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美味しそうなものが少しだけ出てくる小説②

小説、ドラマ、映画で出てくる「美味しそう!」なものたち。お話の中に少しだけ出てくるそれらを以前ご紹介しましたが、それのパート2です。

またしても、グルメ小説ではないけれど、「美味しそう!」なものたちが出てくる私オススメの小説を5つあげてみました!


梨木香歩「西の魔女が死んだ」

学校に行けなくなった中学生のまいは、しばらくおばあちゃんの家過ごすことに。イギリス人であるおばあちゃんは、庭でハーブや野菜を育て、ジャムを手作りしたり、ハーブで虫除けを作ったりと、自然からのたくさんの恵みと共に暮らしています。ある日、おばあちゃんから実は魔女なのだと言われ、まいはおばあちゃんのもとで魔女修行を始めることに・・・。

ここで登場する「美味しそう!」なものたちは、全部おばあちゃんの愛情に溢れていて、胸が暖かくなるような、泣きたくなるような、そんな気持ちにさせられます。

おばあちゃんの家に到着してすぐのお昼ごはんに作ってもらったサンドイッチ
”「サンドイッチをつくろう。裏の畑にいってレタスとキンレンカを採ってきて」・・・ママは薄く切ったパンにバターを塗っていた。おばあちゃんはいり卵を作っていた。バターに卵のとけるいいにおいが部屋じゅうに広がっていた。"

裏庭でとれた木いちごで作ったジャム
”「今年はまいが手伝ってくれたので、本当に助かりました。」・・・薄く切ったかりかりのトーストにバターを塗り、できたてのジャムをスプーンですくって載せ、ねぎらうように、まいにそれを渡しながら、おばあちゃんが言った。“

おばあちゃんに叩かれたあと、気まずい気持ちで食べた夕ご飯
”トマトスープと、バナナとりんごにヨーグルトをかけたサラダがテーブルの上においてあった。おばあちゃんは手早くスープを温めなおし、薄く切ったトーストを焼いた。まいはふくれっ面をしてしゃべらなかった。・・・"

どの「美味しそう!」なものたちも、おばあちゃんがまいのために心を尽くして用意してくれたもの。おばあちゃんの孫に対する愛情は、親とはまた違う意味での「無償の愛」なんだとしみじみと感じました。

実はこの本は私の娘の愛読書でもあります。
友達関係で躓いたとき、この本を読んでずいぶんと救われたそう。
お守りがわりに学校へ持っていったこともあると聞いて、親として力になれなかったことを不甲斐ないと思うと同時に、娘の支えになってくれたこの本にとても感謝したのです。

まいも、おばあちゃんの家で過ごした日々に勇気をもらい、それが前へ踏み出す第一歩となったのでしょう。きっと「美味しそう!」なものたちも一役も二役もかったはず。読んでいた私までとても暖かな気持ちになり、元気をもらえたのですから。


ヤンソン「たのしいムーミン一家」

かの有名なフィンランドが生んだキャラクター「ムーミン」のお話。

埼玉県にテーマパークもありますし、グッズも数多くありますから、どの世代の方も良くご存じかと思います。ちなみにアラフィフの私が子供の頃にはアニメも放映されていました。

このお話の中に出てくる「美味しそう!」なものたちは、ムーミンたちのほのぼのとした魅力的なエピソードと共に度々登場してきます。

飛行おにの帽子に水を入れるとできる木いちごのジュース
”ぼうしの中からは、にごった水がうずをまいて川の中へ流れ出していました。・・・真っ赤な水です。
ムーミンとロールは前足をその中へいれて、用心深く、その水をなめてみましたが、思わずつぶやきました。
「あれれっ、木いちごのジュースじゃないか。こりゃすげえや、これからは、このぼうしに水をいれさすりゃ、ほしいだけ、木いちごのジュースが手にはいるぞ。ばんざあい。」”

