【オンスロート・オブ・ア・ダイコク・フロウ】#4

承前


 ……「「「ガンバルゾー!」」」「「「ガンバルゾー!」」」「「「ガンバルゾー!」」」……。

 キョート城に響き渡る禍々しいバンザイ・チャント。常人がその光景を目の当たりにすれば、震え上がって昏倒、ないしショック死してしまうであろう。そのようなザイバツ・シャドーギルドの恐るべき儀礼のなかに、スプレンディドは参列していた。

 此度の例会は人事昇進の発令によるもの。スプレンディドは先日まではアデプト位階に属していたが、本日をもってめでたくマスター位階へと昇格を果たした。その血統と資産、カラテ、ジツ、礼儀作法やワビチャ、奥ゆかしさ……上層部の目に適う要素を多く持つ彼がその座に就くのには、そう時間は要さなかった。

 彼以外にもアデプトからマスターへ昇進したニンジャは複数いた。今この場でバンザイ・チャントに参列するは、その昇進者達である。

「「「ガンバルゾー!」」」「「「ガンバルゾー!」」」「「「ガンバルゾー!」」」

 栄光ある位階を授かった者達のバンザイ・チャントの様子を壇上から見下ろし眺めるはザイバツ・グランドマスター。その全員が参列しているわけではないが、彼らのニンジャ存在感は実際凄まじい。バンザイひとつをとっても、厳粛な審査の対象なのである。

……「「「ガンバルゾー!」」」「「「ガンバルゾー!」」」「「「ガンバルゾー!」」」……。




◆◆◆





 ……儀礼を終え、恭しく退室していくマスターニンジャ達。一礼から歩み方まで、動作の全てを入念に観察されながら、彼らは一切のシツレイを犯すことなく退室した。万年アデプト位階のニンジャらが昇進できぬ理由は様々であるが、こういった儀礼への知識・理解の無さがその大半を占めている。ギルドに属する者に求められるのは、単なるカラテのワザマエだけではないのだ。

 栄誉を授かったマスターらはそれぞれ会釈をして別れていく。スプレンディドは一人、キョート城の渡り廊下を歩いていた。気品ある所作で歩みを進める彼の後方から、藍色の装束を纏った若い女ニンジャが早歩きでスプレンディドに歩み寄っていく。足音を立てぬよう気を付けながら、ミルキーベージュの長い髪を揺らして。スプレンディドがやおらに振り返ると、彼女は喜色を表情に浮かべた。

「ハク……」

 言いかけた言葉の途中で、彼女はハッとして手で口元を覆った。スプレンディドの目が細まる。女は首を横に振って息を整えてから、もう一度口を開いた。

「シ、シツレイしました。スプレンディド=サン。マスター位階の就任、おめでとうございます」

「うん、ヨロシイ。公私は分けておかないとね。そしてありがとう、我がアプレンティス。ペネトレイト=サン」

 スプレンディドが頷くと、ペネトレイトは申し訳なさそうに恐縮した。彼は苦笑して立ち止まり、それから彼女と肩を並べ、歩調を合わせて歩みを進めた。そうして見事な庭園を見やりながら歩くうち、ペネトレイトがおずおずとした様子で言葉を紡ぎ出す。

「そ、その。今日この後の予定って空いてる……この後の予定は空いておられますか?」

「ン?いや……就任直後は色々とやることがあるみたいでね。会合や提出書類……その他諸々に。何か用があったかい?どこかのタイミングで埋め合わせするよ」

 金色の瞳が彼女を見る。ペネトレイトは逡巡した。スプレンディドは彼女の言葉を待つ。女ニンジャは意を決して彼の顔を見据えて言った。

「ハク……スプレンディド=サンに、渡したい物がありまして。今日が無理なら、その。今。今、受け取ってもらってもいいですか!……つ、つまらないもの、ですけど」

 藍色装束の懐から取り出した上等な桐箱を差し出す。スプレンディドは少しだけ呆気に取られていたようだが、緊張した面持ちに赤面したペネトレイトを見て柔かに笑み、それを受け取った。

