い……否、否、否。妙に埃が晴れている箇所があるな?周辺の資材も散らされている、それもつい最近だ……」

 独り言が聴こえてくる。目的はあの二人?ただ、ここに彼らはいない。なら、このニンジャはここで何をする?……足音が近づいてくる。アズールはジッとしたまま動かない。動けない。足音が止まる。……暫くしてから、また歩き出す。遠ざかって行く。出入り口の方へ。安堵することなく、少女はただ待つ。

「かくれんぼは好きかね?」

 神経質な声音が響く。アズールは唇を噛み締めた。

「私は隠れるよりも、探す方が好きだ。コツがあるんだよ。目星をつけて、そっちの方へわざと物音を立てたり、独り言を言ってみたりしながら、近づいてやるんだ。そうして、耳をそば立ててみる」

 足音は聴こえない。声だけが響いている。どこから?

「するとどうだい……聴こえてくるんだよ。何がって?心臓の音さ!ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……そうやって緊張して、恐怖して、踊り出すのさ!」

 不意にアズールの眼前にニンジャが現れた。暗緑色の装束を纏い、真鍮のメンポで鼻から下を覆ったニンジャが。装束に誂えられた紋様には見覚えがある。あの二人の犠牲者となったニンジャ達の着ていた装束にも同じものが刻まれていた。ザイバツ。ギルド。ニンジャは少女を見るや、目を丸くして笑い出した。

「ハ。ハ。ハ!随分と気配を隠すのが巧いと思ったが、これはこれは、なんと!子供とは!」

 ニンジャがズイッと身を乗り出し、アズールを見やる。少女は座り込んだまま床に手をついて後ずさった。首輪の鎖が伸びて、ジャラジャラと金属音を立てる。

「ドーモ、ドーモ。見目麗しきお嬢ちゃん。私はインスペクター。君の振る舞い次第では、以後お見知りおきを、と言葉をかけよう……ああそれと、かくれんぼをするなら息だけでなく、心臓も止めておくべきだね。その教訓を今後に活かせるかどうかも……君次第だ」

 インスペクターを名乗るニンジャは目尻をにこやかに細めて言葉を紡ぎながら、少女を見下した。そして彼女の首輪から伸びた鎖を手に掴んで、もう片方の手で顎をさすった。アズールのガラスのような眼が彼を凝視する。インスペクターは彼女の潰れたスニーカーを、裾の毟り取られたドレスを睨め付ける。

「フム。その見窄らしい格好に、この悪趣味な首輪と鎖。君は……悪辣な犯罪者ニンジャ共の奴隷オイランか何かかね?随分、幼いようだが」

 アズールは答えず、押し黙ったまま後ずさる。その背に冷たい感触が伝わってきた。背後はコンクリートの壁だ。もう下がれない。インスペクターは彼女を見据えてメンポの下でほくそ笑み。掴んだ鎖を手繰り寄せた。華奢な身体が床を引き摺って引っ張られる。

「……ッ!」

 苦しげに身を捩らせるアズールを鎖ごと引き上げ、顔を近づける。「君の飼い主のことを知りたいんだがね。何か知っていないかい?名前……は把握している。ジツでも、行動目的でもいい。今後のギルドの活動に役立てたいからね」陰湿で尖った耳障りな声が発せられる。「それが実際有益な情報であれば、君を解放してあげようじゃあないか。役立たないようなら、まぁ、察してくれたまえ」

 解放。アズールはその言葉に一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、期待した。そしてすぐに無駄だと切り捨てた。希望を持つから絶望する……これまでの人生の中で嫌というほどに学んだことだ。解放……どうせ言葉通りの意味ではないだろう。擦り切れて摩耗した感情に心を堕とす。

 インスペクターは訝しげに眉根を寄せた。少女の奇妙なアトモスフィアに。ニンジャではないようだが……何か……何か、違和感がある。得体の知れない不気味さを感じ、半ば反射的に、彼は鎖と共に少女を床に突き放した。金属音と小さな呻き声が発せられる。ニンジャは屈み込んでその顔を観察する。

