【短編】IRORI ④
「と、言うわけで、さらさちゃんが相方となってくれたわけなんで、す、が。なんか慣れない感じで緊張しますね。さらさちゃん、あらためてよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
三脚に立てたスマートフォンを前に、折目正しくさらさは一礼する。画面には『クール』『美人』『真面目そう』と、粗方予想された反応が流れている。
時刻は二十二時。さらさをパートナーに迎え、初めての配信がスタートした。場所は前回待ち合わせた場所と同じく新宿で、カラオケボックスの一室を利用している。
「で、何をするか、なんですけれど、ただ二人で無為に過ごしていてもあれなんで、ひとつテーマを設けたいな、と。これからこの配信で我々が何をやっていくのか。じゃあさらさちゃん、さらさちゃんの方から発表してもらっていいでしょうか」
事前の打ち合わせ通り、話題を振る。さらさは、いつもの平淡な様子で「はい」と応じる。これが初めての配信のはずだが、まったく臆する気配はない。
「この配信のテーマは、我々が友達になるには何をしたらよいか。それを視聴者の皆様から募り、可能な限り実践していこう、というものです」
画面を見る。まだコメントは流れてこない。
私が後を取る。
「私とさらさちゃん、出会ったばかりの二人なんですが、一度、新宿でお茶したんですよね。これから友達になりましょう、って。でもどうやら二人ともぼっち属性だったらしく、そもそも友達って何よ、何をしたら友達? みたいな話になったんです」
事実は私が一方的な見解を述べた挙句、ずびずば泣いていただけなのだが、そこは脚色してお伝えする。
続きをさらさが引き取った。
「であるならば、むしろそれをコンテンツにしてはどうか、と私から提案しました。友達とは何か、友達になるには何をすればよいのか。視聴者の皆様から教えを乞い、模索していこうという試みです」
若干言い回しが堅いが、的を得ている。事実、いち早く食い付いたサカマキさんが、『恋バナだろ』とさもありなんなコメントを寄越した。「サカマキさん、聞いてましたか。二人とも、友達とは? レベルのコミュ症なんです。恋バナなんて私たちにとっては神話ですよ、神話」粗方、予想できていた絡みだったので、難なく打ち返す。
『以心伝心ゲーム』
いくつかのやりとりを経て、誰かがそうコメントした。
「以心伝心、ってあれですか。"○○と言えば?"で、二人同時に答えを言って、揃っていればヨシ! みたいな」
「はい」
「確かにいいかもしれませんね。やってみますか」
さらさと目が合う。
ここからは即興だ。なるようにしかならない。
「えーっと、なんだろう。じゃあ手始めに定番っぽいのから。"夏と言えば?"でいきましょう。いい、さらさちゃん」
「わかりました」
「じゃあ行きます。"夏と言えば?"せーのっ……"海"!」
「"ポールシフト"」
間が空いた。
「……え、何? なんて言ったの」
「"ポールシフト"、簡単に言うと、地軸がズレる現象です」
「なんで、それが"夏"?」
「先日、『新世紀エヴァンゲリオン』で日本が常夏の気象に晒されているのは何故だろう、と調べたところ、セカンドインパクトによるポールシフトが生じたためとあったので」
「まさかのエヴァネタ」
コメントを見る。『知らんかった』『多分二話あたりで言ってる』『さらさちゃんアニオタ?』。
面白いとき、人は「面白い」とわざわざ言わない。ただ率直に、リアクションを示すのみ。
つまり、ウケている。
「いや、"夏"の予測変換で"ポールシフト"が第一順位のヒト、多分あなた一人よ、さらさちゃん」
「私は海には行きません」
「私だって行かないよ? 水着すら持ってない。それでもこの情報社会で生きていればポピュラリティに毒されてこうなるの。その毒された部分の個人差を感じて、"あー、そっちかー!"ってなるゲームなのよ、これ」
「ですが、それが思いつきました」
「ですよね。うん。皆さんすみません、以後、以心伝心ゲームNGで。揃う気がしねぇっす」
その後も出されたお題に従ってやりとりを重ねていく。
『苦手なものについて語る』。
『相手の血液型を当てる』。
『カラオケでハモり合う』。
コメントの数はねずみ算式に増えていき、とてもすべてを追い切れない。『ポッキーゲーム』『下着の色当て』といった、いつもは都度都度あしらうサカマキさんのセクハラも、流れゆく言葉達に埋もれ、無視して構わないほどだった。
開始から三十分も経っていないが、さらさが配信のクオリティを意識してくれていることは、よくわかった。
アニメの話を出したのも、私の客層を意識してのことだろう。それだけではない。生じたやりとりのウケがよくないと見てとると、すぐさま話題を切り替えるなどの機転も利かせてくれる。
つくづく、頭のいい子だと思う。
トークを続けながらも、流れるコメントの量や内容を絶えず意識し、順応する。
飽きさせないこと。それが勘所だと心得ている。
そしてその作業を、互いに阿吽の呼吸でこなしているところに、この上ない結束を感じた。目配せし、無言の意思疎通を行う度、パートナーとして信頼し合っている、という実感があった。
それはとても心地の良いものであり。
そして何より、
「楽しかった」
つい先ほど、配信を終えたところ。早々と帰り支度を始めるさらさの横で、私は声を漏らした。
こちらを向くさらさと、目線が合う。
「さらささん、ありがとう。すごく楽しかったです」
「……いえ」
相方ですから。クールに言い放ち、また支度に戻る。いつもの無表情だが、何かを考えているようにも見える。
さらさもまた、私と同じ高揚を覚えてくれているだろうか。互いがパートナーとして、上手くハマったことを喜んでくれているだろうか。
「……サカマキさん」
「え?」
さらさは再び手を止めて、私を見た。
「あの方、いつもあの調子ですか」
「あぁ……サカマキさん」
どうやら違うことを考えていたらしい。
サカマキさん。
話は急だが、しかし、言いたいことはわかる。
ノリのいい人ではあるのだが、発言がいちいち昭和のオヤジめいていて、対処に困る。どころか、『二人でオフ会しましょう』などと下心満載のダイレクトメールを送ってきたこともあり、もはや半ばストーカーに近い。
「ブロックされてはいかがでしょう」
さらさの提案に、しかし、私は首を振る。
「確かに困った人なんですけれど。でも、いわゆる古参、って言うのかな。まだ全然フォロワーがいないときから配信を見てくれている人なんです」言って、はっとする。「ごめんなさい。さらささんは不愉快でしたか」
これまでは一人だったが、今は共同配信者がいる。自分だけの思いで決めるべきではない。
「我慢できないほどではありません。配信主はひたきさんですので、従います」
「ありがとうございます」
頭を下げると、こちらを見ぬままさらさは立ち上がり、「時間です。出ましょう」とカバンを肩にかけた。
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