「開けても?」

 彼の言葉にペネトレイトがコクコクと頷く。スプレンディドは桐箱を奥ゆかしく開き、その中を検めた。丁寧に包装された品を手に取り、嫋やかに包装を解く。そこから現れたのは、上質な厚手のハンカチーフだった。高価な品であることは見て取れる……ハクトウが普段身につける服飾よりかは、ワンランクほど価値は下回っているようだったが。

「僭越ながら、昇進のお祝いを……その、オフセの足しにでもしていただければ、幸い、です……」

 恐縮しながら段々と申し訳なさ気に小さくなる女の声。若き貴人はハンカチーフを綺麗に折りたたんで桐箱に入れ直し、それを自らの装束の懐に仕舞い込んだ。

「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」口元を綻ばせて彼は言う。「ふむ……そうだな。ペネトレイト=サン、君が無事アデプトに昇進したら、私もお祝いの品を贈ろうか」

「……え?」

「嫌かい」

「え、えええ?い、嫌だなんてそんな!そんな訳ないです、違います!嬉しいです!ただ、その、恐れ多いというか……!」

 慌てふためくペネトレイトに、スプレンディドは少年のような屈託のない笑顔を浮かべた。陰謀と殺伐が渦巻く万魔殿の息苦しさのなかで、彼女と過ごす時間は確かな安息を彼に齎した。美しいミルキーベージュの長い髪が揺れる様を見やり、贈り物を何にするか思案しながらスプレンディドは彼女を宥める。

「落ち着きたまえ、我がアプレンティス。気が早いよ。その気持ちはアデプトに昇格するまで取っておいて」

「は、はい。精進します!」

「ヨロシイ。では次の任務が降るまで、自由に過ごしていたまえ」

 そう言って彼は手を振り、ペネトレイトと別れた。彼女に見送られながら城内を行き、長い階段を上がっていく。途中、階段を降りてきた男のニンジャとすれ違った。頭巾とメンポに覆われ目元だけが露わになった顔、その目つきからは隠しきれぬ傲慢さが滲んでいる。スプレンディドは会釈をして彼の側を通り過ぎようとしたが、そのニンジャは神経質な声でスプレンディドを呼び止めた。

「やぁやぁ、ドーモ。スプレンディド=サン。エスカリエです」

「……ドーモ、エスカリエ=サン。スプレンディドです。ゴブサタしています」

 立ち止まって振り返り、ニコリと笑んでスプレンディドはアイサツを返す。エスカリエは大義そうに頷いて口を開いた。

「此度のマスター位階昇格。大変にメデタイことでありますな、スプレンディド=サン。今後のご活躍を心よりお祈りしておりますよ」

「ハハハ。ありがとうございます、アデプト・エスカリエ=サン。いつか同じマスター位階として肩を並べられる日を心待ちにしていますよ」

 怜悧な声に僅かばかりの棘を添えてスプレンディドは言った。言葉自体は柔らかであるが、エスカリエはその真意を汲み取っている。即ち嘲笑を。彼の瞼が微かにヒクついた。

 エスカリエはアデプト位階に属するニンジャだ。スプレンディドよりも先に組織に所属していたニンジャ。家柄が良く、カラテとジツも確かな彼は同位階の者やアプレンティスに対して大きな態度を取る。上層部には打って変わって媚び諂う。そういう男だ。

 常々エスカリエは自身を将来のグランドマスター候補であると言い張り、自らを誇示してきた。新参者且つ歳下であったニュービー当時のスプレンディドに対しても同様に、ネンコをアピールして見下してきたのだった。スプレンディドは理知的な男であるが、無感情では無い。エスカリエに与えられた屈辱を、張り付けた笑顔で彼はやり過ごしてきた。

 そして今このとき、逆転した立場で彼らは会した。スプレンディドはマスター。エスカリエはアデプトのままだ。エスカリエの実力は確かであるが、彼が属する派閥の主はエスカリエのことをそれ程好んではいない。彼の性格は、貴族主義の元に派閥の拡大を目指すかのグランドマスターからは煙たがられている。恐らくはこれからも、エスカリエはアデプトのままだろう。プラチナメンポの下でスプレンディドはほくそ笑んだ。

