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【短編】SHINONOME〈4〉②

水前寺千春は二十六歳、都に隣接する県に居住し、地方公務員として働いているらしい。

素朴な顔立ちでメイクも薄く、茶色く長い髪を後ろで一つに縛っている。袖の膨らんだ白いブラウス、細かい花柄にフレアスカートからはガーリーな印象を受けるが、足元はそれには不釣り合いなスニーカー、唯一存在感のあるアイテムとして、無骨で黒いデイパックを背負っていた。
デイパックの表面には複数の缶バッチ。ファスナーには色とりどりのラバーバンド、キーホルダーの類がぶら下がっており、そのどれもがロックバンドのツアーやフェスのグッズと思しき品々である。

『水前寺さんは、ライブが好きなの?』

画面の中、ストローを咥えながら、シノノメが問いかける。

「はい。比較的よく行きます。と行っても、月一回程度ですが」

比較的、と表現するには頻繁に感じる数字だか、本人曰く「全然ですよ」らしい。

「私の場合、ライブが好きと言うより、好きなバンドが多いだけで」
『今日の……えっと、何だっけ』
「『punpee pumpkins』」私が捕捉する。
『そう。そのバンドも好きなうちのひとつ?』
「あ、p2はバンドじゃなくて、ソロプロジェクトです」
『あぁ、うん。好きなの?』
「最推しです」

下唇を噛み、力強く頷く水前寺。
それに対し、『ふうん』とシノノメは気のない相槌を返した。

『punpee pumpkins(パンピー・パンプキンズ)』。通称『p2』は、インターネット上で活動していたミュージシャン・ミナミ=ウリが、メジャーデビュー以降使用している音楽プロジェクト名である。同名義で公表される楽曲について、そのすべての作詞作曲及び歌唱をウリ自身が担当しており、『微熱』、『iron Bee』、『ハカナゲ』等のヒット曲を輩出。ダークで物語性のある世界観が特徴で、近年はゲームミュージックを手掛ける等、活動の幅を広げている。

らしい。

以上は、インターネット上で得た情報の要約で、恥ずかしながら、私は今日に至るまでその存在を知らなかった。シノノメも既知ではなかったらしく、水前寺の熱の入れようにピンときていない様子だ。

ただ、動画サイトで楽曲を視聴した限り、音楽性は悪くない。軽快かつ厚みのあるボーカルは耳に心地よく、こうして二時間前からグッズ購入に長蛇の列が連なることも、理解できないではなかった。

『じゃあ、水前寺さん。本題に入ろう』

シノノメの声に、水前寺は「あ、はい」と居住まいを正す。私は数センチ、スマートフォンを彼女の顔へと近づけた。

『僕があなたの依頼を引き受ける条件は三つ。一つ目は、ここのネカフェの代金を君が支払うこと』ずごご、と、これ見よがしにメロンソーダを飲み干して、シノノメ。『そして、僕にまつわる一切の情報を口外しないこと。OK?』
「わかりました」
『よろしい。三つ目は、君の依頼を聞いてから伝えよう。さ、どうぞ』

下に向けた掌を近付け、『何が望みだい』と訊ねるシノノメ。
どうでもいいが、いやにカメラワークを意識した動きに思える。慣れているのだろうか。

「はい」

水前寺は決意を固めるように頷き、そして周囲を伺いながら、声を潜めて続けた。

「あの、実は今日のライブの、バックステージパスがあるんです」
『バックステージパス?』
「平たく言うと、楽屋訪問できる券です。ファンクラブ抽選で、本当に運良く当たって」
『すごいじゃん』
「そうなんです。すごいんです」喜色満面で、水前寺は両の拳を握る。「一公演ワンペアですよ。我ながらの神引きです。生ウリ君、やばい」
『それで?』
「あ、はい」気を取り直し、「えっと、実はシノノメさんに、その楽屋訪問に一緒に行っていただきたくて……」水前寺は言う。
『僕が?どうして』
「……ウリ君に、答えて欲しい質問があるんです。嘘偽りなく、本当の答えを」
『質問?』

すう、と音が聞こえるほど強く息を吸い、水前寺は画面を見据えた。

「"あの日文化祭で弾き語りした、K高の水前寺です。覚えていますか”」

一瞬、時が止まる。

画面を見ると、シノノメの丸い目が僅かに歪むのが見て取れた。

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