【掌編】カエデ、22時。
ぼくがねむるのはいつも、とけいのみじかいほうのはりが「9」のあたりをさしたころです。
そのすこしまえぐらいから、おかあさんが「はみがきをしなさい」、「トイレにいきなさい」とうるさくなるので、じっしつてきにはそのあたりからぼくのじゆうはうばわれます。
ほんとうはもっとゲームをしたりしていたいけど、おこられるのはこわいから、だまってぼくはしたがいます。
おふとんはぬくぬくで、いつもぼくはすぐにねてしまいます。
きがついたらもうあさで、こんどは「はやくおきてごはんをたべなさい」とおかあさんがうるさくなります。
ねているあいだにゆめをみることは、ほとんどありません。
みんなはよくゆめをみるけど、ぼくはみないので、どうしてとおかあさんにきいたら、それだけカエデがぐっすりねむっているからよ、といわれました。
ゆめのなかでは、ふしぎなせかいにいけるので、ほんとうはゆめがみたいです。
でもいつもぐっすりねむってしまうぼくです。
ぐっすりねむってしまうので、ぼくはぼくがねむってから、どんなことがおこっているのか、わかりません。
いつもきがついたら、あさなのです。
ねむるときにはいなかったおとうさんが、めがさめるとちゃんといます。
ぼくがソファであそんでいたゲームが、きちんととだなにしまわれています。
よるはかたづいていたテーブルに、ほかほかのごはんができて、ならんでいます。
いったい、いつのまに。
いつもぼくはふしぎでなりません。
ふとんにはいってめをとじているあいだに、おいてきぼりをくらったようなきもちになります。
だから、きょうはねむらないことにきめました。
ぼくがいつもねているあいだに、どんなことがおこっているのか、つきとめてやるのです。
でも、ずっとおきていると、おかあさんが「なにをしているの」とおこりだします。
「あした、ようちえんにいけなくなるわよ。おともだちとあそべなくなるわよ」とおどしてきます。
ちょっとぐらいねなくても、ようちえんにいけるし、ともだちとあそべます。
でもおかあさんは、「はやくしなさい」とせかしてきます。
そこで、ぼくは、ねたふりをすることにしました。
おふとんにはいって、うごかずじっとしているけれど、じつはちゃんとおきているのです。
あるきまわって、なにがおこっているのかかくにんすることはできないけれど、おきているので、おとはきこえます。
きこえるおとから、おこっていることをそうぞうするのです。
そういうさくせんです。
よる、とけいのはりが、いつものように「9」にちかづいてきました。
「カエデ、そろそろねるじゅんびをしなさい」
しんしつで、おふとんをしいたおかあさんが、ソファにいるぼくにいってきます。
いつもは、いやだなぁ、もっとおきていたいなぁ、とおもうぼくですが、きょうは「まってました」というきぶんです。
だって、ねないから。
ついにさくせんがはじまるのです。
おかあさんにいろいろいわれるまえに、ゲームをかたづけて、はみがきもします。
トイレにもいって、たいせいはばんぜんです。
「あら、きょうはえらいわね」
おかあさんは、ほめてきます。
ぼくがねないつもりともしらないで、いいきなものです。
でも、
「おやすみなさい」
ぼくがいうと、
「げんきいっぱいね。ちゃんとねむれるかしら」
とわらうので、どきっとしました。
さくせんがばれたのかも、とおもいましたが、だいじょうぶそうです。
ぼくはどきどきがおかあさんにしられないように、いそいでしんしつにいきます。
いつものように、でんきのきえたへやで、おふとんにはいります。
おふとんはいつものようにぬくぬくで、へやもくらいです。
ゆだんをするとねむってしまうので、「おきていよう、おきていよう」とじぶんにいいきかせます。
しばらくがまんしていたけれど、とくにかわったおとはきこえません。
おかあさんがあるくときの、スリッパがぱたぱするおとぐらいです。
ぼくはたいくつで、ついついまぶたがさがってしまいます。
うととんとん、うととんとん。
だめです。
ねむってはいけません。
でも、
うととんとん、うととんとん。
ついついねむたくなってしまいます。
ぼくはじぶんに「かつ」をいれようと、おもいっきりめをみひらきました。
あわせて、てとあしをめいっぱい、ちゅうにむけてのばしてみます。
しんしつのむこうは、ごはんをたべるところです。
きっとそこにおかあさんもいます。
いまおかあさんがふすまをあけてこちらにきたら、「ねていないじゃない!」とさくせんがばれてしまいます。
それでも、いたしかたありません。
ぼくがねむってしまったら、さくせんはそこでしっぱいなのです。
おとをたてないように、てとあしをおろして、もういちどおふとんにもぐります。
おかげでねむけはとれたけど、やっぱりかわったことはおこりません。
まくらもとにある、めざましどけいをみてみると、もうみじかいはりが「10」にちかづいてきています。
あさになると「7」のあたりまできているので、まだまださきはながそうにおもえます。
このままなにもおきなかったらどうしよう。
そろそろしんぱいになってきた、そのときです。
がちゃん、ざりざり、ばたん、がちゃん。
おとがきこえました。
「ただいまー」
おとうさんです!