 そんな彼に向け、平然を装った穏やかな顔を見せるエスカリエ。その胸中が怒りに煮えたぎっていることは明確だった。彼が何事か言葉を発する前に、スプレンディドは当たり障りのない別れのアイサツを告げてその場を後にした。一方的な別れであるが問題はない。立場はスプレンディドの方が上なのだ。エスカリエが口にしようとしたのは、大方、所属派閥への誘いだろう。乗る気はない。エスカリエは口惜しげに別れ、負け惜しみの如くに尊大な仕草をとって階段を降りていく。

 その背を後目にスプレンディドは階段を上がり切り、キョート城からガイオンの街を見渡した。基盤目状に規則正しく整備された交通路、コンデンサめいて等間隔に配置された五重塔。美しく萌ゆる自然と調和したアーティファクト。

 華麗な街々を視界に、今後の展望をニューロンに思い描く。グランドマスターとの接し方、派閥との距離感。組織への忠義の示し方、マサラサマウジとしてのビジネス。煩雑に思考を巡らせ、それから溜息を吐いた。『キョートは時間の流れが遅い』……ミヤモト・マサシの遺した名句が脳裏を過ぎる。

「……まずはペネトレイト=サンへの贈り物を何にするか考えておこうかな。その方が遥かに良いや」

 そう独りごちて、声音を風に乗せた。風は冷たく、寂しく、吹き抜けていった。




◆◆◆





 ……それから長い月日を経た現在。タワーホテル『リジェンシ・セッショ』にて。

 特別応接室の掃除を特殊清掃担当員に任せ、ハクトウは壇上に立った。彼による、儀礼的な文言を奥ゆかしく修飾した開会のアイサツを以ってパーティは絢爛に幕を開けた。カチグミの資産家や由緒正しい貴族血統の者などが口々にハクトウを讃え、シャンパンを嗜む。ハクトウは当たり障りのない文言で答え、彼らと杯を交わす。

 広さ二百畳程の会場内に複数設けられたダイマル・テーブルに集う来客者らのグループひとつひとつに顔を出し、交流を深める。ビズの話や縁談の話が飛び交う。時にはハイクを詠み合い、互いを立てた。

 柔かな微笑みを顔に貼り付けて、若き貴人は会場内を歩く。一通り会合に顔を出して、彼は奥まった主催席に落ち着き、シャンパンを嗜んだ。声をかけてくる者には微笑みながら手を振るに留まり、自らの時間を確保していることを暗に示した。無理にコミュニケーションを試みるのは奥ゆかしさに欠ける行為であるため、来訪者らは会釈してそれとなく去っていく。

 ヤンスギのようなシツレイを働くレベルの者は招待していないため、パーティへの参加者は礼儀作法やキョート人らしい性質を備えた者たちのみである。それはある程度の快適さをハクトウに感じさせていた。彼はグラスを揺らし、誰にも悟られることなく小さな溜息を吐く。

 ああ、なんと退屈な時間だろう。ステージ上では気品ある装いをした演奏者たちの奏でるオコトやビワ、シャミセンが、小太鼓に合わせて旋律を踊らせている。ハクトウは退屈凌ぎにそちらに耳を傾けて時を過ごす。こうして一人で過ごしているだけでも自ずとカネは生まれて、彼の口座を潤わせている。カネを蒔いて、カネを育てる。そうして得たカネをギルドに上納する。虚無的な生産行為だ。

 マサラサマウジ・ハクトウに宿りしコウミョ・ニンジャのソウルが彼に齎したオフセ・ジツは、そうした虚無的なサイクルで力を得る。コウミョ・ニンジャの生きた平安時代より、浅はかで欲深な現代の方がオフセ・ジツは余程適しているといえよう。

 ハクトウは普段の生活の中でオフセを貯蓄しておくことで、ジツの欠点たる燃費の悪さをカバーしている。故に彼は、こういったくだらない催しを定期的に執り行う。ギルドへの上納と、己の担保のために。合理的な判断だ。合理的とは要するに、つまらないということ。

 つまらなさのなかで、彼は想起する。開会前にアスミに告げられたインシデントを。パーティ参加者のうちの数人がまだ会場に着いていないと彼女は言った。彼らと、彼らの送迎担当者らとも連絡がつかないようだった。アスミの表情は緊迫感を帯びていた。

