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ビールと水〜⑪アルカリ度のラスボス!?残アルカリ度

前回からの続き
前回までに見てきたアルカリ度、平衡、カルシウム(マグネシウム)の固定化作用を使って導き出されるのが、今回紹介する残アルカリ度(Residual Alkalinity)です。

残アルカリ度(Residual Alkalinity)とは

Paul Kohlbach氏によって1940年代に提唱された、ビール醸造の用語です。ビール用語なので一般の化学書籍には載ってないと思います。前回カルシウムがアルカリ度を無力化するという話をしましたが、その働きを考慮した数値が残アルカリ度です。
まず数式を見て見ましょうか。mEq=ミリ当量換算で表すと下記のようになります。
RA(mEq/L) = Alkalinity(mEq/L) - [(mEq/L Ca)/3.5 + (mEq/L Mg)/7]
アルカリ度を出発点にして、カルシウムとマグネシウムがあると実質的なアルカリ度が下がっていくという意味の式になっています。カルシウム(マグネシウム)は実際にはリン酸と反応するのですが、反応の相手であるリン酸は麦芽中に大量にあるので数式には登場しません。
この式から下記のことが読み取れます。

  • カルシウムとマグネシウムを添加することで残アルカリ度が下がる

  • カルシウムのほうがマグネシウムより残アルカリ度を下げる効果が2倍程度高い

ちなみにアルカリ度で一般的なCaCO3換算で表すと下記の式になります。
RA (as CaCO3) = Alkalinity (as CaCO3) - [(Ca (ppm)/1.4) + (Mg (ppm)/l.7)]

mEq/Lとは

単位の換算は得意ですか?私は苦手です。。。ややこしいですよね。mol、質量、体積、圧力、絶対温度などの換算は頭が痛くなりますね。これらに加えてアメリカのローカル単位が厄介ですよね。華氏(°F)、バレル、オンス、インチなど。
さて、mEq/Lは電解質の濃度を表す単位で、溶液1Lに溶けている物質の当量数です。Eqはequivalent(イクイバレント)の略、mEq(ミリイクイバレント)はEqの1/1000の単位です。この単位のポイントは電荷数に応じた換算をすることです。
1mmol/LのCa 2+と1mmol/LのNa+はそれぞれ下記のように換算されます。
Ca 2+ 1mmol/L = 2mEq/L (電荷数が2)
N+ 1mmol/L = 1mEq/L(電荷数が1)

molと当量は電荷数の調整だけなので簡単ですが、ppmとmEq/Lの関係はぱっと思いつきにくいです。例えば100ppmのHCO3-は、CaCO3換算だと81.84ppmになりますが、ミリ当量だと1.64mEq/Lです。ややこしいですね。理解を深めるために小菅村の水質データの換算表を作成してみました。

mg/L、mEqなどの換算表

まずはmmol/Lを求めて、それに電荷数(Charge)をかけるとmEq/Lになります。30ppmのHCO3-は0.49mEq/Lなので、0.49mmol/LのH+があればHCO3-はほとんどH2CO3になって、緩衝能が無効化することになります。
表には参考としてppmのCaCO3換算も載せてみました。アルカリ度は一般的にはCaCO3換算で表すことが多いです。またCa 2+とMg 2+をCaCO3で換算したものを合計すると総硬度(アメリカ硬度)になります。

アルカリ度の整理

Tアルカリ度とか残アルカリ度とか、いろいろな種類が出てきて食傷気味ではないですか?そんなわけで、アルカリ度の総まとめとして図解してみました。いろいろな種類のアルカリ度のpHに対する守備範囲と思って見てみてください。インチキコンサルタントが書きそうなポンチ絵ですがご容赦ください。

アルカリ度総まとめ

Pアルカリ度、Mアルカリ度、Tアルカリ度の関係はこんな感じです。ビールの世界ではアルカリ度と言えばMアルカリ度というのは以前説明したとおりです。残アルカリ度は、アルカリ度からCa 2+とMg 2+の影響を控除したものです。Mアルカリ度と残アルカリ度はいずれもpH4.5までの中和に必要な酸の量です。実際にはビールではMash pH4.5まで下げてしまったらやりすぎなので、Mash Target pHである5.2-5.6前後に合わせて考える必要があります。そこで登場する概念がZ pHです。詳しくは書籍「Water: A Comprehensive Guide for Brewers」を読んでいただければと思いますが、Zはドイツ語でゴールを意味するZielから来ています。

残アルカリ度以降

最適なMash pHであるZを目指して、pHを下げていくオペレーションですが、残アルカリ度以降は麦芽と醸造工程の話になります。再びポンチ絵にするとこんな感じでしょうか。

pHを下げていく仕組み

上向きの矢印はアルカリ度などの緩衝能で、pHを下げるのにあたっては抵抗勢力となります。抵抗を打ち消してpHを下げていく力が水色の下向き矢印です。麦芽が持つ成分には酸も塩基もありますが、全体として見ると酸が多いので、pHは下がっていきます。Mash pHのコントロールは基本的にはイオン成分(主にCa 2+)と麦芽で行いますが、最後のひと押しの調整を乳酸などで行うのがセオリーです。

次回へと続く

今回はラスボス級の残アルカリ度を取り上げました。これ以降のpHコントロールは水の話というより麦芽の話になっちゃうのですが、次回はどうしようかな。一応麦芽の話を少ししようかと思っています。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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