あたりまえだけれど、ちゃんとおとうさんが、かえってきました。
ようやくおとずれた「へんか」に、むねがばくばく、こうふんしてきます。
「おかえりー」
おかあさんが、ぱたぱたとおとをたてて、でむかえにいきます。
すぐこっちにくるかとおもったけれど、おとうさんとおかあさんは、げんかんでなにかしゃべっています。
げんかんはとおいので、なかなかこえはきこえません。
しばらくしてようやく、そのはなしごえが、あしおとといっしょにちかづいてきます。
ぱたぱた、ぱたぱた。
あしおとはふたりぶんです。
「なにかたべるものある?」
おとうさんがいいます。
「カレー、あたためる?」
「いや、もっとかるいものでいい」
「じゃあ、かまぼことか」
「いいね、わさびじょうゆで」
にもつをおくおと、いすをひくおと、すわるおと。
しずかだったのが、きゅうにさわがしくなって、ぼくはだいこうふんです。
たださわがしくなったからではありません。
よるになかなかあえないおとうさんが、いま、ふすまのむこうにいるのです。
きっとおとうさんは、ぼくがおきているなんて、ゆめにもおもっていないでしょう。
いきなりふすまをあけて、ぼくがでてきたら、どんなかおをするでしょうか。
「カエデ!」とおどろいて、やすみのひにするみたく、ぼくをもちあげるかもしれません。
そして、おかあさんがよういしたかまぼこを、ぼくといっしょにたべるのです。
もう、しょうじき、さくせんはどうでもよくなってきました。
いますぐにでも、おとうさんにぼくがおきていることをしらせたくて、うずうずします。
さっきまであんなにねむかったのが、うそのよう。
どうする?やっちゃう?
あたまのなかで、きんきゅうかいぎがひらかれます。
でも、
「いやぁ、そうとうきびしいよ」
おとうさんが、ためいきまじりにいうのがきこえました。
いつもよりひくくて、げんきのないこえです。
「だいじょうぶ?」
しんぱいそうにたずねるおかあさんに、おとうさんはいろいろとはなしはじめました。
「このままだと……」
「だいたいあのひとが……」
「きみもわかるとおもうけれど……」
ふすまのむこうがわなのと、はやくちなのと、むずかしいことばがおおいのとで、なにをはなしているのかよくわかりません。
ただ、おとうさんがたいへんなめにあっていて、とてもつかれているということは、よくつたわってきます。
おかあさんも「まぁ」、「それはひどいわ」とあいづちをうって、おとうさんのはなしをきいています。
きっとふたりとも、しかめっつらをしながら、はなしているのでしょう。
ぼくのはいりこめるふんいきでは、すこしもないようにおもえます。
ここからでて、おとうさんをおどろかせてやるぞ、というきもちは、しゅるしゅるとしぼんでいってしまいました。
「カエデは?きょうはどうだった」
きゅうになまえをよばれて、ひっ、とこえがでそうになりました。
「ねるちょくぜんまでげんきだったわよ。あしたなにかあるのかしら」
「どれ、ねがおをおがみにいきますか」
いすからたちあがるおとがして、ぼくはあわてておふとんをかぶります。
いきおいあまって、ほとんどかおがかくれてしまい、すこしくるしくなってしまいます。
それでも、なおすじかんはありません。
かんいっぱつでふすまがあいて、おとうさんがはいってきます。
「くるしそうなたいせいでねているな」
よいしょっと、とぼくのまくらもとにしゃがみこみ、かぶったおふとんからはみだしているかみのけを、おとうさんはくしゃくしゃとなでてきました。
からだがびくり、とこわばるのを、ぼくはけんめいにこらえます。
おとうさんのてからは、そとのにおいがむんわりとただよってきます。
「カエデがげんきでぐっすりねむれるなら、きょうもばんばんざいだな」
おとうさんがいいました。
「そうね」とおかあさんもあいづちをうちます。
「カエデがげんきなら、ぜんぶちゃらね」
おふろにはいるよ、と、おとうさんのてがはなれて、ふすまのむこうにけはいがきえました。
こんどはおかあさんがへやにはいってきて、おふとんをいちど、ふわりともちあげ、かけなおしてくれます。
はなとくちがちゃんとそとにでて、いくぶん、いきがしやすくなりました。
おかあさんもまた、ぼくのあたまをなでて、ふすまのむこうにもどります。
ふたたびしんしつは、まっくらでしずかになりました。
のっそりとうごいて、ぼくはもういちどめざましどけいをかくにんします。
みじかいはりは、ちょうど「10」のところをさしています。
ぼくは、さくせんをしゅうりょうして、このままねむることにしました。
いつもよりよふかしをしてしまったぶん、できるだけぐっすりねむろうとおもいました。
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