 念のため、当初の予定よりも多くの警備をホテル内外に配置したうえでパーティは開かれた。参加者の規模やランクから、即刻中止とはいかなかった。会場内の壁際にオブジェクトめいて配備された物々しいロイヤルスモトリ重戦士らを訝しげに見る参加者もいたが、ハクトウはそうした者らの懸念に向けて、開会のアイサツのなかで万全な警備体制による安全性を力強く説いた。

 ハクトウは物憂げにグラスを傾ける。連絡が途絶えた者達のなかには、サヤラ夫妻も含まれていた。彼は夫妻との交流を心待ちにしていたが……彼らの身に何らかの不幸が起きていることは間違いない。ケビーシ・ガードより劣るとはいえ、送迎及び護衛を担当させた者らは練度の高い精鋭。仮に何者かに襲撃されたとしても、連絡ぐらいはつけられるはず。

(((ニンジャ案件かな、やはり。退屈は憂鬱だが、面倒ごともそれはそれで嫌なものだ)))

 薄紫色の髪先を指で梳く。彼の瞳が見やるは会場内のカチグミ達。何人が生き残って、何人が死ぬか。誰を助けて、誰を捨てるか。冷徹に思考を巡らせる。ニンジャの襲撃を受ければ、如何に彼やアスミのカラテが優れていようと、ロイヤルスモトリ重戦士が奮戦しようと、被害を完全に抑えることはできない。現実的な、妥当な判断。

 事態の鎮静後に、ホテル完成直後に起きた悲劇の事故、若しくは事件……そういった形に偽装して会見を開き涙を流してやればいい。そうすればまたカネは生まれる。ギルドの叱責は受けるかも知れぬが、即刻カマユデとはゆかぬだろう。ハクトウにもザイバツにも、立場がある。テウチを以て平定とす。それで丸く収まる。

 思案するハクトウの元に歩み寄る影あり。彼はそちらを見た。ダークネイビーのパンツスーツスタイル、朱色のカンザシで結えたミルキーベージュの髪。事態の確認を終えたアスミ・キナタコ……彼女の纏うアトモスフィアは既にペネトレイトの物となっていた。緊迫感ある面持ちではあるが、その仕草は嫋やかで、場の空気感を乱すことなく整然としている。未熟だったアプレンティスが立派になったものだ、とハクトウは感慨深く考えた。

「マスター、やはり襲撃です。会場までの道中、カネモチ・レーンに連絡が途絶えた参加者らの死体を確認致しました。警備は全滅。生存者はいません」

 鈴を転がすような澄んだ声音が淡々と事態を告げる。

「なるほど。襲撃者の姿は確認できたかい」

 グラスを机に置き、ハクトウは立ち上がった。アスミは待機しているロイヤルスモトリ重戦士らにIRCメッセージを一斉送信してから彼に答える。

「いえ……ただ、襲撃のルートからして……ここに向かってきているのは確実かと」

「だろうねぇ」

 虹彩に金色の光が帯びる。薄紫の髪にグラデーション状に金色が混じっていく。彼はパーティ会場のバルコニーを睥睨した。ニンジャ第六感が鋭敏に不吉を告げている。

「噂をすれば、だな。客人がお越しになられたようだ」

 色彩鮮やかなステンドグラスめいた豪奢な窓に蜘蛛の巣じみた亀裂が走る。一瞬後、儚く砕け散った窓ガラスの艶やかな色彩を呑み込みながら、コールタールめいた黒い波が会場に流れ込んだ。

 豪華絢爛なパーティの賑わいは一瞬の静寂の後、壮絶な悲鳴へと変じた。ロイヤルスモトリ重戦士達がパーティ参加者らを逃がそうと自らを盾にし、入り口の方へと誘導させる。轟く悲鳴と混乱。巨大な入り口扉に押し寄せる人々。スシ詰め殺到状態。彼らが幾ら押しかけても、扉は微動だにしない。外側から何かに押さえつけられているかのように。