「……フーム……よくわからんな、君は。取り敢えず、身柄を確保して持ち帰ってみるとしよう。もしやすれば、犯罪者ニンジャ共に対する人質に使えるか……いや、それは……しかし……」

 その声はもうアズールには聴こえていない。彼女を支配するのは途方もない絶望と虚無だった。インスペクターの魔の手が少女に迫る……彼は目を見開き、その手を電撃的な速度で突き出してアズールの首根っこを無理くり掴んで立ち上がった。「イヤーッ!」血相を変えて跳躍し、その場を離れて入り口の方向へ!伸び切った鎖が繋がれた根元で断ち切れ、中途になって宙を泳ぐ。次の瞬間!

「イィイヤァーッ!!」

KRAASH……!!!

 轟音と共に倉庫の壁が粉々に砕け散り、残骸と灰じみた煙が舞い上がった。粉塵の中から、アンバランスなシルエットの偉丈夫がのっそりと姿を現す。全身血塗れとなった満身創痍のランペイジが。顔を覆っていた鉄仮面はなく、晒した血みどろの素顔には奇妙に輝く結晶が幾つかこびりついている。

 その片腕、無骨で稚拙なマニピュレーターに掴まれたるはダイヤの両目をもった黄金のダルマ。彼はインスペクターの腕に抱えられたアズールを無感情のままに見据えた。ザイバツのニンジャは顔面蒼白となって彼にアイサツする。

「ド、ドーモ……インスペクターです」

「ランペイジ」

 ドウッ!ダルマを持たぬ方のサイバネアームから蒸気が噴き上げる。消耗は激しいようだが、戦意に衰えは見えない。インスペクターは生成したクナイ・ダートの切先をアズールのこめかみに近づけた。

「待て!待つのだ!この少女がどうなっても構わんのかね!?わざわざ首輪と鎖で繋ぎ、物陰に隠して別行動をとっていたのだ!君たちにとって何かしらの重要存在なのだろう!?」

「知らん。それはただの子供だ」

「え……」

 ランペイジが片腕を威圧的に前方に突き出した。アズールごと粉砕することさえ厭わないというような、有無を言わさぬ構えだ。

「……ランペイジ」

 少女が小さくその名を呟く。ランペイジは僅かに眉を顰めた。インスペクターは額に脂汗を滲ませ、ヤバレカバレめいた敵意を剥き出して破壊者を見据えた後、憎々しげにアズールを睨みつける。彼女は無表情のまま、空色の瞳でランペイジを見つめ続けている。

 インスペクターはアズールのこめかみに向けたクナイ握る手を強く握り締め、少女の側頭部を貫かんとした……「待て」遮るはランペイジの声だ。ザイバツ・ニンジャは顔を上げ、声の方を睨む。ランペイジはインスペクターを睨み返し……否、その視線は彼の後方へと向いている。

「連れの名乗りが済んでいない」「……なに?」

 インスペクターの後方、鉄扉無き倉庫の入り口に広がる不気味な闇を顎で示して彼は言った。ブラフか?インスペクターは一瞬そう思考したが……その背に悍ましい悪寒が走り、彼は生唾を呑んだ。然り。オミヤゲ・ストリートを生き残った賊はランペイジ一人ではないことを、彼は知っている。知っていた、はずだ……震えながら、恐る恐る振り返る。暗闇を。暗黒を……泡立つ黒い汚泥を。

「アーア……なンだよこれ、アア?……ムカつくなァ。クソが……」

 タールめいた暗黒物質から痩せ細った男が現れる。その顔の右半分と左脇腹には、ランペイジの顔面にこびりついた物と同じ、油めいて虹色に煌めく細かい結晶。彼もまた、ランペイジ同様に深手を負っているようだった。

