【掌編】螺子を巻いて、逆巻いて
何かに本腰を入れて取り組もうとするほど、頑張りが裏目に出て、失敗を冒してしまう。
幼少の頃から苛まれている、僕の悲しい気質です。
きっと普段不真面目な分、正面から物事に向き合うことに慣れていないのでしょう。片手間に、気もそぞろに、いい加減に取り組んだ方が、成功に繋がることが多いのです。ここは正念場だ、と気張ろうとすればするほど、空回りしてつまずいてしまう。ちょうどゼンマイをぎりぎりまで巻き切ったおもちゃが、発進した途端、勢いに負けて倒れてしまうような。
かと言って、さすがに万事に対して脱力モードでは、僕自身のモチベーションが上がりません。必然的に、やる気は燃やしつつも、意図的にその火加減を調節する、というマインドコントロールが必要になります。
よく「やる気のスイッチ」なんて表現を耳にしますが、僕の場合、単純なオン・オフだけでは駄目なのです。言うなれば「やる気のツマミ」を使って、いい塩梅に気持ちを保たなくてはいけない。先ほどの喩えで言うと、倒れない程度にゼンマイを回さなくてはならないのです。
だから君にプロポーズをするこんな時も、努めて平静に、まるで連休の旅行の提案でもするように、肩の力を抜いて行わなくてはなりません。本当は夜景の見える丘とか、誕生日に合わせてだとか、もっとシチュエーションを重視すべきなのでしょうが、僕に限っては諦めてください。そうやって念入りな準備をしようとすればするほど、何か不具合が起こってしまう僕なのです。夜景の丘には雨が降り、誕生日には外せぬ仕事が入り。何かしらの邪魔が入るでしょう。誰が悪いわけでもありません。そういう星に生まれてしまったのです。
今日という日を選んだのも、特に理由はありません。ありふれた土曜日、君が僕の部屋で一緒に映画を観ようと連絡してくれたときに、あぁ、今日にしようと決めました。こういう「いつも通り」な日の方が、きっとうまくいく気がしたのです。
映画を選ぶ時も苦労しました。壮大なラブロマンスでも観ようものなら、たちまちムードが出てしまいます。御膳立てめいたことをした気になって、肩に力が入るに違いありません。かと言って、抱腹絶倒なB級映画もお断りです。よくある、涙あり、笑いありのほどよいエンターテイメントをチョイスする必要がありました。
映画が終わった後の夕食もそうです。いつもなら近所のファミリーレストランか、コンビニで何か調達してくるかといったところ、この日に限って「何か作ろうか」と君が提案してきたので、僕は肝を冷やしました。もちろんとても嬉しいけれど、今日は駄目です。手料理なんてもの、食べたとしたら、家庭を持つことを余計に意識してしまいます。意識するのはよくありません。大事なのは平常心です。
結局僕らはファミリーレストランで食事を済ませ、また部屋に戻ってきました。映画の感想や職場の悲喜交々を語り合いながらも、僕の心は浮ついていて、その浮つきを沈めようと必死の思いでした。
ここまでなんとか「いつも通り」にきているのです。このまま、自然な流れでプロポーズに持ち込まなくてはなりません。
僕は君と交わす会話の端々に、何かしらきっかけになる単語がないか、神経を尖らせます。「一人は寂しい」だとか、「将来が不安だ」とか。「じゃあ結婚しようか」と気軽に言えるような話題を待ってみます。しかし、そうそうそんな話題が出るような、シリアスな雰囲気にはなりません。なにせ、今日は「いつも通り」な日なのです。
もはや「電気代を節約したい」とか、そういう話でもいい。何かないものか、と思い始めたとこで、君がぽつりと呟きました。
「あのさ」
恐々と、少し言いにくそうなトーンなので、僕は不安になります。「どうしたの」とこちらも恐る恐るの対応です。
「もしかして何か、怒ってる?」
「……え?」
もちろん、怒ってなんか微塵もいません。唐突になんでそんなことを訊くのでしょう。
「怒っていないよ。なんで?」
「いや、なんか今日、いつもより顔が強張っているから」
君は言います。
「嘘。強張っている?」
「うん」
「いつから?」
「最初から」
驚愕です。あれだけ「いつも通り」を意識していたというのに。ゼンマイを巻きすぎないよう、細心の注意を払っていたのに。
「もしかして、今日、映画観るの、嫌だった?」
「いや、全然」
「料理も、たまにしかしないけれど、普段は喜んでくれるのに」
「いやいや、そうじゃない」
必死に否定しますが、君の目にうっすら涙が滲んでいます。今にもこぼれそうに、その粒が膨れ上がるのが見て取れます。
なんてことでしょう。まさか、裏目に出ぬよう「いつも通り」にしようとした結果、それ自体が裏目に出てしまうなんて。
「君に、プロポーズしようと思ったんだ」
僕は言いました。
「できるだけ、自然な流れでやろうと思った。でも、逆にそれを意識しすぎちゃったみたいで、その、ごめんなさい」
謝り、頭を上げると、君はぽかんとした顔をしていました。
「え、嘘。どういうこと?」
「だから、君に……」
「プロポーズ?」
「そう」
「じゃあ、今のが?」
言われて、あぁ、そうか、と気がつきました。
君の涙を止めたくて、自ずと僕は大切な言葉を告げてしまっていました。
うぅ、と呻き声のようなものを出して、君は俯きます。せっかく止めようとした涙が、君の膝下にぽとぽとと落ちていきます。
「あぁ、その、ごめんなさい」
僕は君の肩を抱きます。
「ごめんなさい。こんな伝え方になってしまって」
泣かないで。お願いだから。
俯いたその顔を覗くと、君は「違う」と僕の手を払って言いました。
「悲しいから、泣いているんじゃないわよ」
ばか、と睨んで、ふざけんじゃないわよ、と膨れ面。
よかった。いつもと変わらぬ怒りっぷりです。
安心した僕は、君に向かって、盛大に倒れてしまうのでした。
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