 扉の眼前で後方の者らに押しつぶされそうになっていた参加者らが、扉の隙間から入り込んできた黒い液体を視界に入れて悲鳴を上げた。身動きが取れぬままに、彼らは扉をブチ破った暗黒の液体に呑まれていく。恐怖と混乱が伝播していく。

 ステージ上では訳もわからぬままに暗黒に食い潰された演奏者らの楽器が、物理衝撃と屍の指に押し当てられて背徳的なヴァンダリズムに踊り、プログレッシブな歪んだ不協和音を轟かせていた。それらもやがては呑み込まれて潰えていった。

 おお、ナムアミダブツ。アビ・インフェルノ・ジゴクの如し無惨な様相。真っ先に逃げ出した者らが死に絶え、逃げ遅れた者らが怯え竦んでダイマル・テーブルの下に身を隠している。生き残りのロイヤルスモトリ重戦士らは生存者らを守るようにしてドッシリと構えている。

 それらの惨劇を目の当たりにしながら、ハクトウとアスミは平然としていた。彼らが注意を傾けるのは黒い液体ではなく、殺戮のショーでもない。暗黒の波から現れた二人の男女の姿を、彼らは見据えていた。

 拘束具めいたニンジャ装束に囚人メンポ、病的な色白の肌をした痩せた男。黒髪をジゴクめいて逆立たせている。その傍に佇む、スリングベルトでサブマシンガンを肩掛けにした華奢な体躯の碧眼の少女。彼女は薄汚れたドレスポーチと、損壊した何かの箱を細腕に抱えていた。

 痩躯の男がヤンクめいて挑発的に首を傾け、ハクトウとアスミに濁った眼を向けて口を開く。

「ドーモォ……俺ァー、デスドレイン……」

 暗黒の蔦に持たせた死体の切断手首を合わさせて、デスドレインはアイサツをした。それらは両方右手であったため、合わせた手はアベコベだ。更に切断された頭部を携えた暗黒触手の鎌首を擡げさせ、オジギめいて傾かせた。そのまま彼はヘラヘラしながら、傍に佇む空色の瞳の少女の頭をガシッと掴んで、無理やりに頭を下げさせる。

「そンで、コイツはアズール。へへ、アイサツしとけよなァ、お前。オジギしろッての!こーンなご立派なとこにお呼ばれしてンだからさァ!シツレイだぜ!ドレスもボロッちいしよォー、へへへへ!」

 デスドレインは切断部位を適当に放り捨てた後、アズールの抱えたドレスポーチを乱雑に取り上げて不躾に中身を弄った。中からボロ切れのようになった二人分の招待状を取り出し、ポーチをそこらに捨てる。そうして指先に挟んだ招待状をヒラヒラとさせながら、彼は惨劇の会場を見やった。

「で?マサラサマウジってどいつだ。一番偉いヤツ!もう死ンじまッたか?」

「マサラサマウジ・ハクトウは私だよ」

 ハクトウは怜悧な声で言い、威圧的に一歩前へと踏み出した。端正な顔の鼻から下を、均整の取れたプラチナのメンポが覆う。彼の纏うフォーマルホワイトスーツが、差し色に金糸を交えた月白色の燕尾服めいたニンジャ装束へと変形する。優雅な仕草で彼はアイサツした。

「ドーモ、はじめまして。デスドレイン=サン。スプレンディドです」「ペネトレイトです」

 彼のアイサツにアスミも続いた。彼女の凛然とした麗しい顔には黒瑪瑙のメンポが生成されている。パンツスーツが変じた藍色のニンジャ装束、右腕の肘から先、手先までを纏う無骨なガントレット・ブレーサー。その外側に形成された砲筒は鈍い光を湛えている。

「へぇ?ニンジャがパーティやッてンのか。カネモチのニンジャが?」スプレンディドとペネトレイトのニンジャ装束にあしわられた『罪』『罰』菱形正方形エンブレムをデスドレインが剣呑に睨む。「……ザイバツも暇してンだな?まァいいや!オイ、アズール」彼は顎をしゃくって少女に呼びかけた。