「俺はデスドレイン……そンでテメェは誰だよ、さッさと名乗れよ、オイ……オイ。機嫌悪ィんだよ俺は」

 張り付けたような無表情に抑揚のない声でデスドレインはアイサツした。オジギは無い。インスペクターは全身が粟立つのを感じながらアイサツを返す。

「ド……ドーモ、デスドレイン=サン。インスペクターです」

 言い終えた瞬間、彼の腕にヘドロめいた粘着質の暗黒物質が放たれ、木の枝を折るようにその腕をひしゃげさせた。「グワーッ!?」解放されたアズールがその場に倒れ込む。アンコクトンがインスペクターの両腕と両脚に巻きつき、それぞれ逆の方にその肉体を雑巾搾りめいて捻れさせた。「グワーッ!?ア、アバ、アババーッ!!」絶叫。デスドレインは床に倒れ込むアズールの方へと歩み寄った。

 その顔を少女が空色の瞳で見上げる。デスドレインは首を鳴らしながら口を開いた。

「留守番もできねェのな」「……」

 理不尽な物言いにアズールは答えず、立ち上がる。彼女の首輪から伸びる、中途に切れた鎖をデスドレインが手に取り、意味もなくジャラジャラと音を立てて弄んだ。

「アバッ、アバババーッ!」響き渡る絶叫、デスドレインはそちらには目も暮れず、鎖持つ方とは逆の手をインスペクターに差し向けた。「アバッ」断裂。「サヨナラ!」その断末魔と爆発四散はアンコクトンの塊に呑まれてくぐもり潰えた。

 ランペイジが二人の方へ向かってくる。デスドレインはアズールとランペイジを見やった後、張り付けた無表情を露骨な苛立ちに染め上げ、黒い爪でバリバリと頭を掻きむしった。黒い血がボタボタと床に垂れ落ちる。

「マジでムカつくぜ……ダークニンジャの野郎もいやがらねェし、身体中痛ェしよォ。それに、アア、クソ……あンのクソ生意気な奴もムカつく!何様だよ畜生が!そンで戻ってきたらこれだ!」

 鎖を振り回しながらアズールを指差す。少女は無表情のままだ。デスドレインは舌打ちして鎖を荒っぽく手離す。

「ああ。早々に引き上げるとしよう」ランペイジは無愛想に言葉を投げ、黄金ダルマに視線を落とした。「これを上で売り払う。当分、暮らすには困らんだろう」

「暮らすゥ?なンだそれ……まァいいや。とッととズラかろうぜ、こンなとこ!気分悪ィ……スシ食いてェよ、俺」

 粉砕された壁からのっそりと抜け出し、気怠げにズカズカと歩いて行くデスドレイン。「ボサっとしてンなよ、アズール!」その声に頷いた後、アズールは歩き出したランペイジの方を見上げた。

 アズールはトコトコとランペイジの方に向かって歩いて行き、重機めいた巨大サイバネアームに何とかよじ登ろうと苦心する……その細い腰に暗黒物質の触手が巻きついて手繰り寄せられ、彼女の華奢な身体はデスドレインの肩に担ぎ上げられた。

 奇妙な三人組は、ランペイジが破壊して打ち抜いた歪な穴の側を通り過ぎ、元来た道を戻っていく。「……なァ、ランペイジ」その途中、デスドレインが口を開いた。

「クソみてェなとこだッたけどよォ、ランペイジ。お前が滅茶苦茶やッてた時、マジで笑い死にそうだッたぜ、俺。ありゃ最高だった。やッぱバカだぜ、お前」

「……ああ」

 デスドレインの肩に担がれながら、アズールはランペイジの顔を見た。鉄仮面に覆われていない、素顔の彼の顔を。その表情は……彼女には読み取れなかった。




バック・オフ・ザ・ルールズ、バック・オフ・ザ・ジャイヴス
【完】

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