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X-T5とSIGMA18-50mm F2.8 DC DNを手放しました

写真はカメラがないと撮れない。
いきなり某議員構文のようなことを書いてしまいましたが、ここのところ改めてこの事実を痛切に感じています。最近、「散歩がてら気軽にシャッターを押して写真を撮りたい」「どこか行ったついでに写真を撮りたい」という、「なんとなく写真を撮りたい」と思うことが多くなりました。そのようなスタイルに合ったカメラはどのようなものか、考えています。

発売されてしばらく経過しても、いまだ品薄状態のFUJIFILM X-T5とSIGMAの標準ズームレンズ、18-50mm F2.8 DC DN X-Mountを売却しました。

珍しく、カメラ・レンズともに発売日前から予約を入れるほど、スペックは気に入っていました。しかしながら、使っていくうちに「なんか違うな」「テンションが上がらないな」と思うことが増えてしまいました。

最初は気に入っていたX-T5のシャッターフィールも、X-Pro2のそれには敵わない。軽いシャッターでも重いシャッターでもない独特の感じが、肌に合わないようになってしまいました。
4020万画素という高画素になったX-T5のセンサーも、私の用途ではここまで必要なかったな、と思います。プリントもしないですし、人物を撮るとなんとなく肌の質感に違和感を覚えます。おそらく画像処理エンジンのチューニングが、私の好みと合っていない。別に作品集を出す予定もないですし、一枚一枚の画像の容量が大きいので、iMacの容量をがっつり削り、ソフトで気軽に次々にパパッと閲覧したい時も、タイムラグがどうしても出てくる。そこまでして、この高画素は必要なかったのです。

レンズも、X-T5とあまり相性が良くない印象を受けます。そこまで悪条件ではない場面でもパープルフリンジが壮大に出てしまいますし、写真を見返しても「おっ」となるような写真がなかなか出てこない。なんとなく立体感に欠けるような印象を受けてしまいます。私はRAW現像はしないので、JPEG撮って出しでフリンジが出たり、なんとなく色味が違うな、という写真は致命傷なのです。
またX-T5のクラシカルなデザインと、SIGMA 18-50mmの現代的なデザインはマッチしません。机に置いてふと見かけた時に「おっ、やっぱりかっこいいな、持って出かけようかな」というテンションになりにくい。これは購入前からわかっていたことですが、カメラの見た目が、写真を撮るテンションに想像以上に直結すると気がつきました。

このような小さなストレスが、カメラを持ち出す頻度を減らし、そのまま防湿庫にしまっておくケースが増えました。今だったら品薄で下取り価格も期待できる。何よりこの綺麗な状態のカメラを手元に置いておくのはあまりに勿体無い。今のうちに他の方に使っていただくのが一番いいのではないか、という気持ちになり今回売却しました。
いずれも良いカメラ・レンズであることは間違いありません。X-T5は素晴らしいデザインに小さな筐体にしっかりとした手ぶれ補正。最新のセンサーとエンジンで被写体認識もしっかり。AFも早い。
SIGMA18-50mmはあのコンパクトさと軽さでF2.8通し。言うことはないのですが、実際に使っていくうちに、小さな好みのすれ違いが重なり、使わなくなったということだけなのです。

「写真の腕をカメラのせいにする人がまだいるんだ」という書き込みをよくみます。おっしゃる通り。写真が下手なのは自分の腕が悪いだけ。しかし、その腕を磨くためには、フィーリングが合うカメラとレンズでないといけないと私は思います。写真に限らず全てにおいて言えることだと思っています。自分に合っていない道具を使っても、テンションも上がらないですし、腕を磨くための量を確保しにくい。写真の場合はシャッターを切る回数が減る。
この辺りは自分の気持ちの問題ですが、私の性格上どうしても気合が入らない。X-T5とSIGMA18-50mm F2.8 DC DNが改めてスタイルを教えてくれた気がします。ちなみに、この記事の画像は(カバー画像以外)全てこの組み合わせで撮ったものを使いました。短い間でしたがお礼を込めて。

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