 デスドレインの顔を見上げるアズールの腕から損壊箱を引ったくり、スプレンディドの眼前の床に投げつける。貴人はそれを見下ろした。サヤラ・アタネがプロデュースした、香水の詰め合わせパック……だった物を。ヒビ割れたスプレーボトルには暗黒物質が詰め込まれている。

「へへ、それやるよ。つまンねェもんだけど」

 愉悦に眼を弧にして悪辣に紡がれる邪悪な言葉に、ペネトレイトが不快に顔を顰めて舌打ちした。スプレンディドは彼女を横目に、悪魔じみた男を見据えて口を開く。

「いいや、結構。気持ちもいらないよ」涼しい顔をしながら怜悧な声で彼は言う。「ところでデスドレイン=サン。片割れはどうしたかな?……確か、ランペイジ=サン……ああ、シツレイ。故人だったね」デスドレインの眼が僅かに細まった。スプレンディドは肩を竦めて尚も続ける。

「オミヤゲ・ストリートの賊も今や君一人だな。それで……その娘は新しい仲間か。随分と幼いニンジャのようだが。それも凶悪犯罪者かね?」

 アズールの澱んだターコイズブルーの双眸がスプレンディドを見つめた。デスドレインは破り捨てた招待状を踏み躙りながらせせら笑って、少女の小さな肩に肘置きめいて片肘をついて体重をかける。

「へへへへ。新しい仲間だッてよ、アズール。俺の仲間だッて思われてンぜ……ヘヘッ、嬉しいか?」

「……嬉しいわけない」

 アズールはぶっきらぼうに答えた。デスドレインがケラケラと嗤う。

「ハハハハ!だよなァ。マーもパーも死ンじまッて、仕方なく着いてきただけだもンな?悲しいよなァ。お前、カワイソーなヤツなのにな?へへへへ……」

 自らの所業を悪びれることなく、彼は言葉を続ける。枝めいた長く細い指、その黒い爪でスプレンディドを指差しながら。

「な。アズール。アイツ、お前のことなーンも知らねェのにな。好き勝手言ッてさ……ムカつくよな?どうなンだよ、オイ」

「……」

 アズールは不機嫌そうに眉を顰めた。その苛立ちがスプレンディドに向けられたものなのか、デスドレインに向けられたものなのかはわからない。痩躯の悪魔は彼女の肩から肘を離し、それから小さな両肩に手を置いた。

「へへへへ!ムカつくよな!なァー!?ムカつくならどうすンだ?エェ?アズール。アズール!」

「……黙ってて……!」

 少女が彼の手を払い退けた。バシャリ、バシャリ。二人の足元に拡がるアンコクトンに、成人男性の頭部ほどの大きさの獣の足跡が生じる。アズールの傍らの空気が揺らいで、アブストラクトな狼めいた巨獣の輪郭線を朧に描く。デスドレインは愉快そうに笑った。

「フム。姿見えぬ、不可視の獣……」

 スプレンディドは研ぎ澄ましたニンジャ第六感とニンジャ視力による凝視を持って、透明の獣の存在を僅かに捉える。不可視の上に、よく気配を隠している。厄介そうだ。続けて彼はサブマシンガンを構えるアズールを睨みつけた。微かに身を竦ませる少女を庇うように獣が彼女の前に立つ。

 獣は何らかのジツで、それを使役するのがアズール。スプレンディドはそう結論付けた。本体は如何にも脆弱そうな、非力な少女。真っ先に殺すべきはアズールか……それらの思考は実際一秒にも満ちていない。ニンジャの極限加速ニューロンがその高速思考を可能にする。

 スプレンディドはペネトレイトに視線を向けた。「やれるな。ペネトレイト=サン」「ハイ。マスター・スプレンディド=サン」彼女は頷き……そして目を見開いた。「……スプレンディド=サン!」瞬間、香水スプレーボトルに詰め込まれていたアンコクトンが突如としてボトルを突き破り、付近の暗黒物質と一体化して電撃的な速度で彼に飛びかかった!