暑さで機嫌が悪くなったムーミンたちがほらあなへ探検に行く時にもっていく食べ物たち
”もってきた食べ物は、きっちり同じ大きさの6つの山にわけました。その中には、ほしぶどういりのプディングもあるし、かぼちゃのジャムやバナナや、さとうがしの子豚や、味をつけたとうもろこしもありました。そう、あしたの朝ごはんに食べるパンケーキまで。”


ママのハンドバッグを見つけてくれたトフスランとビフスランのためのパーティーで、ムーミンパパが作ったポンス(果物入りのお酒)
”アーモンド、ほしぶどう、はすのジュース、ジンジャー、さとう、にくずくの花などに、レモン2つ3つをくわえ、それから味をとびきりよくするために、イチゴ酒をちょっぴりまぜました。ムーミンパパは、それをこしらえながら、ちょいちょい味見をしてみました。・・・とても素晴らしい味でした。”

ムーミンたちはいつでもどんなときでも、楽しむことを忘れずに毎日を過ごしています。思い立ってピクニックに行ったり、ハンドバッグが見つかった記念にパーティーを開いたり、暑さがひどいと涼しいほらあなに探検に出かけたり。

ピクニックで遭遇した嵐でさえも、次の日にたくさんの宝物を見つけるための楽しいイベントとなってしまうのです。

日々忙しいと、毎日を楽しくすることなんて考えられず、とにかく1日をなんとか過ごすことばかりに気持ちがいってしまいますよね。
もしムーミンたちのように、楽しいことばかりを追求して暮らしてみたら、どうなるのかなぁ・・・なんて考えてしまいます。

現実は仕事もあるし、ウンザリするような雑事に追われる日もある。でもそんな日々も、ムーミンたちがピクニックで遭遇した嵐の日のように、次に訪れる楽しい日のための準備の日だと思ってしまえば、ある意味毎日が楽しい日になる(はず)。

ちょっと無理があるかもしれないけど・・・。
大変さを嘆いてばかりよりは、幸せに近づけるかもしれませんね。

なかなかそういうふうに思えないよ・・・という場合はこの本を読むだけでもいいかも。
さすが幸福度ランキングNo.1の国で生まれた物語。
読むだけでも楽しく幸せな気持ちになれるので、私は今でも時々読み返しているのです。

銀色夏生「魂のままに生きれば、今日やることは今日わかる つれづれノート40」

私が銀色夏生さんを知ったのは中学生の時。当時美人で頭がよく運動も得意と神様が二物も三物も与えたような同級生がいました。

卒業文集でその同級生が銀色夏生さんの詩を紹介していたのですが、詩から感じられる透明感や儚さが彼女の雰囲気にピッタリで、素敵だなぁと更に彼女への憧れを強くすると同時に、「銀色夏生」ってどんな人なんだろう?きっと同級生の彼女のように繊細でガラス細工のような人なんだろうなぁ・・・と勝手に想像していた思い出があります。

その後詩集を何冊か読んだことはありましたが、大人になるにつれて手にとる回数は減ってしまいました。そして30代をすぎたころ、日々の暮らしを綴ったエッセイであるこの「つれづれノート」に出会い、久しぶりに銀色さんの作品に再会。

1作目は1991年発行。30年を経た今、シリーズは40作を超え、銀色さんの日々の生活、色々なことへの想い、幼かったお子さんたちが社会人になっていく成長過程などを楽しく読んできました。

つれづれの中の銀色さんは、詩の雰囲気からは想像できないぐらい普通な感じ(良い意味で)でした。性格や考え方などは、繊細でガラス細工のようだという私の想像に近いのかもしれませんが、少なくとも普通に子育てをし、家事をし、日々の生活を営んでいることがまず驚きだったのです。アイドルはトイレに行かないと思ってしまう(思いこもうとする?)熱烈なファンのような思想に近いのかもしれません・・・。

そして特に驚いたのがお料理がとてもお上手なこと!私では思いつかないような色々なメニューを手作りされてて、本当に美味しそう!

