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Off Flavor入門〜㉒メルカプタン

前回からの続き
前回まではオフフレーバー界のラスボスともいうべきダイアセチルを2回にわけて紹介しました。今回はメルカプタンです。ダイアセチルに比べたらマイナーですが、しっかり抑えていきましょう。


化合物としての特徴

メルカプタン(メタンチオール)


メルカプタン(mercaptans)という用語は正式にはチオール類を表し、水素化された硫黄であるメルカプト基(-SH)を末端に持つ有機化合物の一群です。ビール業界または醸造業界でメルカプタンという時はメタンチオール(Methanethiol)、別名メチルメルカプタン(Methyl Mercaptan)というCH4Sの化合物を指すことが多いです。なので、以後はメルカプタン=メタンチオールということで話を進めます。
メタンチオールという名前のとおり、メタン(メチル基)にチオール(メルカプト基)がついたシンプルな構造です。

静電ポテンシャルマップ

チオール(-SH)はアルコール(-OH)の酸素原子が硫黄原子で代替されたもので、アルコールと似たような反応性を示すとされます。硫黄は電気陰性度2.58で、炭素(2.55)とほとんど変わらないのですが、静電ポテンシャルマップを見ると分かるとおり電子を引き寄せる効果はそこそこあります。これは硫黄の原子半径が大きくて分極率が高いためと説明されます。硫黄が電子を引き寄せているので、硫黄と結合している水素はプロトンとして解離しやすく、アルコールと同じように弱い酸性を示します。
メルカプタンは、石油精製工程で発生することで知られていますが、自然界でも沼などで発生するそうです。また、ある種のチーズの香りにはメルカプタンが含まれ、それが特徴香となっています。というわけで自然界でのメルカプタンの発生には生物による代謝が関係しています。つまりビールに存在するメルカプタンも酵母や細菌の代謝の結果というわけです。

臭い

典型的なメルカプタンの官能的な説明は、汚れた排水溝、生ゴミ、煮込んだキャベツ、腐った玉ねぎです。かなり不快な臭いで、腐敗臭のような感じですね。

閾値と分析方法

官能閾値は1〜1.5ppbで非常に低いです。わずかでもビールに存在するとオフフレーバーとして感知され、バランスを崩してしまいます。チオール類を含む硫黄化合物は閾値が極めて低い傾向があります。
分析方法はもっぱら官能評価によるものが主流です。定量分析は、このように非常に低い閾値の化合物に対しては簡単ではありません。GCを使う場合は硫黄成分の検出に特化した検出器が必要なようです。

生成とコントロール

生成は汚染によるものと酵母の自己融解(Autolysis)によるものがあります。汚染の場合は、ペクチネイタス属(Pectinatus)、メガスファエラ(Megasphaera)属によるものが多いようです。これらの変敗菌はメルカプタンや硫化水素などの硫黄化合物の生成が通常の酵母より旺盛でしばしばオフフレーバー化します。
もう一つの生成経路である自己融解を説明するために、ビール酵母がメルカプタンを生成する過程を見ていきたいと思います。

メルカプタンの生成

酵母はアミノ酸代謝によって硫黄原子を取り込み、アミノ酸の一種メチオニンを生成します。アミノ酸がタンパク質の部品になるので、酵母はメチオニンを蓄えておく必要があるのです。硫黄原子は元々は麦汁やビール中に硫酸イオン(SO4 2-)として存在しているものを酵母が細胞内に取り込み、異化によって亜硫酸イオン(SO3 2-)、硫化物イオン(S 2-)へ分解して使われます。最終的には、メチオニンが脱離酵素によってメタンチオールに分解されたり、逆にメタンチオールがアミノ基移転酵素によってメチオニンが生成されたりという反応を往復して、平衡状態になります。つまり、メチオニンの生成過程でメタンチオールが一定量できてしまうということですね。
酵母が活性を失い自己融解するとメタンチオールはビールに放出されます。これが閾値を超えることでオフフレーバー化するというわけです。ラガー酵母はエール酵母よりメタンチオールの生成が多いとされおり、酵母の株によっても生成量が変わってくるようです。
生成原因としてもう一つ言及しないといけないのがドライホップです。ホップ由来の硫黄化合物が精油成分とともにビールに移行し、その濃度が高くなるとメルカプタン特有の排水溝のような不快なフレーバーが表れます。特にドライホッピングの浸漬時間が長くなると意図しない硫黄化合物の移行が多くなるようです。

コントロール

人間のニーズを理解すれば、それを満たす仕事は半分終わったようなものだ。

アドレー・スティーブンソン(政治家)

いきなり脈絡のない政治家の発言を引用してしまいましたが、コントロールを書く時にいつも感じることです。オフフレーバーの生成過程が分かればそれに対するコントロールは自明ですね。
メルカプタンは、汚染、酵母の自己融解、ドライホップ時の硫黄化合物の取り込みが主な生成経路です。汚染に対するコントロールは酢酸、酪酸、カプリル酸、ダイアセチルなどで触れたとおりで、衛生管理ということになります。自己融解対策は、酵母との接触時間を適切に管理することになります。酵母抜きが遅れると自己融解によってメルカプタンがビールに移行するリスクが高まります。ドライホップに関してはも接触時間の管理が肝になります。また、大量のワールホップホップをした時などはいわゆるコールドトルーブの除去も重要になります。ホップから必要以上に硫黄化合物が移行するリスクを最小化するということです。

次回へと続く

今回はメルカプタンでした。チオールは初登場ですね。次回はTHPです。このシリーズで取り上げるオフフレーバーの中でもトリッキーな部類に入ると思います。お楽しみに。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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