「イヤーッ!」

 しかしスプレンディドは危なげなく最小限のムーヴでこれを容易く回避。通り過ぎていった暗黒物質は会場の壁にブチ撒けられてヘドロめいてへばりついた。デスドレインは漆黒の瞳に殺意を滲ませてスプレンディドを睨め付けている。

「ガキにお熱か?余裕そうだな?そういうの、イラつくンだよなァー」

「気を悪くしたか?それは結構。さて……君たち薄汚れた犯罪者一味を招待した覚えはないが。こうしてわざわざ顔を出してくれたのならば、饗して差し上げようじゃあないか」

 彼が言い終えると同時に、ペネトレイトが駆け出そうとした。ガントレット・ブレーサーにカラテを込めながら、彼らから離れるように。直後、デスドレインの足元に拡がる暗黒の沼から触手が弾丸じみて飛び出し、彼女に襲いかかった。アブナイ!……「イヤーッ!!」

「……アァ?」

 発されたカラテシャウトに伴う光景にデスドレインが不愉快そうに首を傾げた。スプレンディドの光帯びた手に打ち据えられたアンコクトンが痙攣しながら萎縮し、主人の元へと戻っていく。ペネトレイトはその光景を見やることなく駆け出し、彼らから離れていく。デスドレインは苛立ち気に頭をバリバリと掻いて若き貴人を睨んだ。

「ンだよ、オイ。テメェもカラテすンのか?アァ?」

「フム?これはまた、異な事を言うね?」スプレンディドは片腕を横に突き出し、先ほどアンコクトンを払った手を握りしめた。彼の手に纏っていた金色の光が棒状を象っていく。「ニンジャとは、畢竟、カラテする者なり。そうだろう?」握りしめた拳を開く。光が金色の錫杖を生成する。実体化したその柄を強く握りしめ、構える。

「ンなこたァ知らねェんだよ!イヤーッ!」

 デスドレインが両手を突き出し、多数のアンコクトン・ジツの触手を放つ!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 スプレンディドは黄金錫杖を振るい、暗黒物質を打ち据え、吹き飛ばしていく。散らされたアンコクトンが萎びれ乾いて砕ける。

 BRATATATATA !!!

 アズールが歯を食いしばりながらサブマシンガンをスプレンディドに向けてフルオート射撃を浴びせた。

「イヤーッ!」スプレンディドは光の円を錯視させるほどに素早く錫杖を眼前で回し、銃弾を容易に弾き砕く。「イヤーッ!」回転の勢いそのままに錫杖からカラテ・ミサイルめいた光球を虚空に向けて発射。デスドレインとアズールが居る方向とは見当違い、明後日の方向に光球は飛んでいき……空中で何かに当たって弾け飛んだ。

「GRRRRR……!!!」

 獣の苦し気な唸り声が響く。スプレンディドの死角で身を潜めていた透明な獣は悶えながら再び気配を隠した。恐るべきマスター・ニンジャは鼻を鳴らしてデスドレインらを見る。悪魔じみた男は彼を見据えて声を荒げた。

「アアアッ畜生!ムカつくンだよテメェ!ナメたツラァしやがッて!ザイバツのカネヅルのボンボンがよォーッ!!」

「カネヅルの。ボンボン」

 スプレンディドは目を丸くして罵倒を復唱した。それから愉快そうに笑った。

「ハハハ!カネヅルのボンボンか。良いね、良い肩書き!刺激的だ」錫杖を演舞めいて振るい、油断ならぬクドク・カラテを構える。「普段耳にしないような荒々しい言葉遣いを聞くのは、嫌いじゃあない」彼の薄紫色の髪にグラデーションじみて混じる金色の光と、虹彩に宿る金色の光とが強く輝く。それらに呼応するかの如く、彼の月白装束の輪郭部分が黄金の発光に縁取られていく。

「フム。そうだな……肩書きを付け加えさせてもらうよ。私はスプレンディド、ザイバツ・マスターニンジャ。マサラサマウジ家の当主。そして、コウミョ・ニンジャを宿すアーチ級ソウル憑依者だ」

「ゴチャゴチャうるせェんだよ!」

 苛立つデスドレインの側でアズールが何かに気づき、スプレンディドから視線を逸らした。空色の瞳が見やるのは、会場内の壁を走る女ニンジャのガントレット・ブレーサーの不穏な光。熱帯びた光……!



#5へ続く

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