【掌編】三角の行く末
三角は孤独だった。
なるほど、三つの辺が絶妙に支え合って成り立つ様は美しく、均整のとれた佇まいは見る者を魅了した。
しかし、どうあがいても鋭角を抱いてしまうそのフォルムは、彼の美しさに惹かれた者を冷たく威嚇し、寄せ付けなかった。
三角は思った。
「俺が丸みたいに、穏やかで誰も傷つけなければいいのに」
三角は不安定だった。
三辺のうち、一対でも長さが同じであればまだいい。しかし、そうではない場合、往々にして左右どちらかに傾くことが多く、バランスをとるにあたって困難が付きまとった。
どれか一点を支点に立とうなどとすれば、目も当てられない。二秒と経たないうちに、こてりと倒れ、そうなってしまうと再び立ち上がることは望めないという有様だった。
三角は思った。
「俺が四角みたいに、盤石で、頼れる存在であればいいのに」
加えて、三角は無知であった。
世の中には無数の点があり、それらを通過するいく通りもの線がある。その線が組み合わさって描く図形は、それこそ星の数ほどのバリエーションと言えた。
その無数の点の中で、たった三点のみを繋いで仕上がる三角は、シンプルと言えばこそ聞こえはいいが、稚拙で、浅はかで、数多の可能性を放棄した愚か者と罵られた。
三角は思った。
「俺が幾何学模様のように、聡く、緻密で、思慮深ければいいのに」
自分の矮小さに嫌気がさした三角は、自らを解体することに決めた。
それまで支え合っていた、三つの辺を、一辺ずつ卒業させ、最後には無に帰ろうという計画だった。
そうやって何者でもなくなることで、この世からひとつ、孤独と不安定と無知を消し去ることができる。思いついたが吉日、早速三角は、一本目の直線を身体から剥がすことに決めた。
それはその日の三角を構成する三辺のうち、最も短い一辺だった。
「今までありがとう。さようなら」
繋がったままの二辺が別れを告げると、剥がされた最短の一辺は戸惑いを露わにした。
「そんな。三角を辞めて、これから先、僕はどうすれば」
先端を同じくした二辺は、一度顔を見合って、最短の一辺に「大丈夫だ」と返した。
「君は今、ただの直線だ。まだ形をなしていない、他の線達とうまく合わさるといい。君が入ることで、成り立つ図形がきっとあるはずだ」
そうか。自分は三角を辞めても、違う図形になれるのか。そう思った最初の一辺は胸を躍らせ、二辺の餞に対し、「ありがとう」と礼を言った。
「どういたしまして。息災を」
「息災を」
最初の一辺の旅立ちを見送り、残り二辺もそろそろその繋ぎ目を解こうかという段になった。
「いや、しかし。どうだろう」
二辺のうち、長い方の一辺が待ったをかけた。
「最初の一辺が旅立った時点で、俺たちはもう三角ではなくなっている。三角という存在をこの世から消し去るという目的は、すでに成就しているのではなかろうか」
「なるほど。言い得て妙だ」
残り一辺も同調した。
「いや、しかし。それもそれとて、どうだろう。このまま先端だけを繋げ続けていても、俺たちは何にもなりやしない。何にもなりやしない状態のまま、気ままに過ごすのも悪くはないが、そうこうしているうちに、俺たちの繋がっていない方の先端ふたつの間を、すっぽり埋める直線が現れないとも限らないぜ。そうすれば、元の木阿弥。また三角ができちまう」
「むむむ。なるほど」
長い方の一辺も、これには頷かざるをえなかった。さすが、これまで自分と先端を共にした者の意見だと思った。
「そう言われれば、反論の余地はない。名残惜しいが、繋ぎ目を解こう。俺はここで見送るから、どうかお前から旅立ってくれ」
それが一番長い一辺の責務であると信じ、告げる。もう一辺も心得たとばかりに、多くは語らず、その場を去った。
「どうか、息災を」
「息災を」
とうとう三角はその面影すら失くし、代わりに世界には三本の独立した直線が生まれた。
それらはたちまちの内に、膨大に存在する線達に紛れ、見分けがつかなくなった。
ある一辺は他の図形の一部となったかもしれないし、ある一辺はいまだどの図形にも属さずにいるかもしれない。もしかしたら、また三角を形成している一辺も、その中にはあるのかもしれない。
「息災を」
「息災を」
今日も何処かで、そんな声が聞こえる。
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