一人の夜の晩御飯。玄米ご飯、人参とシーチキンのサラダ、大根と豚肉のしゃぶしゃぶ、大根と油揚げの味噌汁

卵黄を真ん中に落とすのを忘れたことにあとで気づいてショックだったひき肉とアボカドのドライカレー

おやつに食べるジャガイモをスライサーで薄く切って揚げて塩コショウしただけのシンプルなポテトチップ

あまった筍の水煮をなんとかしたくて作った筍のオイル漬け

私も料理はそれほど嫌いでないのですが、一人だとほぼ作らない、もしくはカップラーメンとか、お弁当買ってきちゃうとかで済ませてしまいます。

もちろん外食やテイクアウトしている描写もたくさんありますが、「一人分を料理する」という概念が全くない私にはじゅうぶん驚きでした。

今回はシリーズ40作目を紹介していますが、どのシリーズも日々の食事や、おやつ、旅行などでたくさんの「美味しそう!」なものたちが出てきます。

尚、この「つれづれシリーズ」ですが、巻によっては読者レビューがあまり良くないものもあります。

確かに銀色さんの考え方や生き方に共感できない部分もありますし、自分とはかけ離れてて「住む世界が違う・・・」と思わせられることも多いです。でもそれらも含めて読むのが楽しく、また私の知らない世界や考え方を見せてくれていると思うのです。

かーかやさくと行く贅沢な海外旅行で、御飯が美味しくなかったり、疲れて親子で喧嘩したり。

高級な食事を食べる期間と称して、連日豪華な食事をし、時には「あまり美味しくない」と感想をもらしたり。

「美味しそう!」なものだけに当たればいいけれど、時には「うーん、ちょっと・・・」と思うものに出会ってしまうときもある。
そんな銀色さんの正直な部分は、私はかなり好きなので、今後の徒然ノートも楽しみにしていこうと思っています。

坂木司「動物園の鳥」

高校時代のいじめが原因で引き込もりになった鳥井真一。そしてそんな鳥井の唯一の理解者であり、外の世界と鳥井とをつなげる役目であろうとする坂木司。

当初は坂木以外の人間には心を許さず、誰とも交流しようとしなかった鳥井ですが、身近な謎を解決することで、たくさんの人たちと出会い、徐々にその世界を広げていきます。そのことを心から喜びつつも、自分が鳥井の唯一の存在で無くなってしまうかもしれないことを寂しく思う坂木。

鳥井や坂木だけでなく、謎をはこんでくる人々も皆、種類の違う様々な傷や葛藤、弱さ、そして優しさ、強さを持っています。

それに直面しながら、徐々に変化していく二人の関係性。

この「動物園の鳥」は「青空の卵」「仔羊の巣」に次ぐシリーズ3作目であり、本シリーズの完結版となります。

鳥井は引きこもりなだけあって、ほぼ自炊の生活をしているのですが、凝り性なのもあり、シリーズ全編通してどのメニューもプロ顔負けなのです。

玉ねぎをキロ単位で取り寄せ、様々なパターンを研究しながら作ったインドカレー

生の牛肉をたたいてパテをつくり、ほくほくのフライドポテトを添えて提供するアメリカンスタイルのハンバーガー

もみじおろし、ケチャップ、タバスコ、ポン酢、カボスなど、自分の好きな味付けで楽しむ箱買いした生牡蠣

中でも一番美味しそうなのは、この「動物園の鳥」に登場する、寒い日に釜めし用の土鍋で一人分ずつ作る温かいポトフ
”・・・湯気の立つ土鍋をテーブルに運ぶと、歓声が上がった。蓋を取ると、なにやら洋風な香りがする。・・・中にはじゃがいもを筆頭に人参、キャベツ、ソーセージがごろごろと入っていた。・・・それからしばらくは全員が喋らなかった。ただ黙々とブイヨンのしみ込んだ熱々の野菜を切り、ソーセージにマスタードを塗り付けて口へと運ぶ。途中、誰かが鼻をすする音がしたが、全員自分の鍋の中しか見ていなかった。”

