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【掌編】上唇

月めくりと称して、貴方は私の上唇を吸い取る。

舌に貼り付く私のささくれ。
それを見せ、三日月の薄皮を剥ぐようである、と。

貴方はその細切れを器用に咀嚼し、嚥下、そしてまた私を吸う。

為されるがまま、自ずと漏れ出る息、声、熱に酔う。

「今日、ご主人様からお咎めを受けました」

激しさを増す呼吸の合間、口にする。

「どのように」

貴方は私を弄りながら。

「立つ姿勢がだらしない。歩く速度が緩慢だ」
「理由ではない。どのような折檻を受けた」
「あ」

一際か弱いところに触れられ、しばし会話を忘れる。

痺れに耐え、恥じらいに震え。

貴方の気が済むか、貴方の手首が悲鳴を上げるか。

口を結んで、その時を待ち。

「首を絞められました」

やっとの思いで、私は吐く。

「ありきたりだ」

貴方は私の顔に手を。
親指で、口元をなぞる。

「父も吸ったか。この三日月を」

はい、と答える間も無く、また月をめくられる。

今度は執拗に、いい加減、血が出てしまうほど。

嘘。

お咎めなど、受けてはいない。

寒空に晒せばすぐに乾いて罅割れる。
ささくれ立ち、枯れゆく私の三日月を、もう随分前からこの家の主は求めなくなった。

あ、あ、あ、あ。

触れ合いはより乱暴に。
摩擦係数は増え続け。

「愛している」

耳を噛み、貴方。

嘘、嘘。

ただ父親への敵愾心から、貴方は私を抱いているだけ。

お前のものを奪ってやった。
お前のそれより悦ばせてやった。

富。名声。人望。度量。
どう足掻いても勝てぬ肉親に、若さひとつで対抗している。

つまらない貴方。
どうしようもない貴方。

「愛しています」

爪を立て、私。

嘘、嘘、嘘。

枯れゆくは、何も女だけでは。

瑞々しい肌、荒々しい衝動。
かつての主にあったものを、その生き写しに求めて、欲して。

貴方がまた、三日月を吸う。

私もまた、貴方の月を。

愛を装った、薄片い面の皮まで、

めくられぬよう。

めくらぬよう。


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この作品は、こちらの企画に自主練習として参加しています。


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