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掌編小説

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2023年7月の記事一覧

【掌編】晴れ、時々方程式。

世の中にある問題のほとんどは、人の思惑と思惑のすれ違いの結果だというのが俺の持論だ。 問題に巻き込まれたくないならば、思惑の違う人とは距離を置けば良い。しかし、そんな簡単なことができない人が多すぎるのだ。 クラスが同じだから、部活が同じだから、というだけでは理由にならない。距離の取り方は色々とあるだろう。それなのに、同じ集団に属しているからという理由だけで、なんとなく皆が等しく分かり合わなければならないという空気が世の中にはある。 人間は話せば分かり合えるものだと、なぜか大半

【掌編】N区における資源夜の処理方法について

食べる夜の日、袋いっぱいに詰め込んだそれはしかし回収されず、貼り紙がつけられた状態でぽつんとマンションの夜置き場に残されていた。 『食べられない夜は木曜日にお願いします』 貼り紙にはそう書かれていた。これは食べられない夜なのか、嘘だろう、と自治体のホームページを調べると、なるほど『公序良俗に反する夜』や『犯罪性が疑われる夜』の他、『切なすぎる夜』とある。こちらに該当すると判断されたのだろう。 週末、断捨離に取り掛かり、せっかく不要な夜をかき集めたというのに。袋に詰まった

【掌編】嘘

電話をかけることに躊躇はなかった。 夜中の十時。アプリの通話機能を立ち上げ、発信ボタンを押す。まだ仕事かもとか誰かといるかもとか、余計なことは考えない。出なければ出ないでよい。私はコールする。 『もしもし』 出た。 「もしもーし。久しぶり」 『綾香じゃん。どうした急に?』 真っ当な反応だ。年に一度、里帰りのタイミングで会うだけ、そんな幼馴染から突然の連絡である。何かあったか、と訝しむのも無理はない。 「別にー。なんとなく、智弘と喋っておくか、みたいな気になって」

【掌編】先手、叶わず、順不同。

消えた鍵にはキーホルダーが付いていて、それは虎だか猫だかのマスコットだった筈だけれど記憶は曖昧。今や鍵と共に行方をくらましたそいつの正体を暴くことは叶わず、「ホルダーなんだからしっかりホールドしておけよ」と僕は脳内の残像に向け悪態をつく。 しかしながらキーホルダーは鍵をホールドするための用具に他ならず、それをホールドしておくべき主体は誰でしょう→僕でしたであることに思い至り、こいつは手痛いブーメランだ。痛いの痛いの飛んでけと呟きながら、嘘です実際は呟いていませんだけどそういう

【掌編】私の日

私の日と呼べるものを、すべて蔑ろにされてきた。 誕生日もろくに祝わず、卒業式にも顔を出さない。結婚式に至っては招くことさえ憚られた、そんな母だった。 いつからこうだったのかはわからない。物心ついた時にはすでに、母の私を見る目は冷えていた。出来のいい兄ばかりを持て囃し、「お兄ちゃんを見習いなさい」を刷り込みのように私に唱え続けた。実際それは刷り込みで、多感な時期を経て成人してもなお、私は自分が不当な扱いを受けていることに気づかなかった。 それを気づかせてくれた人と結婚を決め