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【掌編】恋ヲ語ラズ恋セヨ少年

恋は猫。
喉を鳴らして寄り添い間も無く、爪で引っ掻き去っていく。

「要するに気まぐれ、ってことだよ」

僕は言う。
傍らのアキラは椅子に腰掛け、スマートフォンをいじりながら僕の話を聞いていた。

放課後の教室。窓際に陣取る僕らの他には、誰もいない。吹き込む風にカーテンがそよぎ、遠くから運動部のかけ声が聞こえる。

「どういうことなんだろうね。付き合い始めた頃はあんなに仲が良くて、毎日のように一緒にいたんだ。それが、急に熱が冷めてサヨウナラ」僕は続ける。視線の先には、昨日別れたばかりの恋人の座席。「今日のあの子の様子、お前も見ただろう。憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。昨夜電話で振ったばかりの彼氏が、同じクラスにいるっていうのにさ」

アキラはこちらに目もくれず、スマートフォンの操作を続けている。中学時代からの親友だというのに、つれない奴め。

僕は、ふう、と溜め息をつく。

「こういう経験を重ねるとさ、恋愛っていうのは一種の錯覚なんじゃないか、って思えてくるよ。度の合わないメガネをかけたみたいに、突然世界がぼやけて見える。ピントが合わないその視界じゃ、やけに相手が魅力的に映ってさ。何をやっても美化されちゃうワケ。でもって、これまた唐突にそのメガネを外されるんだ。すると一気に興が冷める。あれ、世界ってこんなんだっけ、てんでつまんないじゃん、ってね。そもそもさぁ……

「うるせーよ」

それまでだんまりを決め込んでいたアキラが、急に言葉を発する。
スマートフォンを手にしたまま、目線だけを僕に向けた。

「二度や三度の失恋で、愛だ恋だと語ってんじゃねえよ。お前が昨日まで付き合っていたのは誰だ?」

僕はまた、彼女の座席に目をやる。

「……山本美幸ちゃんです」
「じゃあ美幸ちゃんの話をしろよ」

アキラはまたスマートフォンを見る。しかし、意識はこちらに向けたままなのか、変わらぬトーンで話し続けた。

「恋愛なんて、あるかないかもわからない概念を相手にしている場合か。お前が向き合うべきだったのは、付き合っていた恋人その人だろう。美幸ちゃんもきっと、お前のそういうところに愛想をつかしたんじゃないの」

恋に恋してんじゃねーよ。
最後に言い放って、アキラはスマートフォンの操作に戻った。

なるほど。
悔しいけれど、一理ある。

突然振られたこの期に及んで、僕の中から吐き出されるのは、美幸ちゃん本人ではなく、去っていった恋への未練と愚痴だ。
美幸ちゃん自身を大切に想えていたのなら、きっとこうはならなかったことだろう。

恋に恋してんじゃねーよ、か。

「箴言だよ、アキラ」
「そりゃどうも」

ピコンとアキラのスマートフォンから通知音。アキラは画面をタップし、メッセージアプリを立ち上げる。

「悪い。呼び出し入った」
「柏木先生?」
「そ」

短く肯定して、アキラは立ち上がる。スクールバッグを肩に掛け、にやりとこちらを見て笑った。

「俺の猫も気まぐれでね」

教室から去っていく背中を、ひらひら手を振り見送る。
失恋に気を沈ませた親友を置き去りに、彼女とランデブーとは薄情者め。

無人の教室は、静音を詰め込んだ直方体。
廊下には、人っこ一人通りやしない。

「にゃおーん」

間の抜けた僕の鳴き声は、誰に拾われるでもなく、空中に霧散し溶けていく。


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この作品は、こちらの企画に参加しています。

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