動物園で起きたとある事件を解決した後、皆で鳥井の家でこのポトフを食べることに。

最初は坂木と二人だけの世界を生きていた鳥井ですが、この3作目のラストではちゃんと人数分の土鍋を用意し、たくさんの人たちに当たり前のようにごく自然に料理を振舞うのです。そんな鳥井の変化に、坂木でない私でさえも胸が熱くなってしまいました。

人は皆弱さや傷を抱えて生きています。でも辛い時に一緒に食卓を囲んで「美味しいね」と言い合いながら、美味しいものを食べるだけでも気持ちがちょっと変化することがある。そういう少しの「美味しいね」を積み重ねていけば、かたくなになったり、傷ついたり、前に進むことを恐れてしまったり、そんな人たちの心をも少しずつほぐすことができるようになるのかも。いえ、そうあってほしいと思っています。

恩田陸「木曜組曲」

女流作家重松時子の服毒死。その死に居合わせた編集者えい子と時子の親戚でもある4人の若い物書きの女たちは、毎年二月の第二木曜日を挟む3日間、彼女の死を悼むために集う。
彼女の死から4年たった今年、「何故時子は死んだのか?」「自殺でなく本当は他殺でないのか?」「皆は時子をどう思っていたのか?」など、今まで触れなかった核心にせまることに。

内容はミステリー要素を含んでおり、ともすれば重苦しくなってもおかしくないのですが、知的魅力にあふれる会話のやりとりや、女同士の集まりの独特な賑やかさで、落ち着きつつも軽やかで明るい作品だと思います。

どの女たちも食べることが好き。編集者のえい子が作る料理はそんな皆の胃袋も心も満たします。

野菜不足という強迫観念につきまとわれている4人にいつも歓迎されるほうれん草のキッシュ

睡眠不足、ヘビースモーカー、ビタミン不足・・・4人ひとりひとりを思い準備したパーティーメニュー。
”真鯛のカルパッチョ、牡蠣の豆鼓蒸し、海苔と切干大根の胡麻酢サラダ、ブロッコリーと木綿豆腐のあんかけ、ポトフ”

二日酔いでバラバラと起きてくる女たちのために準備する濃い紅茶と濃いコーヒー、カリカリのトースト、クラムチャウダー、冷たいトマトと玉ねぎに暖かいヒジキのドレッシングをかけたサラダ、グレープフルーツとキウイ

時子の死に直面し呆然と座り込む4人の娘たちに、「何か温かいものをつくらなければ。」という衝動的な思いに駆られ、作ろうと思いたったかきたま汁

そして直接的な食べ物の描写ではありませんが、私が特に好きなのは時子が木曜日を気に入っていた理由。

”木曜が好き。大人の時間が流れているから。丁寧に作った焼き菓子の香りがするから。暖かい色のストールを掛けて、お気に入りの本を読みながら黙って椅子にもたれているような安堵を覚えるから。木曜日が好き。週末の楽しみの予感を心の奥に秘めているから。それまでに起きたことも、これから起きることも、全てを知っているような気がするから好き・・・。

ゆっくりと時間をかけて本を読み、お菓子を食し、お茶の香りを堪能し、もうすぐやってくる週末への期待感をゆっくりと感じる。木曜日という1日をじっくり味わい、楽しむ。

読むだけで温かな紅茶とマドレーヌの甘やかな香りがしてきます。そんな贅沢なひととき、良いですよね。そして私も、時子やこの家に集う5人の女たちのように、その贅沢さをちゃんと感じることのできる人間になりたいと思うのです。


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