【掌編】魔法少女、マ。
秋が好きだと君が言うから、私は魔法少女になった。とは言え何をすればいいのか皆目わからず、とりあえず語尾に『ロリン』を付ける。雰囲気。
「やっほー、ハヤト君。私は魔法少女、マジカルアッキーだロリン!」
ベットで半身を起こすハヤトは、口を半開きにしてこちらを見ている。
「へ? だれ」
「魔法少女マジカルアッキーだロリン」
「アキちゃんじゃないの?」
「そうだロリン」『ロ』いらねえなこれ。修正。「普段君が会っている藤沢アキは私がオートで走らせている仮の人格。この身体の本当の主はこの私、魔法少女、マジカルアッキーだリン!」
四歳児には難解な説明だったか。ハヤトは頬っぺたに人差し指を当てて考え込む。
「……少女?」
そこに疑問符抱いてんじゃねぇ。はっ倒すぞ。
「えーっと、何しに来たの?」
よくぞ聞いてくれたリン、と部屋の入口からハヤトのベット脇へと近付く。「実はハヤト君に、私のマジカルアイテムを授けようと思って来たんだリン」
「……マジカルアイテム?」
「そうだリン」
頷いて、私はポケットから用意していたスティックを取り出す。常備しているペンライト。持ち手の部分に瞳孔計があり、模様がかっこいい、と以前からハヤトが欲しがっていた。
「アキちゃんのペンライト!」
「違うリン。これはマジカルアイテム、『クテンピリオド』。アキが使うとただのペンライトの役割しか果たさないけど、正当な所有者が使えば、強力な魔法が使えるようになるのだリン」
「魔法?」
『クテンピリオド』。咄嗟のネーミングにしてはバチバチカッコよくね、と密かに興奮したけれど、ハヤトはやはり『魔法』の部分に反応した。
「そう。『クテンピリオド』はあらゆる負のオーラを消し去る魔力を持つのだリン」ペンライトを一度、瞬かせてみせる。「ハヤト君は、秋が好きなんだリン?」
「……どうして知っているの?」
「アキにそう話したリン。アキが知覚したものは私にも同期される仕組みだリン」
また難しかったか。ハヤトの顔が険しくなった。
「最初は藤沢アキのことかと思ったけれど、季節の秋のことだったリン。秋には美味しいものがいっぱいあるから、楽しみにしていると話してくれたリン」
「……うん、そう」
「でもハヤト君が秋を迎える為には」一瞬、呼吸がつかえる。しかし言い切る。「無事に週末の手術を終えなくちゃいけないリン」
うん、そう。
先ほどと同じ台詞を、先ほどよりか細い声で。
「前の夜からごはんをガマンして、注射をしてテンテキをして、ねて起きたら、また注射してねむる。ねむっている間に、手術する」
先日、主治医が伝えた段取りを見事に復唱する四歳児。しかしその声は徐々に湿り気を帯び、ふやけたものになっていく。
「ねむったら……もうもどってこれないかもしれない」
「大丈夫だリン」
私は言う。
「先生も言っていたリン。無事に戻ってくるには、ハヤト君が不安に打ち勝ち、病気を治すぞ、という強い心を持つことが必要だリン」
「……でも……」
ハヤトの手が、ベッドのシーツをくしゃりと握り、小刻みに震え出す。
当たり前だ。怖いに決まっている。
だからこその魔法少女、マジカルアッキー。
「安心するリン。この『クテンピリオド』の光を当てれば、負のオーラは消し飛ぶリン」
「ふのオーラ?」
「ざっくり言うと、ハヤト君が嫌いなものとか苦手なもの、消えて欲しいものだリン」言って、『クテンピリオド』の持ち手をハヤトに向ける。「こいつの魔力で、ハヤト君の中にある恐怖や不安を、浄化することができるんだリン。これをハヤト君にあげるリン。今からハヤト君が、正当な所有者だリン」
受け取ったハヤトは、爬虫類にでも触るようなぎこちなさで、両手でそれを摘み、眺める。
「怖くなったら、そいつの光を胸に当てるリン。一度で効かなければ、何度も何度も当てるリン。なかなか消えてくれなくても、確実に魔力は効いているから、慌てなくていいリン」
「……ほんと?」
「本当だリン」
「ほんとに、消える?」
「当たり前だリン! 何故ならそれはマジカルアイテム。そして私は魔法少女、マ」
目が眩んだ。
唐突に、顔面に当てられた光量。痛い。顔を背け、眼球が回復するのを待つ。
「消えて」
ハヤトの声。薄目を開けて、その顔を見る。
口を真一文字に結んだ、屹然とした表情が映る。
「アキちゃんがいい。君は消えて。もう来ないで」
カチカチカチカチ。回転式スイッチの動きに呼応し、明滅する光。「ちょ、やめて。眩しい」手で光を遮りながら訴えるも、「アキちゃんがいい。アキちゃんにカラダを返して」と攻撃は止まない。
アキちゃんアキちゃんアキちゃんアキちゃん。え、もしかして魔法少女って需要ない? アキちゃんアキちゃんアキちゃんアキちゃん。わかったわかったわかったよ。
終了終了。番組の途中ではございますが、マジカルアッキーはここで打ち切り。句点を打って、ピリオドだ。
私は両腕を広げ、カチカチの手を緩めぬハヤトをペンライトごと抱きしめる。
「第一病棟主任看護師、藤沢アキでーっす」
耳元で、いつもの調子で。
アキちゃああん。堰を切ったように、咽び始めるハヤトの振動。
「怖い。怖いよ。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いいいいっ!」
「大丈夫。ぜーったい大丈夫。先進医療舐めんなよ。爆睡こいてろガキンチョが」
「一緒にいてえええ!!」
「お安い御用。ワンコイン」
泣き叫ぶハヤトの頭を、何度も何度も撫でつける。
大丈夫。無事終わる。あんたの好きな秋は来る。
そしたら一緒に栗を剥こう。七輪で秋刀魚を焼いて、かやくご飯。松茸のお吸い物も。後はなんだ、お団子か。月見バーガー? 頼もう頼もう。
全部、食べよう。一緒に食べよう。
「私がついてる。負けんな、ハヤト」
しばらく抱きしめ宥めていると、泣き疲れたのかハヤトは眠った。頭部と背中を支え、そっとベッドに横たえる。
呼吸に合わせ、僅かに上下する小さな身体。
握られたままのペンライトが、シーツを照らしている。
迫る手術の難易度が頭を過ぎる。
そして予想される術後の経過も。
私はハヤトの寝息を乱さぬよう、ライトを持つ手をそっと引き寄せ。
名札が下がる胸元に、その光を真っ直ぐ当てた。
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この作品は、こちらの企画に参加しています。
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